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プロローグ:異世界転生者と冒険者たちの日常

 ——ここはきっと素敵な場所。


 剣と魔法とが(いろど)る不可思議な世界。


 空は青く、朝には鳥がさえずり、昼には街が喧騒(けんそう)を極め、夜になったら皆眠る。毎日がその繰り返しだ。


 それはこの世界でも、わたしが元いた場所でも同じだった。


 けれど、


 わたしはもうあの時と同じ自分ではない。同じではいられない。


 良くも、悪くもわたしはかつての自分とは大きく違う環境に身を置いていた。それは単にこの異世界の地で魔法という概念があり、魔王という存在がいて、勇者がいて、冒険者がいて、お姫様がいるということだけではなかった。


 それは——


「ミリアっ、やっぱりあの(うろこ)すごく硬いんだけどっ!」


 ベルが不機嫌(ふきげん)そうにわたしに向かって叫ぶ。それもそのはずだ。彼女の振り下ろした剣は甲高い音と共に弾かれたのだから。


 切っ先を突きつけられた鱗は傷一つかず、変わらぬ威光をわたしたちパーティに放ち続けていた。


 わたしはその怪物を改めて見据えた。


 相手は巨躯(きょく)に四本足、そして大きな翼を携えていた。

 その身体には鈍く光る丈夫な鱗でびっしりと(おお)われていた。


 ――そう、こいつの正体は(ドラゴン)だ。


 何度目にしてもこの化物の持つ迫力に驚かされる。

 龍はそんなわたしを知ってか知らずか絶えず憤怒(ふんぬ)に満ちた(うな)り声をこちらに向けている。


 そんな様子を見てわたしのすぐ隣にいた美女が(つぶや)く。


「あら〜、これはなかなかいたぶりがいがありそうですね〜。こういう自身の防御力の高さゆえに痛みを知らない魔物に痛みを教える……これってすごくたまりませんね! うふふ、考えるだけで涎がでてしまいます!」


 ヒーラーのフィオが人様にはとても見せられないような顔をしていた。


 黙っていればおっとりした美人のお姉さまって感じなのに、その見た目とは裏腹に彼女は嗜虐心(しぎゃくしん)に満ちている。わたしはドン引きの毎日である。


「フィオさん! 今日は相手モンスターに治癒(ちゆ)の魔法をかけちゃだめなんですからね!」


 わたしたち前衛のはるか後方でぴょんぴょん跳ねながら声を上げて彼女に注意しているのは、我らがパーティの戦略の要である軍師——セシルだ。


「フィオさんは適宜治癒魔法を、ベルさんは防御強化魔法を展開しつつ敵を引きつけてください。ミリアさんはその隙をついて鱗を()がす一撃をお願いします。私はエンチャントで支援するので。そしてイスミさんは——ってええ!? 話を聞いてくださいー!!」


 セシルは涙目になりながら抗議をしていた。その姿は少し可愛くて、可笑しくて、戦闘中なのに思わず笑ってしまった。


 問題のイスミナリフィア・ニシミヤ——通称イスミはすでに敵の(ふところ)にいた。


「ミリアお姉様あああぁぁぁ!! 見ていてくださいねえぇえ!! 私は、イスミはこいつを倒してお姉様にナデナデしてもらうのおおおぉぉぉおおお!!」


 彼女は叫んで駆けていく。あぁ、いつも通りね。


 わたしは大きな溜息をついた。


 そして言葉の内容も相も変わらず意味がわからないけれど、このままでは龍のナデナデによって確実にイスミが天に召されてしまう。


 イスミは我がパーティの中でも防御の薄い方だ。にも関わらず、(良くも悪くも)突進力は抜きん出て一番なのでわたしはいつも冷や汗をかいている。


 わたしは彼女をフォローしようと剣を握り直して——刹那(せつな)、彼女の身体が突如淡い輝きに包まれる。


 どうやらセシルがエンチャントをかけたようだ。


「もぅ、全く相変わらず人の話を聞かないんですからイスミさんは……後でミリアさんに頼んでお説教ですからね! まあそれはそれで喜んでしまいそうな気もしますが……」


 セシルは詠唱(えいしょう)する。

 並行詠唱能力を持つ彼女は一度に複数の呪文を扱える。


「痛覚減少。防御向上。緩衝障壁。空間把握。即時移動!」


 イスミの身体がいくつもの種類の燐光(りんこう)に満たされる。きらきらとした光の粒子が彼女の端正な顔立ちを照らしている。


 何度見ても飽きることのない、息をのむような美しい光景であった。


「セシル殿、かたじけない! お()びにお姉様からのお(しか)りは何時間でも受けよう! むしろ折檻(せっかん)があっても喜んでぇ!」


 うん、それはそれとしてやっぱり後でお説教ね。


 でも――


 まずは目の前のこいつを倒さなきゃね。

 わたしは後ろを振り向く。

 するとそこには――


「ミリアさん! こんな怪物、いつも通り倒しちゃってください!」


 エリスがわたしを応援してくれている。


 彼女は戦えない。けれどいつもわたしに元気をくれる。


 いいえ、わたしだけじゃない。彼女の包み込むような笑顔に、優しさに、みんな救われている。


 だから――


「守らなきゃね、この日常をっ……!」


 わたしは再び前を向き、龍に対峙し、剣を改めて握りなおした。


 そして、呪文を唱え、体内に魔力を循環(じゅんかん)させる。

 絶え間ない力の奔流が血管を通してわたしの内側を巡っていく。


 『何か』がわたしを侵食しているような不思議な感覚。

 それもそのはず、本来この膨大な魔力は外へと放つべきもの。それを身体に蓄えるのは並大抵のことではない。


 けれどわたしならやれる――


 目を閉じて、駆け巡る流れの一つ一つを丁寧に剣先へと集中させていく。


 やがて、時は満ち、来るべき瞬間が訪れる。


 わたしは(まぶた)をそっと上げる。


 剣は光に溢れ、輝きは全てを照らしている。でもわたしの目は(くら)まない。


 この煌めきが至る場所をわたしは知っているから。


「お姉様! 今です!」


 イスミの強烈な剣戟(けんげき)堅牢(けんろう)な鱗が打ち砕かれた。

 それは今、新たなる弱点として存在していた。まるで曇り空に一点ぽっかりと空いた青色のようであった。


「いっええええぇぇぇぇええええ!!!!」


 わたしは剣を一気に振り上げ、力を解き放った。


 雲に満ちた空は、一点差し込んだ太陽の煌めきによって白く照らされた。

 その光の中で龍の陰が徐々に小さくなり、やがて消滅した。





 

 ――良くも悪くもわたしはかつての自分とは大きく違う環境に身を置いている。


 辛いことや苦しいこともたくさんあるけどやっぱりわたしはこの世界に来られて良かったと思う。


 なぜなら、


 ——わたしには仲間がいるから。


「さあ、みんな帰りましょう」


 わたしは守りたい大切な人たちに呼びかける。


 大切な人たちはそれぞれのやり方でわたしの呼びかけに応じた。

 そして肩を並べて帰路に就いた。


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