ざまぁは生ものです。お早めにお召し上がり下さい
色々な人にツッコミと誤字等々のありがたいご指摘を頂きました。
まったくもって反論出来ません。ご指摘いただいた誤字等は修正致しました。ありがとうございました。
「パメラ=フォルメリア! 貴様との婚約をただ今の時刻を持って正式に破棄を通達する!!」
煌びやかな衣装に身を包んだ。この場に相応しくない発言をした人物は、次期国王となる予定だった者だ………。
今、私がいるのはこの国の未来の中心人物たちが通う学園の式典会場。ただ、今は式典の最中でもなければパーティーの最中でもない。
3日後に開催される式典とパーティーの場として使われるこの会場でトラブルが起きないように準備している最中に、馬鹿王子の方からやってきてしまった。
その馬鹿王子が名指しで呼んだ人物は、何を隠そう私の事であり、我が国の筆頭公爵家としての地位を持ち、次代の王妃となるべく決められており、馬鹿王子の婚約者であったのは事実である。
「私のエリシアに対しての数々の非道な行いは既に目に余る! 貴族院でも貴様との婚約破棄が正式に承認されたと聞いた!!」
我が国は王家と貴族院が国の中枢を為している。この数百年の間、それはずっと変わらない。戦争が起こりそうな場合も王家だけが決断をするのではなく、貴族院と力を合わせて難局を乗り切って来た歴史ある王国だ。
そんな栄えある歴史を持つ我が王国の貴族院の成り立ちに有名な話がある。何世代かに1人の割合で馬鹿王子がお生まれになられる事だ。
貴族院が出来たのもこの馬鹿王子を止める為としての美談にもならない国の恥となるべき話の主役と見間違えんばかりの馬鹿っぷりを発揮しているのが、私に婚約破棄を突きつけている馬鹿王子だった。
「こうなっては公爵家と言えど、ただでは済むまい。今なら私と私のエリシアに謝罪をすれば、最悪な事態にならないように手を貸してやらんでもないぞ」
式典会場の場は静まり返っており、最悪な事態にならないように準備していた会場に、最悪な事態を引き起こしにきた馬鹿王子の言葉だけが響く。
「………(馬鹿)殿下、体調が優れずお城で療養中と伺っておりましたが、お身体の程は如何でしょうか? なぜこのような場へ?」
訳:馬鹿王子、確か謹慎中だったよね? 監視役はどうしたの?
「どうした? あまりの内容に理解が追いついていないのか? お前はもう終わりだ!」
「申し訳ございません。貴族院からの通達がある事は存じ上げておりましたが、正式な連絡は明日と伺っておりました」
訳:婚約破棄は知っているよ。というかこの会場の全員が知ってるよ。明日にならなくても国民の殆どが噂で知っているよ。
「ふん! 相変わらず忌々しい態度をとるのだな。この期に及んで泣き言も言わない態度だけは褒めてやろう。まあ、現状を理解していないだけであろうがな」
「婚約破棄に関しては正式にではないとはいえ、近々通達がある事は存じ上げておりました。殿下はその為にいらしたのでしょうか?」
訳:だから知っているって、現状を理解していないのはこの会場に馬鹿王子だけですよ。だから謹慎中はどうしたの?
「そうだ。貴族院の手を煩わせる事もないと思ってな。元婚約者としての誼で私の手で引導を渡してやろうと思ってきたのだ」
相変わらず、言葉の通じない相手との会話は難しい。
私はなぜ馬鹿王子がこの場に来たのか知っている者がいないか確認する為に、周り者へと視線を移す。
もちろん、会場の準備に追われていた者たちにその答えを知る者はいなかった。
「どうした? 私との婚約を破棄されたお前に味方がいるとでも思っているのか?」
あたりを見回した私の行動が、そのように見えた様子で明らかに勝ち誇ったような態度をとっていた。
「殿下、護衛の者は如何されたのでしょうか?」
周りに馬鹿の相手を変わってくれる人がいないかも含めて、助けを求める意味も含めて周りを見たのは事実であるが、誰も進んで馬鹿の相手を変わってくれる様子はなかったので、仕方がなく会話は諦めて情報収集を開始する。
「現実を受け入れられなくて、話を変えたか。まあ、いいだろう付き合ってやる。護衛は私のいう事を聞かなかったので、置いてきた」
私を含めて皆も薄々気付いてはいたが、ようやく確信出来た。「この馬鹿王子、脱走したな」と………。
「殿下。王族であろうお方が護衛も無しにこのような場へいらしてはなりません」
訳:お前何やってんの? 完璧な馬鹿なの? 今お城は大騒ぎになってるよ! どうすんのよ!!
馬鹿王子と私のやり取りで現状をある程度は理解した者が1人会場の外へと向かっていくのが見えた。おそらく既に王子がこの会場へ来た時点で城に連絡が行っているとは思うが、予期せず謹慎からの脱走を謀った馬鹿王子の確保は最優先だ。
「ふん! お前はこの期に及んでも変わらないのだな。いつもお前は私を咎めるだけだ。本当に自分の立場を理解していないのだな」
王命である謹慎を破って脱走した立場のお前には言われたくない。と段々相手にするのも面倒になってきたせいか、つい本音を言いそうになるのを必死に堪える。
「そんなお前と違ってエリシアは私を常に思ってくれていた。私の気持ちを汲んで優しい言葉をかけてくれていた。お前と違ってな!」
本音を必死で堪えている私を見て何か勘違いしたらしく、馬鹿王子は満足げに話を続けた。それにしても、私と違う事は大事な事のようで、2回言っていた。
私は公爵家の生まれで、生まれながらに王家へ入る事が決まっていた。かわってエリシア嬢というのは没落寸前の子爵家の令嬢で、しかも庶子だった。
どちらも過去形なのは私の事情については察して頂いて、子爵家の庶子エリシア嬢は既に存在しない。
と言っても殺されたわけでないです。単純に子爵家が没落してしまっただけの事です。
「お前が泣いて謝るのならば妾くらいにはしてやろうと思ったが、どうやら話すだけ無駄であったようだな」
私が反応を返さない事に不満を抱いた馬鹿王子が、1人で話を進める。ちょっと面白そうだから、このまま1人劇を続けさせようと思う。
王城とこの会場は僅かではあるが距離がある。この馬鹿王子が徒歩で移動する事はありえないのだから、必ず共犯者がいるはずである。その者を確保する為にも時間稼ぎは大事である。
その後も元エリシア子爵令嬢の話を続ける馬鹿王子に対して、悔しそうな顔を向けつつ、周りの人たちに準備を進めるように合図を送る。
王子の視界からは見えない位置にいる者たちは物音も立てずに、会場のテーブルの配置や内装を整えていく。その様子を王子を睨む振りをしつつ観察する。
さすがにその道を極めている職人の方々と感嘆するばかりの仕事ぶりと、美化されつくした愛を一人で語る滑稽な劇という両極にある光景を見せられる私の心情と心労を察して欲しい。
そう思いつつ時が過ぎるのをぐっと堪えていると、ようやく会場の外が騒がしくなってきているのが分かった。
「私は王太子指名と承認の為の式典会場の準備がございます。殿下であれば、この式典の重要性はご理解頂けると思います」
時間稼ぎが十分終わったと判断した私は、早々に「馬鹿王子邪魔だから帰れ」と告げる。
「ふん! 捨てられる運命にあるにも関わらず、私の為に働く姿だけは褒めてやる。それに私も忙しいのでな。エリシアをこれ以上待たせる訳にいかん」
謹慎中で暇であるはずの殿下が、そう投げ捨てるように告げると踵を返すと入ってきた扉へと向かっていく。ただし、その扉の先には兵士の姿が見える。しかも近衛兵ではない。
凶悪犯を護送する完全武装の重装備の兵士が、扉の前の通路を一直線に向かって進める様に左右に並んで道を作っている。なんというかその道の先には死刑という名の未来しかないような光景だ。
そんな希望に満ちた未来のある道にすら気付かずに、優雅に扉へ向かっていく馬鹿王子に少しだけ尊敬の念を覚えた。
何にしても、この会場まで入って荒らされることにならずに、ほっとした。
「うわぁぁぁぁ! お前たち何をする!!」
馬鹿王子が扉を潜ると一番近くに控えていた重装備の兵士が、さっそく王子を左右から挟みこむようにして持ち上げる。
「お前たち! 俺はこの国の王子だぞ!! 分かっているのか!!」
そして、何か叫んでいる馬鹿王子には反応を示さず、そのまま引き摺るように連行していった。
「パメラ=フォルメリア様。この度は王子確保にご協力頂き、誠にありがとうございます。つきましては、王家および貴族院への報告がございますので、城までご一緒して頂けますでしょうか?」
馬鹿王子の叫び声が聞こえなくなった頃に、入れ替わるように1人の男が私へ挨拶をしてきて、そう告げた。
その姿を見る限り、王城より派遣された文官のように思えるが、私は見た事がない者だった。
「かしこまりました。式典の準備の指示だけしてご報告に上がります」
明日、正式に馬鹿王子との婚約破棄されるとしても私はこの国の公爵令嬢である。知らない者には警戒をしなくてはならない。私付の侍女と護衛に目配せを行い、準備をさせる。
「大変失礼致しました。公爵家の方への無礼をお許し下さい。私は情報官をしております。宰相閣下よりの指示で王子をお迎えに上がりました」
情報官と名乗ったこの男………確かに情報官であれば私が面識がないのも頷ける。情報官かこの国の暗部である。しかも城務めであるならば、その役割は殆どひとつに絞られる。
『懲罰官』いや『拷問官』と言った方が分かりやすいと思う。私は警戒をさらに高めていると、情報官は説明を続けてきた。
「我々、情報官が歴代の『揺り籠の子』と関わる事は今までございませんでした。そういった意味では王子は『揺り籠の子』としては秀逸と言えますね」
話の続きは、世間話を思わせるような口調で、『揺り籠の子』の意味を知らない者たちにとっては雑談にしか思えない感じであった。
『揺り籠の子』はお察しの通りに、何世代かに必ず1人の割合で生まれる『馬鹿王子』の事である。
「では、閣下にはこちらからご報告致しておきます。出来ましたら早めにお越し頂けるようお願い致します」
私を城へ連れて行く命令は受けていなかったのか、あっさりと引いた情報官を見送った。
これまで馬鹿王子のお守り役として苦労を重ねて、ようやく明日開放されると思った最後の日にまた面倒ごとに巻き込まれた現状を嘆きつつ、すぐに作業指示を終える。
汗を拭う振りをして私付きの侍女が目頭を拭ってくれたのは、きっと疲れによるものだと思いたい。
準備中の式典会場を後にする前に、父である公爵への連絡を入れ王城へと向かう。
本来は王城へ向かうのであれば、それ相応の支度が必要ではあるが、王城には私の為に用意された部屋がある。未来の王妃としての教育を受けていたのは伊達ではないのだ。
王城へ到着すると父の用意した侍女たちによって入浴と着替えを行なった。言伝では「公爵より揺り籠の子の匂いが残るといけない為、入浴をさせるようにと指示を頂いております」との事だったので、素直に従った。
入浴した後に用意された着替えを見れば、これから報告の為に謁見する相手は限られてくる。というか1人しかいない。
「パメラ=フォルメリア。ご報告に参りました」
案内された扉の前で、挨拶を済ませると近衛兵の手によって扉が開かれる。
開いた扉の先は小さな会議であり、予想通りの人物が待ち構えていた。
「パメラよ。この度も迷惑を掛けてすまなかった」
扉が閉まり、人気の少ない会議室でこの国の頂点に立つ国王陛下が頭を下げてきた。
「陛下、臣下に頭を下げてはなりません。私には特に問題はございませんでしたので、大丈夫でございます」
馬鹿王子の婚約者として正式に発表された後から、何度目か分からないやりとりを陛下とする。
お互いに苦労を掛けられた者同士として陛下とは、他人とは思えない絆を感じている。この気苦労もこれで最後かと思うと、労働の汗が目から零れそうになる。
「毎度毎度毎度毎度毎度毎度、本当にすまん」
毎度を連呼し終えた後にようやく陛下が頭を上げて、会議が開始される。
この会議もこれで何度目だろうか………。ただ、いつものメンバー以外に今回は参加者が1人追加されていた。
その1人が誰なのか心当たりはある。会場に情報官が現れたのであれば、その情報官を束ねる者と考えるのが自然である。
「最後の最後くらいは、このような思いをお前にさせたくなかった。我々も各国の対応に追われており、その隙を突かれてしまった。本当にすまなかった」
父も馬鹿王子脱走について謝罪してくれる。馬鹿王子が謹慎して約3ヶ月、既に居ない者としての扱いだったのだ。この忙しさの中では仕方がない事もあったのだろうと思い、素直に父を許す事にした。
「それで、お父様。あちらの方はどなたでしょうか? 私も初めてお会いする方なのですが………」
そう告げて、宰相の後ろに控えて席に付かずにいる人物に視線を向ける。
「そうだった。顔を合わせるのは初めてであったな」
父に代わって宰相閣下が、その人物へ目配せをする。
「お初にお目に掛かります。パメラ様。私はアインベルフと申します。今までも会議では主に王子の懲罰についてのご提案を担当しておりました。以後よろしくお願い致します」
毎回、生かさず殺さずのなかなか良い加減をした懲罰のご提案者でしたか。同じように今までご苦労をされていたと思うと少し親近感が沸いてきました。
それにしても………アインベルフ?
そ、その名前は………。
「大丈夫だ。パメラ。彼は王家の、我々の味方だ」
私の顔色が悪くなったのが分かったのであろう。父が励ましの声を掛けてくれる。
3年前に大小合わせて21の貴族が没落の憂き目にあった。
馬鹿王子のせいで王家の信用が落ち、貴族院の中にも王家を廃しようとする動きが起こった時に没落したのが、その21家だった。
表向きは、贈賄などのの罪による私財没収程度で済む罰を受ければ済む家々が、私財没収されるだけの財がなく没落してしまった背景には、ある1人の人物がいたと噂されている。
伯爵家の次男に生まれるが、その伯爵家も3年前に没落した21家のうちの1つであり、その不正を告発した人物であり、またその手柄でその家の罪を許された人物でもある。
そして、残りの20家を没落へと追いやったとされる人物が目の前にいる。
『貴族喰らいの悪魔』そう呼ばれる人物が私の目の前にいるのだ!
貴族の天敵。出会ったら決して目を合わせるな。言葉を交わすな。
目を合わせば弱点を暴かれ、言葉を交わせば操り人形にされ、自らの手で家を落とされる。この3年間に社交界でその名が上がらない日がない程に貴族たちに恐れられている人物が………。
( ……………… )
でも、見た目は以外に普通でしたわ。そして情報官関係者というのも勘違いでしたわ。もっと真っ黒な人物でしたわ。
「彼の腹の中は真っ黒に染まっているのは確かだが、噂は我々や王家が流したものだ」
なかなか現実に戻らない私を心配した父が、私の身体を揺すりながら説得してきた。
なるほど、行き過ぎた噂は王家および王権派の貴族が流した噂でしたか。つい取り乱してしまいましたわ。
「閣下、その物言いはさすがにどうかと思うのですが………」
『貴族喰らいの悪魔』と思っていた人物は意外にも傷つきやすい様子で、遠慮がちに父の言い分に反論してきた。
「真っ黒なのは事実だ。見ろ! 今回提案してきた王子の懲罰の一覧を!! このような事を思いつくなど悪魔としか思えんわ!!」
遠慮がちにしていた『貴族喰らいの悪魔』に対して、父は容赦のない反論をする。
そうして父が会議卓に放り出した書類に目をやると『血を残さぬ為に、男子への興味を持たせる方法』なる文字が見える。きっと目の錯覚だと思う。
「フォルメリア公爵落ち着くのだ。アインベルフも一旦控えていろ」
今まで完全に空気だった宰相が仲裁する事によって、ようやく場が落ち着きを取り戻す。
「この者は現在王家に仕えております。噂は確かに私たち流したものではありますが、全てが全て嘘というわけではございません。パメラ様が正式に王家に入られた際には自然と知る事になるでしょう。この場は、敵ではないとお考え下さい」
私も宰相にそう説得されて、完全に落ち着いた。
良く考えてみれば、挨拶をしただけなのに私には怯えられて、父には真っ黒だと罵られた人の方が被害者である。
「かしこまりました。怯えて申し訳ありませんでした。アインベルフ様」
「いえ、私は既に臣下で、家名を持たぬ身でもあります。お詫びも礼は不要でございます。それと呼び捨てで構いません」
こうして場が収まったところで本日の会議が開始される。議題は『馬鹿王子の今後の扱いについて』である。
「このアインベルフの役割は1週間前までは『揺り籠の子』の監視と後始末であったが、3ヶ月前から被害がなくなったのと人手不足で1週間前より宰相府の手伝いに切り替えたのがいけなかった」
宰相がこうなってしまった理由を説明してくれる。
今まで馬鹿王子が起こした事件の大きさから、あまり騒がれていなかったのはこの人物の後始末のおかげだったかと思うと、やはり先程感じた苦労をした者同士にしか分からない親近感は本物であったと思った。
「先程に迎えをやった部隊も、今は部屋ではなく牢屋に監禁しているのも、このアインベルフの提案である。牢の様子を見る限りそれが正しかったようだ」
あの重装備の兵士たちをよこしたのは、悪魔様でしたか。宰相の様子を見る限りは、牢の中で派手に暴れていらっしゃる事は容易に想像が付く。
「宰相府の仕事に終わりが見えてきたところで、残念であるがこの者は全てが終わるまで王子の監視に回す事に致します」
陛下へそう報告する宰相の様子を見る限りは、気苦労と仕事疲れの色が濃く見えると同時に悪魔を手放す状況を嘆いているようにも見える。そうであるなら、仕事人として優秀であるということであろう。
「それでよい。アインベルフよ。引き続き監視と後始末を任せる」
「はっ!」
宰相の提案をあっさり陛下が了承する。近衛騎士や王宮侍女たちでは1週間程度で手に負えなくなっていまう馬鹿王子の扱いとしては、約3ヶ月近く監禁し続けた実績のある悪魔に任せるのが妥当であろう。
「では、引き続き。王子の今後の扱いについてご説明致します。ご用意させて頂いた書類をご確認下さい」
私の席にも置かれている『血を残さぬ為に、男子への興味を持たせる方法』の文字が記載されていたような気がする書類を手に取る。
さっと目を通すと対策案と思われるものが20個ほど記載されていた。
「時間がございませんでしたので、あまり対策案はご用意できませんでしたが、可能であれば本日の被害者であるフォルメリア公爵令嬢にお選び頂くのが妥当かと思われます」
そう告げる悪魔の提案に陛下が頷くと、私が最終的に馬鹿王子のお仕置きの決定権が与えられたようだ。
えーっと………『素直な反応を示す事による薬物実験』?
聖杯による服毒死を苦痛なく行なう為に、新しい薬物を致死量に満たない微量を摂取してその苦痛具合を観察する。
本来の服毒実験では囚人を用いる事が多く、本人が既に半狂乱の状態であったり最後の抵抗の為か正しい反応を得る事が出来ない場合が多い。
特に聖杯を賜る場合は、最後の誇りを守る意思が強く、囚人へ用いた結果と異なる場合が多い。
その為、物事にとても素直な反応してくださる『揺り籠の子』へ薬物を投与して確認する事で、今後の王家の為に役に立って頂き、その名目で監禁および監視、衰弱による脱走防止を図る。
摂取回数を極端に減らす事で末永く生きながらえて頂ける為、陛下の希望にも沿ったものと思われる。
( ……………… )
とても読んではいけない物を読んでしまった気がする。
かと言って私が決めなくてはいけない為、読まないわけにはいかない。
次々とその書類に書かれている内容を読み解く、出来る限り無感情に読み解く。
明日には元婚約者となる相手とはいえ、この最初に読んだ内容のように相手を相手とも思わない悪魔の所業を許可する気にはなれない。
あんな馬鹿王子でも物心がついて約10年の婚約者として共に時を過ごしたのだ。美しい思いでも、もちろん………………………………。
( もちろん、ございませんでしたわ )
思い出されるのは苦労と恥をかかされる事ばかり。普通であれば私も同様な評価を受けてもおかしくない状況も、ここ数年は必ず私が被害者として事件が解決していた。
それがおおよそ3年前であった事から、後始末をして下さっていたのはあの悪魔様であるのは分かる。
考えをまとめながら書類に目を通していると『血を残さぬ為に、男子への興味を持たせる方法』の文字が目に入る。………やっぱり見間違えではありませんでした。
過去の『揺り籠の子』の扱いには金銭に多大な負担が掛かっており、その主な理由は身の回りをする女性に絡む問題である。
子を為せば、それに伴った出費が増える為に出費を抑えると共に不要な因子を後世に残さないようにする必要がある。
身の回りの世話をする者を、子爵家の庶子エリシア嬢と似た仕草を覚えさせた見た目が中性に近い男子に担当させる。
その際は女性が利用していた香りを常に身に纏う事に留意。服装も女性の物を着用させる。
対象の限界が近づいた後は元子爵家の庶子エリシア嬢の弟が男娼として王都に残っているのを確認済みの為、その者をそのタイミングであてがう。
元子爵家の庶子エリシア嬢の弟については、準備期間の間に攻め手としての教育も施す。
容姿も恋焦がれる相手と似ている為、そのままの関係を維持できれば本人にとって幸せな人生を送れる事になる。
( ………………これは有ですわ )
その後も残った案を全て目を通した頃には、楽しい馬鹿王子との日々も思い出し、私の馬鹿王子への慈悲は残っておりませんでした。
「全ての案を採用致します!」
「「「 !? 」」」
「さすがは次期王妃殿下。今後もお生まれになるであろう『揺り籠の子』への対策の為に、全て確認しておく必要がございました」
そうまともに返事を返すことが出来たのは、もちろん悪魔様であった。
この国の歴史上の人物として『揺り籠の子』と共に出てくる人物がいる。
フォルメリア公爵家の長女に生まれたパメラ。
後の王妃となる人物で、最後の『揺り籠の子』の婚約者であった人物でもある。
『揺り籠の子』が生まれた世代の次代に生まれ、王家の権威を維持する為に王妃になる定めを持って生まれてきた彼女は不幸にも、『揺り籠の子』の婚約者となってしまう。
それより前の歴史を見る限りは数代に1人で生まれる『揺り籠の子』は連続した世代で生まれたのも記録ではこの時だけである。
パメラ王妃の元婚約者であった『揺り籠の子』は病気とも、子孫を作る能力が無しとも、異性ではなく同姓のみを愛する事しか出来なかったとも残っているが確かな証拠は残っていない。
結果としてパメラ王妃とは婚約破棄。時期国王には『揺り籠の子』の弟が継ぐことになる。
本来であれば、パメラ王妃が王妃にならずに他の公爵家から再度婚約者を探すのが一般的ではあるが、パメラ王妃の聡明さと同年代の公爵家の令嬢が既に婚約済であった事から王妃に選ばれたと記録が残っている。
「という感じになるように記録を残しましょう。パメラ王太子妃殿下」
婚約破棄騒動から2年の月日が経って、私は正式に王太子妃となった。最初の1年は王太子となった元婚約者の馬鹿王子の弟君との婚約の為に下地作りに追われた。
他の公爵家の令嬢たちは早々に婚約を済ませてしまっていた為、私が婚約者となる事は決まっている事であったが国内外へ示す為に必要な時間であった。
まあ、実際には2世代連続で生まれてしまった『揺り籠の子』を、もしかしたら自分が生むかもという恐怖から、他の令嬢が早々に逃げたのが現実であった。
そして2年目に婚約を果たし、1年の婚約期間を経て正式に王子妃となった。
正式に王家に入った事で『貴族喰らいの悪魔』の真実を含めて、色々な王家の闇を知った。えぇ、完全に真っ黒でした。
「どこの王家もそんなものですよ」そう語った『貴族喰らいの悪魔』は、どこか凄く遠くを見つめていた。きっと本人もなりたくて悪魔になった訳ではないだろうと納得する事にした。これ以上は正直知りたくない。
馬鹿王子がどうなったかというと、結論から申し上げれば今もお盛んであるとだけ告げておきましょう。
「まさか、同性に攻められる事で大人しくなるとは………私も冗談で入れた対策だったのですが、王子妃殿下の慧眼まことに恐れ入ります」
話し合いの結果は全て試すとさすがに死んでしまうという事で、『素直な反応を示す事による薬物実験』と『血を残さぬ為に、男子への興味を持たせる方法』の2つのみを採用する事となった。
実験で弱ったところへ女性からはぞんざいな扱いを受け、男性からと女性の衣装を身に纏った中性な容姿をした者からは優しくされるという方法で、子孫を残すことなく大人しく余生を過ごせる結果となった。
王家としては金銭的な負担も減り、次に生まれてくるかもしれない『揺り籠の子』の対策も初めて出来上がった。
上手く行けば、悪魔が示したような歴史が刻まれる事は間違いない。
こうして一時の安寧を得た王家が、今度は悪魔に支配されないように震える日々が始まったのだが、私は深く考えない事にしようと思った。
-後書き-
パメラ=フォルメリア
後に黒の王妃として国内外に恐れられた人物となる。めでたしめでたし。
ざまぁが書きたくなりました。「悪役令嬢」も「逆ハー」も「ざまぁ」も関わるもんじゃないで載せるはずだった物語の舞台裏として書いてみました。
ざまぁ成分が不足しているような気がしますが、反省はしていない。きっとまたすると思う。
読んで頂いた皆様、不快な思いをしたかもしれませんが、お読み頂き、ありがとうございました。