第十一話、わたくし、少女革命は弾圧する方針ですの。
「──良いか、我が娘たちよ。ホワンロン王家に生まれた女は、その身命を賭して、『姫様』をお守りしなくてはならないのだ」
ホワンロン王城内の、広大なる謁見の間。
現在ここには、王立量子魔術学院の中等部に上がったばかりの、私こと第一王女を筆頭に、いまだ初等部在籍の第二王女と、初等部に上がってまだ間もない末娘の第三王女が、一堂に集められていた。
「あ、あの、お母様?」
「──私のことは、女王様とお呼び」
「あ、はい。じょ、女王様っ」
「……それで、何か意見でもあるのか? 二の姫よ」
「え、ええと、お姫様を守れって、おっしゃいますけど、私たちだって、お姫様なんでしょ?」
「確かにそなたら三人は、我がホワンロン王国の王女だ。しかし私の言う『姫様』──『過去詠みの巫女姫』様こそは、この世で唯一絶対の、『真の姫君』なのだ」
「かこよみの、みこひめ?…………しんの、ひめぎみ?」
「過去詠みの巫女姫様は、私やそなたらのように、ただ着飾って王城の中でダンスを踊っていればいい、十把一絡げの『お姫様』とは違って、まさしく全人類の──いや、世界そのものにとっての、『希望』なのだ。何せ、『なろうの女神』と伍する力を有し、女神が暴走した際に抑えることができるのは、彼女をおいて他には存在しないのだからな」
「女神様を抑えるって、なろうの女神様は聖レーン教団の偉い神様で、この世界を守ってくださっているのではなかったのですか?」
「聖レーン教団の坊主どもの、教義においてはな。しかしながらなろうの女神は、この世の秩序をただ漫然と守ってくれるわけではない。なぜならかの神は、何よりも『変化』こそを好んでおるからな。しかも異世界転生や異世界転移を司る彼女は、『ゲンダイニッポン』のインターネット上の小説創作サイトである、『小説家になろう』や『カクヨム』において公開されたWeb小説における、架空の異世界転生や異世界転移をそっくりそのまま本物にできて、実際に無数の異世界転生者や異世界転移者をこの世界に送り込むことによって、多大なる影響を及ぼしてきたのだ。例えば、ほんの数十年前までは、いわゆる『剣と魔法のファンタジー世界』そのもので、文化水準も『ゲンダイニッポン』で言うところの『中世ヨーロッパ』レベルであったこの世界が、転生者や転移者がもたらしてくれた、『ゲンダイニッポン』の先進的科学技術を受け容れることによって、今や『ゲンダイニッポン』それ自体すらも遙かに凌駕した、魔法と科学とが融合された量子魔導技術をほしいままとする、文字通りに『魔法と科学とのハイブリッドワールド』を実現できているほどだしな。──しかし、何事においても『過ぎたるは及ばざるがごとし』なのであって、世界の急激な成長はいろいろと弊害をもたらすことすらも多々あって、その代表例が、これまでにない技術を駆使して生み出された最新兵器を使っての戦争において、敵味方共に本来は身分不相応な超兵器をお互いに繰り出して闘い合えば、当然その被害も以前とは比べものにならないまでに甚大なものとなって、むしろ人類の生活レベルはもちろん、世界そのものを大きく疲弊させることすらあり得るのだ。──とは言え、新たな技術を使って戦争を起こすことによって、互いの熾烈なる競争意識から、更に技術を急激に発展させることになるのも事実で、戦争こそが停滞した世界に変革をもたらし、結果的に進化を大いに促進することは否定できず、まさしくなろうの女神はこれを狙って、あえて転生者等を通じてこの世界に新技術をもたらし、隙あらば大戦争を起こさせようとしている節があるんだ。──だけど、技術が急激に発展すればするほど、たった一度の戦争で、人類そのものが滅亡してしまう可能性だってけして否定できず、なろうの女神のやり過ぎ──特に必要以上に過剰な異世界転生や異世界転移に対しては、常に警戒せねばならず、もしも女神から与えられた絶大なるチート能力を私利私欲のみに用いることによって、この世界に仇なす転生者や転移者が現れた場合は、当然速やかに討伐しなければならないのだが、そもそもこの世界を変革し得る神に等しき力を持つ転生者に対しては、生半可な武力や魔力では相手にならず、そこで頼りになる唯一の存在が、まさしくなろうの女神同等の力を有する、過去詠みの巫女姫その人というわけなのだよ」
「そ、それって、つまりは女神様が、この世界に仇なすことを、率先してなされているわけなのですか⁉」
「ああ、そうだ。女神は何よりも、停滞を憎み変化を好むのだ。──たとえ世界そのものの変革が、そこに生きる我々に、大いなる苦難を与えることになろうともな」
「……女神様が、そんなことを」
「ふん、聖レーン教団の坊主どもに言わせれば、まさにそれこそが、『神の与えし試練』であり、それを乗り越えてこそ神の恩寵にあずかることができるとのことだが、そんな理不尽な『ふるい』をかけること自体が、『悪魔の所行』と言わざるを得ないだろう」
「つまり、そのようななろうの女神様の横暴を止めることができるのは、過去詠みの巫女姫様だけだから、みんなで守らなければならないのですね?」
「ああ、確かにそうなのだが、残念ながら、そのように常に人類全体でお守りするような、目立った真似はすることはできないんだ。何せこれはある意味、『神様に対する反逆行為』なのだからな。そんなことを我がホワンロン王家が大っぴらにやったりしたら、女神を奉っている聖レーン教団と全面的抗争ともなりかねず、かえってこの世に騒乱をもたらすことすらあり得るのだ。──だからこそ、そなたらのような『ホワンロンの娘』による、過去詠みの巫女姫に対する人知れぬ護衛行為が、必要になってくるのだよ」
「か、神様に対する、反逆行為ですか? しかも絶大なる魔法の力を有する、教団の僧侶の方々から、巫女姫様をお守りすることなぞ、本当に私たちにできるのでしょうか?」
「──できないでか! 何せそのためにこそ、ホワンロン王家に生を受ける娘たちには、代々『力』を与えられているのだからな」
「……力、ですか? それは一体、どのような」
「──女王陛下」
ここで初めて、あたかも二の姫の疑問の声を遮るようにして、広大なる謁見の間に鳴り響く、涼やかなる声音。
今この時、いまだ幼い三の姫は、話の内容について行けず、ただぼんやりと立ちつくしているだけなので、声の主が誰かについては、疑問の余地はなかった。
「……何かの、一の姫?」
「お願いしたいことが、あります」
「ほう、何でしょう?」
「──今この時をもって、私をホワンロンの姫から、除外してください」
「おや、王家の娘の秘められた義務を聞かされて、怖じ気ついたのですか?」
「逆です」
「逆、とは?」
「我が弟にして第一王子のルイも、健やかに育っている中、第一王女である私が貴女様のように、この国の女王となることはあり得ないでしょう。となると、後は政略の道具として、外国の王家に嫁がされるのが関の山といったところでしょうが、そんなつまらない人生を強いられるくらいなら、王女であることを──いえ、いっそ女であることすらやめて、その過去詠みの巫女姫なるお方のために、自分のすべてを捧げたいかと存じます」
「そういえばそなたは女だてらに、年の一度の剣術大会においては、五本の指に入るほどの、剣の達人でしたね」
「はい、十歳を数えてから参加しておりますが、大将軍や剣聖殿のような、規格外のバケモノたち以外には、一度も負けたことはございません」
「それこそ十歳を超えたばかりの年頃で、そのような恐るべき腕前であるそなた自身も、立派に『バケモノ』でしょうに。──それで貴女は、巫女姫様の『騎士』にでもなるつもりなのですか?」
「ええ、私の『お姫様』にあるまじき剣の腕が、人類の──ひいては世界そのものの希望の象徴である、真の『お姫様』のために役立つのなら、王女であることも女であることすらも捨てようが、一向に惜しくはありません」
「──よくぞ申した! そなたを今日この時より、過去詠みの巫女姫様の親衛隊長に任ずる。その証しに、異世界転生者や転移者の『魂』だけを滅することができる、神剣『トリックスター』をそなたに与えよう」
「ははー、ありがたき幸せ」
「とはいえ、巫女姫様が真に覚醒するまでは、王家が表立って動いていることを、内外の諸勢力に気取られることは赦されず、そなたらの護衛活動も極秘のものとされ、誰からも──巫女姫様ご自身からも、けして感謝されることのない、茨の道となるのですよ?」
「構いません。──むしろ、当の巫女姫様ご本人こそ、さぞや苦難の道を歩かれることでしょう。そのような聖なるお方の一助になれるのならば、本望でございます」
「うむ、我が子ながら、あっぱれな心がけよのう。──それでは三人とも、ホワンロン王家はもちろん、この世界そのものの安寧のためにも、しっかり頼むぞ!」
「「「ははあっ!」」」
まさにこの時こそが、それまではホワンロン王国の第一王女だった、『一の姫』こと私の運命が、大きく変わった瞬間であったのだ。
そう。私は自ら、お姫様としてのドレスを脱ぎ去り、剣をとったのである。
──まだ見ぬ、自分だけの『お姫様』を、守っていくために。
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「──とまあ、そういういきさつがあってね。だから私はこうして、人知れず常に君を見守り、あらゆる外敵から、護り続けているのだよ」
「……ふうん、それで私の入浴姿を、覗いていたというわけですか?」
絶対零度の侮蔑の視線を向けてくる、この王国の筆頭公爵家の令嬢にして、将来の『過去詠みの巫女姫』最有力候補でもある、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ嬢。
──おのおの刀剣や火器を手にした、武装量子魔導メイドたちを、十数名ほど背後に従えながら。
「……あのう、そろそろ、降ろしてくれないかな?」
侵入者用の罠にかかってしまい、全身をロープでがんじがらめに縛りつけられて宙づりになった状態で、情けない声で助けを求める、自他共に認める、王宮きっての男装の麗人にして、人呼んで『真・王子様』。
「現行犯が、何をとぼけたことをおっしゃっているのです。今宵は一晩中、ここにいるメイドたちによる、肉体言語を伴った尋問を、たっぷりとご堪能遊ばせ」
「いや、それって、拷問するってことだよね? ちょっと待って、一応私は、王家の人間なんだよ⁉」
「女だてらに男装して、しかも帯剣したままで、こっそりと我が筆頭公爵家の私有地に忍び込んだのです。見つけ次第斬り捨てられても、たとえ相手が王家だろうが、文句一つ言わせませんよ。──何だったら、尋問を省いて、今すぐ刑の執行と参りましょうか?」
「いやだから、私は無実だって! たった今、懇切丁寧に説明しただろうが? これはあくまでも、女王陛下の密命を帯びた、君に対する護衛任務だと!」
「……それでは、そのズボンのポケットからはみ出しているものは、何でしょう。何だか、私が入浴する前にはいていた、下着のようにも見えるのですが?」
や、やべえ。
「こ、これは、そのう………あ、あれだよ! 君の健康管理についても、大切な護衛任務の一環なのであって、このように君の身体に最も密着していたものを秘密裏に採取して、王立研究所に持ち帰り、君の健康状態を徹底的に調べ上げようというわけなのさ!」
「──そんな気持ち悪いことを、断じてさせてたまるものですかあ! メイ!」
「はっ、ここに」
「判決は?」
「当然──」
「「「ギルティ、でございます」」」
一糸乱れず、完全に無表情のままで、異口同音に判決を下す、可愛い可愛いメイドさんたち。
「そう、それじゃ刑の執行のほうは、お任せいたしますわ。……ふわあ、夜明かしは美容の大敵。では、お休みい〜」
「「「お休みなさいませ、お嬢様」」」
そのようにして、メイちゃんだけを伴ってアルテミス嬢が立ち去って行くや、途端に鬼のごとき表情となって、私のほうへと迫ってくる、可愛い(?)メイドさんたち。
「あ、あのね、君たち、人間、話せばわかると思うんだ。だからね、そんな物騒なものは収めて──あ、いや、ちょっと待って。そんなの使っちゃ、シャレにならないから! あ、あ、あ、あ、うぎゃあああああ────────!!!」
その夜、王国きっての超上級住宅街においては、朝日が昇るまで、獣の咆哮のごとき悲鳴が、ひっきりなしに鳴り響いていたという。