第百五十四話、わたくし、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』になりましたの!(その2)
「……いいなあ、ヨウコちゃんは、何だか大人っぽくて」
その時私は、自分と同じスクール水着に身を包み込みながらも、背が高くてスレンダーでありながら、どことなく女性らしい凹凸が目立ち始めた肢体を、惜しげもなくさらけ出している、クラスメイトの少女のほうをまぶしそうに見上げながら、そう言った。
そうなのである、大人から見たら、ほとんど代わり映えがしないであろう、私たち十歳前後の女の子たちだけど、本人たちからしたら、まさしく千差万別で、大人っぽく見える子は、本当に大人っぽく見えるのである。
……その中でも特にヨウコちゃんは、極東の島国出身のいわゆる『和風美人』だし、家柄も良く『お嬢様』でもあり、その上本人自身が寡黙で常に落ち着いた雰囲気をかもし出しているから、余計に年齢よりもはるかに大人びて見えるんだよねえ。
「……何だ、アルテミス、授業中にいきなり、無駄口なんか叩いて?」
「授業中と言っても、自由時間で、先生も好きにしてもいいって言っていたじゃないの?」
「確かに好きにしろと言われたが、遊んでいいともおしゃべりをしていいとも、言われてはいないだろう? 自由時間といえども、授業中であれば、水泳の練習のために当てるべきだろうが?」
……うう、こういった絵に描いたような『優等生』なところも、彼女を年齢以上に──もはや、小学生離れした貫禄すらも、感じさせるんだよねえ。
それに対して、私の言動の『子供っぽさ』ときたら、彼女と一緒にいればいるだけ、コンプレックスを感じてしまうほどであった。
そんな私の心の内の葛藤をよそに、ここで一転して、何だか子供っぽいグチをこぼし出す同級生。
「……それよりも、この旧型のスクール水着は、どうにかならんのか? 普通小学校の水泳の授業に用いられている女子用の水着は、現在においては太ももの上半分までを覆い隠している、いわゆる『昭和レトロタイプ』の新型に切り替えられているはずなのに、なぜ我が学園だけが、頑なまでに旧型を使い続けているのだ? いまだブルマに固執し続けている、時代錯誤のラノベでもあるまいし。この脚の付け根の部分が切れ上がったワンピースタイプのやつだと、ええと、その、あれだ、いろいろなところに食い込んでしまって、着心地がイマイチというか、は、恥ずかしいというか──」
いつもの泰然自若した態度はどこへやら、頬をほんのり赤らめて、内股をもじもじとこすりつけつつ、言葉尻を濁していく、美人JS。
そんな突然の『ギャップ萌え』の極致を見せつけられた私は、もはや辛抱たまらず、かぶりつくかのようにまくし立てる。
「──何言っているの、ヨウコちゃん、そこがいいんじゃないの⁉」
「ええっ、お、おい、アルテミス⁉」
「……ああ、ヨウコちゃんのような大人びた女の子が、こうして水泳の授業の時だけは、私たちと同じ子供っぽくてシンプルなスクール水着に身を包み、いまだ成長途上にある女でも男でもない、清らかな身であるからこそかもし出される、えも言われぬ色香に満ちた肢体を晒さざるを得ぬことに、羞恥心と達観との狭間で揺れ動く自分の気持ちに戸惑いを隠せないでいる、無垢な少女の季節ゆえの葛藤に苛まれる姿を見ているだけで、ご飯が三杯もイケますわ〜〜〜フッハー♡」
「──落ち着け! とりあえず、落ち着くんだ、アルテミス!」
気がつけば、必死の形相で、いつの間にか本当に自分に『かぶりついていた』私を引き剥がす、アダルトスクール水着チルドレン同級生(私命名)。
……あら、いけない。つい興奮しすぎて、隠し続けていた本音と欲望とを、全力全開で開放しちゃった♡
「私が悪いんじゃないもん! このギラつく真夏の太陽と、子供のくせにエロすぎる、ヨウコちゃんがいけないんだもん!」
「──私は、エロくなんか無い!」
そのように顔を真っ赤にして怒鳴りつける、ますますエロっぽいヨウコちゃんであったが、ふと我に返ったかのようにいつもの無表情に戻って、唐突に話を変える。
「……なあ、真夏の太陽って言われて、気がついたんだけど」
「うん、なあに?」
「今の季節って、本当に『夏』だったか? 何か三日前までは、『桜の開花宣言』がどうとかこうとかと、テレビのニュースでやってたような気もするんだが……」
──まさにその瞬間、あれだけうるさく鳴り響いていたはずの蝉時雨がまったく聞こえなくなり、あたかも惑星そのものが静止したかのように、すべてが静まり返った。
『……ほんと、三月になったというのに、まだまだ寒い日が続くよねえ』
『これがいわゆる、「三寒四温」ってやつね?』
『何や、「シオン」ちゃんって、やけに可愛らしい名前やねえ♡』
『……馬鹿か、ユー、「三寒四温」は名前ではなく、四文字熟語の類いだ。おまえは国語の授業中、一体何を聞いているんだ?』
『あー、うちら関西人に、「馬鹿」は禁句やでえ⁉ 言うんやったら、「阿呆」て言うてえなあ!』
『阿呆らしい……(あ、しまった、つい言ってしまった⁉)』
『おっ、お堅いリーダーはんも、関西のこと、ようやくわかってきたやん?』
『『『あはははは、ほんとほんと!!!』』』
『だ、黙れ、みんな、笑うんじゃない!』
その時脳裏に甦るは、ほんの数日前に交わしたばかりの、自分と同じ『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』の仲間たちとの、たわいないおしゃべりの数々。
──そうだ。
──私の記憶でも、本当は、やっと冬が明けたばっかりだったはずよ。
──それなのに、どうして今日この時は、真夏の太陽の下で、水泳の授業なんかが行われているの?
──しかも、何で私たちは、こうしてようやく違和感を覚えるまで、何の疑問も感じず当たり前のようにして、この異常極まりない事態を受け容れていたの⁉
「何や、二人揃って、やけに深刻な顔をして、見つめ合ってからに。──おいおい、神聖なる授業中に、ガチの『告白』なんかしたらアカンでえ?」
唐突にかけられる、せっかくのシリアスシーンを台無しにする、どこかとぼけた関西弁。
ヨウコちゃんと二人して振り返れば、そこにいたのは予想通り────って、
「……え、ユーちゃんだけでなく、タチコちゃんにメアちゃんまで、みんな揃ってどうしたの?」
そう、現在私たちの目と鼻の先で、(プールの水で)濡れそぼった未成熟な艶めかしい肢体にスクール水着をまとってたたずんでいたのは、いつも陽気な金髪碧眼のユーちゃんに、同じく金髪碧眼ながらもいかにもお嬢様な縦ロールのタチコちゃんに、燃えるような赤毛と紅眼のメアちゃんという、まさしく『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバー全員が、揃い踏みしていたのだ。
「……うわあ、スクール水着は、黒髪黒目の和風美人のヨウコちゃんだったら、抜群にお似合いだけど、いかにも西洋人形じみたみんなが着ていたら、何かマニアックな洋ロリ着エロ写真集の、コスプレコーナーみたいよねえ」
「「「──おまえが、言うな、おまえが! この銀髪金目の、天使か妖精そのものの、超絶洋ロリ美幼女が⁉」」」
え、私って今、怒られたの? それとも、誉められたの?
「──おい、おまえら、授業中なんだから、あまり騒ぐんじゃない。私たちはただ、今時こんな旧スク水はないだろうって、至極当然な話をしていただけだ」
「え? 何でや? 旧スク水だからこそ、JSの未成熟な肢体を余すところなく視姦することができて、同じJSとして役得なんじゃないんか?」
「──おまえもかよ? うちのメンバーは私以外には、まともなやつはいないのか⁉」
「どうどう、ヨウコちゃん。ユーちゃんはねえ、女の子同士なんだから気にする必要は無いってことを、遠回しに言っているだけなんだよ?」
「遠回しすぎるわ! 下手すると、アンドロメダ銀河あたりまで、寄り道しとるわ! ──コホン、ま、まあ、女の子同士だから気にするな、というのは、わからないでもないがな」
「──そら、この小学校に、女の子しかおらんのは、当然やろ?」
そしてその、エセ関西弁を操ることで、いつも道化の仮面を被っている、本当は誰よりもナイーブな少女は、これまでの世界観を崩壊させかねない、決定的な台詞を口にする。
「何せこの学校は、うちらのような、世界の敵である『悪役令嬢』の実の娘である、『ちょい悪令嬢』ばかりを集めて、『悪役令嬢』に唯一対抗できる『魔法令嬢』に育て上げて、自分たちの母親を殺させることでその身返りに、この世界に居場所を与えてやることを最大の目的として、あらゆる異世界の平和を守ることを使命とする、聖レーン転生教団によって設立された、女子限定の小学校の皮を被った、『母親殺しの魔法少女をでっち上げるための洗脳工場』なんやからな♡」