第1621話、わたくし、もしも現代の日本車が一台でも有れば、太平洋戦争は負けていないと断言しますの⁉【前編】
トンネルを抜けると、そこは……
──『太平洋戦争』末期の敗色濃い、『大日本帝国』であった。
………え、何この、いかにも使い古された、陳腐な冒頭シーンは?
まあた、この作者ってば、思いつきだけで、作品を執筆し始めやがって。
現代日本人が、戦争中の時代にタイムスリップするなんて、もはやありふれ過ぎて、ニーズなんか全然無いっつうの!
しかも俺は一介のサラリーマンであり、某海上自衛隊員のように、最新鋭のイージス艦に乗っていたわけでも、某航空自衛隊員のように、最新鋭の戦闘機に乗っていたわけでも無く、俺がこの時代に持ち込んだのはただ、戦争には何ら役に立ちそうに無い、一台の普通乗用車だけと言う体たらくであった。
……ただでさえ『未来から来た』とか胡散臭い自己紹介をしただけでは無く、無駄に技術力の塊である未来の日用品なんかを持ち込んだので、当然『憲兵隊』の目も厳しくなり、現在絶賛取り調べを受けている最中であるが、まさか『デタラメな情報をもたらして日本軍を混乱させようとする敵国の工作員』として、処刑されるんじゃ無いだろうな?
一通りの取り調べを受け、自分の個人情報を始めとして、戦争の今後の推移等を洗いざらい言わされた後で、担当の憲兵隊員が上司へと報告に行き、待たせられることすでに数時間、己に下される沙汰を戦々恐々と待ち続ける、現在この時であった。
……もちろん、買ったばかりの新車で慣らし運転をしていた、俺の愛車も、部品一つまで丹念に調査分析されているんだろうなあ。
洋楽のCDとか、積んでいなかったよな? 少しでも当時の敵国である米英を匂わせるものが見つけられたら、むちゃくちゃヤバいぞ?
──いやいやいやっ!
考えてみれば自動車なんて、どこもかしこも『英語表記』のオンパレードじゃんか⁉
ええー、俺ってタイムスリップしてすぐにそのまま、スパイの濡れ衣を着せられて死んでしまうのお⁉
そのように、もはや『諦めムード』全開で、絶望感に浸っていると、
「──待たせたな」
ひいいいいいいいいいいいいッ⁉
取調室の分厚い鉄の扉を開け放って現れた、一人の軍服姿の美丈夫さん。
何でも、ドイツから招聘した技術者を父親に持つ、日独のハーフだそうで、ドイツの最先端技術──特に、軍用航空機の知識に富んでいて、そこを買われて憲兵隊において技術将校に任じられている、本武雷雲少佐殿であった。
何か、すげえ鋭い目つきで、こっちを凝視しておられるんですけど⁉
しかも、興奮状態を隠そうとはせず駆け寄ってきて、俺の右腕を両手で握りしめやがった、だとお⁉
これは、このまま処刑場に直行か⁉
それとも、むしろこれから、本格的な『拷問ショウ』の始まりか⁉
「──感謝する! 君こそは、我が皇国の救世主だ! これでこの戦争は、我々の勝利だ!」
…………は、はい?
「きゅ、救世主って………………ええと、俺が未来人なのかスパイなのか、その問題はどうなったのでしょうか?」
「──そんなことは、どうでもいい!」
取り調べている相手がスパイかどうかどうでもいいって、憲兵的にどうなの⁉
「君がもたらしたものは、間違いなく我が皇国を勝利に導いてくれる! これ以上の『事実』は無いだろう!」
「俺がもたらしたものって…………」
それってもしかしなくても、これ以降の『未来の情報』のことか?
確かに役に立たないことは無いだろうけど、だからって、現在の圧倒的に不利な状況を挽回して、今更日本を勝利に導くことなんて無理だろう。
「──何を呆けているんだ! 君が持ち込んでくれた、あの『未来の乗用車』のことだよ! あれによって、我が国の『軍用機製造技術』は、一気に米英に追いついた! 後はそれを生かした航空兵器を量産するだけだ!」
「へ? 単なる普通の乗用車なのに、軍用機開発に役に立つんですか? それも現在の戦況を一変させるレベルで?」
「……あれが『普通』なのか? 未来の技術力とは、恐ろしいものだな」
いや、俺の車は『EV』でも『ハイブリッド』でも無い、ただのガソリン車だし、ガソリン車なんて基本的に、数十年前からそれ程技術的に進歩していないのでは?
「何だ、君自身は気がついていないのか? そもそも君は、我が軍の航空兵器における、米英に致命的に劣っている『二つの欠点』とは、何だかわかるか?」
「……うう〜ん、一つは間違い無く、『レーダー』ですよね?」
「そうだ! むしろ航空兵器のみならず、戦争全体において、最大の『泣き所』と言っても、過言では無いだろう!」
「あ、でも、戦争も後半になれば、日本軍もレーダーの開発及び実戦配備は、全力で進められていたのでは?」
有名な某『艦隊ゲーム』において、レーダーこと『電探』が、レアなアイテムとして登場しているしな。
「そこが問題なのだよ、実はこの大戦中において実用化されたレーダーには、大きく分けて二種類有るのだ」
「え、そうなのですか? 同じレーダーでありながら、何か違いが有るわけで?」
レーダーなんて、敵の動きさえ掴めればいいのだから、別に種類なんて問題では無いのでは?
「確かに日本やドイツは、現在どうにかレーダーを実用化したが、そのほとんどが米英から立ち後れた『メートル波レーダー』であり、有効範囲が狭く捕捉性能は不正確であり、何よりも『妨害』がし易く、敵の偵察機等がばらまいた無数のアルミ箔を敵機と認識してしまい、まったくの役立たずにされかねないのだ」
──ええっ、それってレーダーとして、意味が有るの⁉
「それに対して、米英が開発に成功し大量に実戦配置済みの『センチメートル波』を使用したレーダー──実は何と、君の車に搭載されていた超最先端技術の『ミリ波レーダー』同様に、『マイクロ波レーダー』の一種は、有効範囲が広く、妨害がしにくく、しかも日独のように飛行機の先端に八木アンテナをおっ建てて、空気抵抗により大幅に速度を削がれることの無い、極小さなお椀型のアンテナを採用しており、特に夜間や悪天候時に威力を発揮して、空戦を圧倒的に有利に運ぶことが可能なのだ」
「同じレーダーで、そんなに違いが有るのですか⁉」
「特に脅威なのは、マイクロ波なら、『マッピングレーダー』を実現できることだ」
「……『マッピング』、って?」
何だ? 連合軍は、第二次大戦の勝利の余勢を駆って、異世界に行ってダンジョン探索でもするつもりなのか?
……何か、『なろう系』のWeb小説で、すでにありそうなネタだな。
「マイクロ波なら、高度一万メートルを飛行中の戦闘機や爆撃機から、地上の地形をレーダー照射によって読み取ることが可能なのだよ」
は?
「そ、そんなことまで、この第二次大戦中に、可能になっていたのですか⁉」
「レーダーが存在せず、エンジンにターボ過給器が付加されていなかった時代の航空機は、ヨーロッパ戦線の長い冬期のように、数ヶ月間もずっと分厚い雲に覆われて、大雪に見舞われている状況下では、そもそも軍用機を飛ばすこと自体不可能だったのだが、イギリスの空軍及びアメリカの陸軍航空隊は、過給器によって高度一万メートル以上──すなわち、『雲の上』を航行可能とし、(雲の下の)悪天候を物ともせぬようになり、更にはマイクロ波の『マッピングレーダー』によって、夜間であろうと分厚い雲に阻まれていようと、常に地上の地形を完全に把握し、ドイツ軍に対して爆撃し放題となったのだ」
「この時代の連合軍は、そこまでの『ハイテク』さを誇っていたんですか⁉」
「ははは、そんなに驚くことは無いさ、君がこの時代に持ち込んできた21世紀の乗用車のほうが、百倍も千倍も凄いのだから」
「はあ?」
……確かに単なる科学技術面では、現代の日本車は、この時代とは比べ物にならないほどの、先端技術の塊だと思うけど、軍用機と比べるのはお門違いなのでは?
この車に使用されている技術で、この時代のハイテクの最先端を走っている、米英の戦闘機に敵いっこ無いじゃん?
「確かにこの車に使用されている技術は、『ミリ波レーダー』は安全性向上のために、『ターボ過給器』は走行性能向上のために、活用されていると思われるが、レーダーとしては、現在連合軍が採用している『センチメートル波』レーダーを、遙かに凌駕し、ターボ過給器についても、材質の金属がこれ以上無く理想的に加工され、最も効果的に性能が発揮できるように工夫されており、我が軍の航空機造りに大いに参考になるものばかりなのだよ」
──なっ⁉
俺の単なる『日常の足』が、かつての日本軍の技術向上に役立つだと⁉
(※次回に続きます)




