第百九十話、【GW特別編】わたくし、悪役令嬢ワリーさん、今異世界にいるの。(その9)
「ようく思い返してご覧なさい、アルテミス嬢の語った(つうか、騙った?)、『外なる神』の説明って、いかにも『言葉足らず』だったとは、思われませんか?」
「え? 言葉足らず、って……」
──いよいよ長きにわたったゴールデンウィークも、本日で最終日。
『今現在すでに異世界転生している、もう一人の私自身』にして、自称『悪役令嬢』のアルテミス=ツクヨミ=セレルーナから聞いた情報を基に、『世界の作者』であり『すべての黒幕』にして『諸悪の根源』なる人物を糾弾した、私こと、我が国でも一二を争う名家、明石月家の次期当主候補にして、ピチピチのJKである明石月詠であったが、当のご本人──将来の『当主専属執事』とも目されている筆頭分家の跡取り息子にして、一つだけ年下の遠縁の少年、上無祐記のほうは、微塵も動ずることなく、粛々と量子論や集合的無意識論に則った論理を展開して、むしろこちらのほうを喝破していったのである。
「というかですねえ、あの策士だか詐欺師だかの、自称『異世界在住の悪役令嬢』ときたら、意図的にあなたに提供する情報を、取捨選択している節があるんですよ」
「……つまりあなたは、アルテミスが故意に情報操作をすることで、私を騙していたと言うの?」
「騙すも騙さないも、彼女って、『外なる神』については、ほとんど何も述べていないに、等しいではないですか?」
「え?」
「ほら、彼女ときたら何かにつけて、『「外なる神」が、作品の外側にいる、まさしく「創造主」という意味で「神様」同然の存在であり、自作そのままの世界を意のままに書き換えて改変できることについては、あえて説明する必要も無いでしょうけど──』とか何とか、いかにももっともらしいことを言って、『外なる神』については説明をほとんどしないままで、『内なる神』の説明ばかりに終始していたではないですか?」
──そ、そういえば!
「い、いやでも、小説家である『外なる神』は当然のごとく、自分の小説内で描いた世界を意のままに書き換えることができるのであって、しかもあなたやアルテミスが言うように『量子論』や『ギャルゲ論』に則れば、すべての小説にはそれとそっくりそのままの本物の世界が存在し得るのだから、結果的に『外なる神』は、本物の世界を自由自在に改変できることになって、アルテミスの言う通り、それ以上は別に説明する必要は無いのでは?」
「………………はあ〜」
「──だからあ、人のことを、いかにもあきれ果てているかのように、ため息をつくなって、言っているのよ⁉」
「確かにすべての小説には、それとそっくりそのままの世界が存在している可能性があり得ると申しましたけど、けしてある作家の創作した小説と、もしかしたらどこかに存在しているかも知れない本物の異世界とが、『一対一』の関係にあるわけではなく、よってたとえ『外なる神』であろうとも、自分の意図通りに世界を創り出すことはもちろん、自作を書き換えることによって、本物の世界を改変することなんて、けしてできないのですよ」
──えええええええええええええええっ⁉
「何で今更、自分の言ったことを、全否定するようなことを言い出すわけ⁉」
「別に僕は、小説家が意のままに、世界を生み出したり改変できたりできるなんて、一言も言っていませんよ? ただ単に、『小説家の作成した小説はすべて、可能性の上では、本物の世界として存在し得る』って、言っただけですから。なるほど、アルテミス嬢が言うように、『世界の作者』なるものが存在しているとしたら、『内なる神』と『外なる神』との二つのタイプに分けることができるでしょう。ただし、ひょっとしたら『内なる神』のほうには、自分が『世界の作者』である自覚があるかも知れませんが、『外なる神』のほうにはけして、そんな自覚なぞは無く、本人にしたらただ単に、『小説を書いているだけ』に過ぎないのです」
「はあ⁉ 小説を書いているだけって──」
「だってそうでしょう? 量子論に則れば、『すべての小説は、本物の世界になるかも知れない』って言っているだけなのであって、それが事実だとしても、たとえ異世界モノを専門とする小説家とはいえ、あくまでも現代日本で普通に暮らしている普通の人間が知覚することなんて、それこそWeb小説でもあるまいし、万に一つもあり得るわけがなく、もちろん、一人一人の小説家がそのようなこと自覚して小説を書いているなんてことも、けして無いんですよ」
「──うっ」
「……大体がですねえ、仮に僕に『外なる神』の力があって、自分の書いている小説が本当に異世界になったり、書き換えを加えるたびに改変させたりしていたとしても、詠お嬢様から、主に録お嬢様に関する記憶だけを抜き取って、それを自作とそっくりそのままの異世界にいる、『アルテミス』なる人物の脳みそにインストールすることで、事実上『お嬢様の異世界転生体』にしてしまうなんて、どう考えても『人間業』ではないことを、どうやって実現しろって言うんですか?」
「──ううっ」
……そりゃ、そうよねえ。
アルテミス嬢から聞いた話はともかく、祐記自身はあくまでも、『小説を作成するごとに、それとそっくりそのままの異世界が生じる可能性がある』と言っているだけなのであり、この現代日本に存在している私たちに、その真偽を確かめる手段なんて無いし、私の記憶の一部を、その世界のアルテミス嬢にインストールすることなんて、もはや『神業』の類いでしかないでしょう。
「……あ、でも、Web作家なんかが作成した小説と、それとそっくりそのままな本物の異世界とが、『一対一』の関係に無いとは、どういうことよ? 結局小説と異世界とは、『そっくりそのまま』なの? それとも『本当のところは別物』なの?」
「うん、説明が非常に煩雑になるから、あえていちいち注釈を入れなかったけど、何度も何度も言うように、世界というものはあくまでも『一瞬のみの時点』に過ぎず、これは小説に例えれば、一冊の小説そのものと言うよりも、『ひらがな五十音』の一文字一文字が、それぞれ独立した世界のようなものであって、──すなわち、無数の文字によって構成されている小説というものは、ある意味『無数の世界の集合体』のようなものでもあるんですよ」
………え、小説が、無数の世界の集合体ですって⁉