第百八十七話、【GW特別編】わたくし、悪役令嬢ワリーさん、今異世界にいるの。(その6)
「……祐記が『語り部』だから、しかもその上、Web小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の『作者』だから、私の記憶を奪い取り、別の世界で『あなた』として『転生』させたって、一体どういうこと?」
その時私こと、我が国でも一二を争う名家、明石月家の次期当主候補にして、ピチピチのJKである明石月詠は、手の内のスマホのモニター内にて姿をあらわにしている、現在異世界から電話をかけてきていると言い張っている、年の頃十歳ほどの銀髪金目の謎の少女に向かって、そう問いかけた。
もちろん、『とても信じられない⁉』という、気持ちからでもあるが、
──それよりも何よりも、一つの台詞の中に話を盛りすぎて、理解が追いつかなかったのだ。
……どうやらそれは当の発言者である、スマホの画面内の自称『悪役令嬢』の幼女、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナのほうも、薄々気づいていたようであり、何だかばつが悪そうな顔となって、補足説明をし始める。
『あー、申し訳ない、ちょっと説明不足でしたね。まずあなたの僕面をしている諸悪の根源、上無祐記が本当は『何者』であるかを語らなければならないんだけど、そもそも『明石月の語り部』が、一族の至宝である『巫女姫』と同等か、下手したらそれ以上に重きを置かれている理由について、あなたはどのくらいご存じかしら?』
「え? それは何といっても、語り部こそが、巫女姫にとっての、唯一無二の補佐役だからでしょう?」
『単なる補佐が、主と同等以上の重要性を、有するわけが無いでしょうが? そもそも、語り部に課せられた「お役目」とは、具体的に何なのです?』
「……ええと、一族の中でも突然変異的存在であった、『禍苦詠むの巫女姫』の録は、ところ構わず自分の口から直接『未来予知』をしていたけど、一般的な予知能力者である『過去詠みの巫女姫』たちは、けして自らの口から予言を行ったりはせず、予知の力に目覚めるとともに『語り部』の夢の中に現れて、『夢告げ』という形で未来予知を行い、それを受けて『語り部』が目覚めた後の現実世界において、予知の文言を細大漏らさず正確に文章化して初めて、『巫女姫のお告げ』が完成するといった次第なの」
『……なるほどね、やはりキーポイントは、語り部の「正夢体質」というわけか』
………………は? 正夢体質、って。
『これで間違いないわ、語り部には間違いなく、「作者」としての力があるんだわ』
「な、何よ、その『作者の力』なんていう、いかにも中二病的メタフレーズは?」
『ええ、まさに、メタそのものなの。何せ「作者」は、世界そのものを自作の小説にしてしまって、好き放題に「書き換える」ことができるのですからね』
なっ⁉
「現実世界を小説にしてしまって、自由自在に書き換えられるなんて、そんな馬鹿な⁉ 少なくとも祐記が、そのような『この世の神』にも等しき、力を持っているわけがないわ!」
『……やけにきっぱりと、即断で否定したわね。何か根拠でもあるの?』
「おいおい、DKの欲望を舐めるなよ⁉ もしも祐記に世界を好き放題にできる力なんかがあったら、今ごろ筆舌に尽くしがたい、『クレイジーエロエロワールド』が展開していて、私なんか積年の恨みを晴らすために、変なエロコスプレをさせられて、性奴隷に仕立て上げられているはずよ!」
『………………………うん、確かにDKとしては、ありがちなパターンかも知れないけど、あなたいくら自分の僕とはいえ、年の近い男の子に対して、一体これまで何をやってきたわけ⁉』
「もちろん、僕としての調教よ!」
『──何か、あんたが祐記にひどい目に遭っても、自業自得な気がしてきたわ!』
「何言っているのよ、あなたは『もう一人の私』なんでしょう? 私がひどい目に遭えば、あなた自身だって一蓮托生なのよ⁉」
『……ぐっ、確かに。そもそも私が、この異世界に閉じ込められたのも、そのせいだったりするものね。──でも、ご安心なさい、彼はけしてそちらの世界を、物理的に改変することなんて、できやしないんだから』
「今更何を自ら、前言を撤回しているのよ? 私が主に録に関する記憶を失ってしまっているのは、祐記の『語り部』としての力の為せる業なんでしょうが⁉」
『大丈夫、「語り部」──すなわち「世界の作者」としての力は、二種類あるのだから、そちらのあなたにとっての「現実世界」においては、祐記は「精神的改変」しか行うことができないわ』
「な、何よその、精神的、改変て?」
『実は「作者」と言っても、大きく分けて二種類あるの。よりわかりやすい「世界にとっての創造主」としての、自作の小説そっくりそのままな世界の外側にいて、自作の小説を書き換えることによって、その世界そのものを物理的にも精神的にも自由自在に改変することができる、「外なる神」と、自分の自作そっくりの世界とはいえ、自分自身もその世界の中にいるために、真の意味での改変──すなわち、物理的な改変は絶対に不可能でありながらも、人の記憶を操作したりする精神的な改変のみならすることができる、「内なる神」との、二つのタイプがね』
「人の記憶を操作したりするって、まさか──」
『そう、あなたの、主に「録」に関しての記憶を奪ったのは、祐記の「内なる神」としての力なの』
──‼
「……でもどうして祐記に、そのような世界を改変してしまえるなんて、大それた力があるの? 私ずっと一緒に育ってきたけど、そんな力を持っているなんて、全然気がつかなかったんだけど」
もちろんそれは、彼がひたすら隠し続けていたからかも、知れないけれど……。
そのように、どうにも疑問を覚えざるを得なかった私であるが、『もう一人の私』の答えは、そんなものなぞお構いなしの、ぶっ飛んだものであった。
『そりゃあそうでしょう、そもそも厳密な意味で、Web小説やラノベやSF小説に登場してくるような、いかにも漫画チックな「世界の改変」なんて、絶対に実現できっこなく、祐記自身も単なる、「他の者たちよりは精度の高い正夢体質」、に過ぎないんだから』