第百十九話、わたくし、『交換百合』という、新ジャンルを開拓しましたの。(その2)
「──お嬢様あ、朝ですよう、休日とはいえ、寝過ぎですよう、早く起きてくださあい!」
「……う、う〜ん」
『ゲンダイニッポン』縁の、我ら喪女にとって最も忌まわしきイベント、『ヴァレンタインデー』を目前にした、ある冬の休日の遅い朝。
暖かい布団の魅力に抗えず、天蓋つきの豪奢なベッドの中で惰眠をむさぼっていた、私こと、ホワンロン王国第二王女通称『二の姫』にして、雅号(?)『ジミ王子』は、第二王女専属メイドのフラウによる呼びかけによって、ようやく完全なる覚醒を果たした。
……まったく、フラウったら。私のことは柄ではないから、『姫』とか『プリンセス』とかって呼ばないでってお願いしていたもんで、普段は名前(&様)呼びしているくせに、なぜか今日になっていきなり、『お嬢様』なんて呼びだしたりして。それも柄じゃないっつうの。
──うん、待てよ?
今の声って、フラウのじゃ、無いのでは……。
「──だ、誰よ、あなた? 新人のメイドさんが来るなんて、聞いていないわよ⁉」
我が身に掛けられていたブランケットを蹴飛ばすようにして身を起こせば、案に相違してそこには、毎日のようにして見慣れたメイドさんが、にこやかな笑みを浮かべながらたたずんでいた。
──ただしそれは、私の専属メイドでは、無かったのだ。
「……メイ?」
「やれやれ、やっとお目覚めになりましたか? もはやお日様が中天にさしかかっておりますよ?」
見間違い、なんかではなかった。
年の頃は十三、四歳ほどか、いまだ小柄で華奢な肢体を、シックな漆黒のワンピースと純白のエプロンドレスというメイド服に包み込み、ヘッドドレスを載せたおかっぱスタイルの黒髪に縁取られた秀麗なる小顔の中で、同じく漆黒の瞳をくりくりと輝かせているのは、間違えようもなく、我がホワンロン王国筆頭公爵家令嬢の、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ嬢専属メイドである、メイ=アカシャ=ドーマンその人であったのだ。
「ちょっと、何であなたが、こんなところにいるのよ⁉」
「……こんなところって、お嬢様専属である私は、この部屋付きのメイドであるも同義、今更何も不思議なことは無いでしょうに?」
「え? ──あ、そ、そういえば、ここってどこなの⁉」
彼女の言に促されるようにして、改めてじっくりと周囲を見回してみれば、けして見慣れた第二王女の寝室なぞではなく、それと見劣りしない豪華さではあるものの、まったく見知らぬ場所であった。
「どこって、一体さっきからどうなされたのですか、アルテミス様? ここはあなたのお部屋に決まっているではありませんか?」
………………………………はい?
「あの、アルテミス様って、私が?」
「そりゃあもう、当然」
「そんな馬鹿な…………って、うおおっ⁉」
そこで初めて、ベッドの上で座り込んだまま、自分の身体を見下ろしてみたのだが!
何かもう! ものすごい華奢で! 文字通り『触れなば折れん』といった感じの! 手足なんかむちゃくちゃほっそりとした! 肌も高等部生である私に比べても! しっとりすべすべした! 何かもう! ほんとにもう! どこの匠が丹精込めて創り出したんだよ⁉ とでも言いたくなるような! 精緻な人形そのものの! いかにも『女の子♡』といった感じの! ほっそりとした手足や腰回りが! 目に入ったのですよ⁉ 奥さん!!!
「……何、ご自分のお身体を見て、目を丸くしているんですか? 馬鹿丸出しの表情をなされていますよ?」
「──私の身体って、これが⁉」
「いや、あなたの身体じゃなければ、誰のやねん。──誰か、鏡を! 至急お嬢様の御寝所に、全身を映せる姿見を、もてい!」
「「「──ははあ、ここに!」」」
何と、メイの命(w)に、まさしく打てば響くようにして、タイムラグ一切無しに、全員メイドのコスチュームに身を包んだ美少女の一隊によって、大きな鏡が部屋へと運び込まれる。
「──これが、私?」
薄い純白のワンピース状の夜着のみをまとった、いまだ10歳ほどの華奢で小柄な肢体に、あたかも月の雫のごとき銀白色の長い髪の毛に縁取られた、幼くも十分に艶やかで端麗なる小顔。
──そしてその中で煌めいている、まるで夜空の満月そのままの黄金色の瞳。
その有り様は、あたかも妖精や天使そのものの、妖しくも神秘的な美しさを誇っていたのであった。
「……何よ、これ、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ嬢そのものじゃないの⁉」
「そりゃあ、そうですよ、あなたは、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ様なんだから」
「いや、違う、違うの、メイ! 私はけして、アルちゃんなんかではなくて!」
「……さっきはご自分に『様』付けで、今度は『ちゃん』付けですか? やめてください、気持ち悪い」
いやあんた、仮にも主に向かって、気持ち悪いって……。
「まったく、また何か、ふざけた遊びでも、始められたのですか?」
「だからあ、遊びとかじゃなくてさあ!」
「仕方ありません、私もお付き合いしますよ」
「人の話を聞けよ、おい⁉」
「そんなにお疑いなら、もっと隅々まで、じっくりとお確かめになります?」
………………………………へ?
「……ええと、隅々まで確かめるって、どういうことでしょう?」
「アルテミス様は、特に休日におかれましては、朝起床なされてすぐに、入浴なされるのが恒例行事。今からお風呂に入られて、文字通りお身体の隅々までご覧になればよろしいではありませんか?」
「え? お風呂に入るってことは、当然、裸でよねえ?」
「もちろん」
「つまり、隅々というのは……」
「主に、普段目にすることの無い、場所です」
そ、それって、『あんなところ』や『こんなところ』のことお⁉
「おや、いけない、お嬢様が、すでに『熱暴走』を。みんな、至急、大浴場にお連れして」
「「「アイアイサー、司令官殿!!!」」」
メイの命令一下、私の身体を抱え上げ、一糸乱れず大浴場とやらに突進していく、公爵家メイド隊の皆様。
これからすぐに、『アルちゃんの身体でお風呂に入る』事実に、完全に茫然自失となり硬直してしまっていた、その時の私は、ただなすがままに身を委ねるしかなかったのである。