第八話:初戦
さて、どうしたものか。
わたしは考える。
相手は五人。
一方で、こちら側は一人。しかもいたいけな少女を守りながら戦わなければならない。
「ククク……楽しみが一つ増えちまったなあ……さて、どちらから楽しませてもらおうか……」
思考している間にも、刺青の男が不快な言葉を向けながらにじり寄ってくる。
その舐めまわすような視線も相まって、肌にざらつくような錯覚を覚えた。
この細腕の女を抑えるには彼だけて十分と判断したのだろう、他の男たちはニヤニヤしながら事の成り行きを見守っている。
大方この後、わたしたちをどのように手籠めにしようかと考えているに違いない。吐き気がする。
「大丈夫だよォ、せっかくの上物だ。傷なんかつけやしねェ。ただちょっとばかし大人しくなってもらうだけよォ」
男はさらに距離を詰めてくる。
あと一メートルもすれば、その模様だらけの腕がわたしを捉える。
ここでようやくわたしは初戦での振る舞い方を決めた。
「それじゃあこれでおしまいッと」
距離を詰めた男が腕を伸ばした刹那――
わたしは……。
……。
…………。
………………。
足元に落ちていた『木の棒』を拾った。
「あれェっ……」
わたしが屈んだことで、男の腕は空を切った。
長髪刺青は間抜けな声を出して驚いていた。
その隙にわたしは跳び上がる勢いを乗せて棒を男に突き出す。
木の先は彼のみぞおちを捉えていた。
男は汚い呻き声を漏らし、蹲ろうとする。
――だが、そうはさせない。
跳び上がったわたしは、空を舞い、体制を変え、落下の勢いを利用して男の背中に蹴りを入れる。
男は地面に寝そべり、動きを停止した。
「まずは一人ね」
わたしは『アニキ』と呼ばれたスキンヘッドの男の方を向いて言った。
「クソッ、お前ら! あの小娘かなりやるようだ。全員でかかれ!」
スキンヘッドは残りの三人に命令する。
まだ事態を把握できていないようだったが、その声で我に帰り、慌てて各々の武器を取り出した。
曲剣、メイス、ナイフ、斧、そして木の棒。
それぞれの武器が会する。
「おいテメエ、腰のモンを抜かねえとは随分と舐めてくれたもんだな」
リーダーの男が得物の斧を弄びながらわたしの腰元にある鞘に視線を向けた。
「わたしはこれを決して抜かないわ。どこでも買えるような程度の低い剣だけど、あなたたちを殺してしまうには十分すぎるもの」
それに、とわたしは付け加える。
「この娘に血を見せるわけにはいかないもの」
「その慢心が文字通り命取りにならなければ良いがな!」
先ほどの刺青の男とは違い、全員が一斉に駆けてきた。
わたしは迷わず前に踏み出し、一瞬で手下の一人の膝元へと詰める。
そして下から顎を蹴りぬいた。
一人。
次はその隣にいる手下に照準を定める。
倒れこんでくる男の影に隠れ、死角へと潜り込んだ。
そしてすかさず男の側頭に木の棒を叩き込む。
一人。
残りの手下がナイフで突いてきた。
わたしはそれを木の棒の側面で軽くいなす。
勢い余ってよろけたところに脇腹に左腕を一発。
さらに間髪入れず胴へと棒を振りかざす。
また、一人。
そして、
「さて、これで最後ね」
わたしは木の棒の先を相手に向けて言った。
スキンヘッド顔は青ざめていた。
「わかった! わかった! 俺たちの負けだ、お前らもそうだろう!?」
手に持っていた斧を投げ捨て両手を上げて降伏の意を示した。
倒れ、呻いている手下たちも口々に賛成していた。
「でもあなたたちがしていたことは決して許されることではないのよ?」
「もうこんなことは二度としねぇ! 本当だ、天に誓ってだ!」
ボスの男は必死に懇願する。
「本当に?」
わたしは問いかける。
「ああ本当だ、信じてくれ」
「まあいいわ。もともとわたしはあなたたちを殺すつもりなんてなかったし」
「本当か? 感謝する。これからは真っ当に生きていくさ」
男はそう言いながら、ゆっくりと背中に隠し持っていたナイフをばれないように取り出そうとしていた。
ばればれよ。
――まさにスキンヘッドがナイフを取り出したその時、彼らの足元に巨大な魔法陣が展開された。
「な、なんだこりゃあッ!?」
魔法陣の光に照らされたスキンヘッドのボスが叫ぶ。
「転移魔法よ。これからあなたたちは魔物だらけの雪の荒野に行くの」
「殺さねぇって言ったじゃねえか!」
男は声を荒げる。
「わたしは殺さないわ。ただ生きるのが難しいところに飛ばすだけ。恐怖に震えながらあなたの罪を数えなさい」
これまで彼らが犯してきた罪は決して消えない。
そしてここでわたしが見逃したことで、本来生じなかったはずの悲しみが生まれることになる。
だからわたしはその芽を摘む。
たとえ自分の手がどれだけ醜く染まろうとも。
「ばいばい」
そう言って彼らを送り出した。
この後わたしはうまく背後の少女に笑いかけることができるであろうか?
こうして初戦は幕を閉じた。
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