プロローグ
僕の名前は早乙女晴太。15歳、男、利き手は右で週10回ペース。
どこにでもいる健全な男子中学生…だった。
王立自己慰安研究所の所長。それが今の肩書だ。イーニナ王国という国の機関で自己慰安、すなわち達人なベーションの研究をする。日本で平凡に暮らしていた僕が、地球ではないどこか別の世界でなぜこんなことをしているのか。それを説明するためには、恥ずべき僕の命日から振り返らなければならない。
---
あの日、僕は学校から帰るといつものように自分の部屋のパソコンをつけネットサーフィンをしていた。生まれつき身体が弱くて運動ができない上に、美術や音楽の才能もない。顔つきも女っぽくて色白で華奢。小学校でも中学校でもそれをずっとからかわれ続けてきた。要するに学校にまるで馴染めていない僕にとっては、お気に入りのサイトを巡っている時が一番落ち着いていられる時間だ。
「あなたは18歳以上ですか…。毎度思うけど、この質問って意味あるのかな」
最近はもっぱら、美しい女性がバナナを食べている動画や男女がベッドの上でプロレスごっこをしている動画を見ることにハマっている。怪しげなサイトでワンクリック詐欺に引っ掛かり、架空請求をされて母にこっぴどくしかられたことも昔のこと。今では安全なサイトも熟知しているし、脅しをかけてくる広告に臆することはない。先日ネットで注文したジョークグッズが届けば僕の性活はさらに完璧に近づくだろう。
午後5時50分。ピンポーン、と家のチャイムが鳴った。2階にある自室から家の前を見下ろせば、黒猫が描かれた見慣れたトラックが停車していた。両親がいない隙に受け取れるよう時間指定をしていたが、危なかった。釣銭がでないように予め用意していたお金を玄関で手早く支払い、すぐさま部屋に戻りビリビリとダンボールを破くと、中には過剰に包装された3本の筒が入っていた。それぞれ赤、白、黒をベースとして銀色の縞模様がついている。
「これが夢にまで見た、天をも穿つアレ…!」
念願のアイテムを手に入れ、僕の心臓も股間もドクドクと脈打っていた。かねてから興味のあったこの筒がようやく僕の目の前にある。さて…どうする。今か?いやしかし、おそらくあと10分もすれば母親が帰ってきてしまう。だが正直10分もたないんじゃないか?こいつの力はすごい、世界が変わるとインターネットの偉い人たちも言っていたじゃないか!我慢なんてできるはずがない。今すぐこいつを使って新しい世界を切り開こう!
短い葛藤の後、覚悟を決めて腰のベルトに手をかけた瞬間、再び家のチャイムが鳴り母の帰宅を告げた。危機一髪で最悪の結末を回避したものの、僕はモヤモヤとムラムラを抱えたまま夕食のテーブルにつくことになったのだった。
父はまだ帰っていないようでこの日は母と二人の食事だったが、母の話は完全に上の空で聞いていた。僕の頭は天をも穿つアレを使ってナニをするかで一杯で、適当に相槌を打ちつつ全力で目の前の料理を胃袋に入れることだけに専念して10分ほどで食事を終えた。
「ごちそうさま。しばらく勉強するから、部屋はノックしないでね」
「あらそう。最近は勉強熱心で、お母さんうれしいわ~」
何の科目かはともかく勉強は嘘ではない。教科書にも載っている立派な行為だ。部屋に戻るや否や夜の勉強を開始させた。ティッシュも筒も用意し準備万端。さぁ、まずは動画の選択だ…。
◆◆◆
「天界の皆様、お待たせしました!今夜も始まりました晴太選手の男子シングルス。いつものように実況は私エロスが、解説をプシケーさんが担当いたします。プシケーさん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「今日の晴太選手の気迫は並々ならぬものがありますね。この原因はなんなんでしょうか?」
「おそらく先程入手したジョークグッズですね。あれを装備することでいつもとはまるで違うプレイが可能になりますが、初めて使うので期待が膨らんでいるようです」
「なるほど、本日の注目ポイントですね。さぁ、晴太選手まずはパソコンで対戦相手を選んでいきます。以前まで国内プレイヤーを好んでいたのですが、最近は海外プレイヤーにも興味を持っていますよね」
「海外は日本と比べてフィジカルに優れていますから、非常に刺激的な相手ですよね。私も大好物です」
「いいですよね、洋物。さぁどうやら対戦相手を決めたようです。最初のチームは日本人男女のペア。プシケーさん、この選択をどう分析しますか?」
「新アイテムを試すということで、やり慣れた相手を選択したものと思います。女性の方はこれまで何度も指名をしている上原さんですね。長い黒髪と、どんなプレイもこなすユーティリティ性が持ち味です」
「解説ありがとうございます。それでは第一回戦、プレイボール!注目の新アイテムをいつ使うのか、見どころですが…おお!晴太選手、いきなり装着しました!これは…どうなんでしょうか?」
「晴太選手は夕食前から準備をしていたため、すでに臨戦態勢にありました。悪くないとは思いますが、後半まで持つのかどうか気がかりですね」
「この選択がどう出るのか…ああーーーーーーーっと!晴太選手、なんと新アイテムを装着してわずか30秒でフィニッシュ!恐るべき破壊力です!!上原さんはまだ服も脱いでいません!!」
「予想以上のパワーに晴太選手も驚いていますね。ですが表情は悪くありません。まだまだやってやろう、そういう意思が見えてきます」
「どうやら今夜は長い戦いになりそうです。おっと、すぐさま2回戦が開始されます。驚くべき回復力です、早乙女晴太!」
「エロスさん、これはもしかしたら新記録が狙えるかもしれませんよ。目が離せないですね」
---
「さぁ、お伝えしています早乙女晴太選手の男子シングルス。試合開始から2時間が経過して、現在は第10回戦。今までの最高記録7回を大きく上回っています。プシケーさん、今夜の晴太選手は絶好調ですね」
「はい、それだけ新アイテムの力が大きいということですね。どこまで記録が伸びるか楽しみです」
「そうですね。おっと、10回戦が今ちょうど終わりましたが…ああっ!晴太選手、突然椅子から崩れ落ちてしまいました!」
「これは…まさか……」
「倒れた音を聞きつけ晴太選手のご両親が部屋に飛び込んできました!ですが晴太選手は完全に意識を失っているようです。身体がピクリとも動きません!一体どうしたのでしょうか!」
「エロスさん、これはおそらく…テクノブレイクです」
「ええっ!?では、晴太選手は…もう……」
「その可能性が高いですね…我々は急いでゼウス様の元に向かいましょう!」
◆◆◆
気が付くと僕は暗闇の中に立っていた。見渡す限り闇が広がり、自分の姿以外は何も見えない。自分の部屋で突然意識がなくなったことは覚えている。そして目が覚めてこんな不穏な場所にいるということはもしかして…。
「その通りだ、早乙女晴太くん。君は腹上死を遂げてしまったのだよ」
背後からいきなり声を掛けられ、驚きながら振り向けば見目麗しい男女が神妙な面持ちでたたずんでいた。どちらも北欧系の顔をした外人で、古代の彫刻がそのまま人の肉体を得たような素晴らしい肉体だった。
「初めまして。私は天界に暮らす神々の一人、エロスだ。こっちの彼女がプシケー。君が今いるこの場所は、死後の世界への入り口だ」
いきなりファンタジーなことを伝えられたが、思った以上に僕は冷静だった。賢者タイムだからかな。死んでしまった現実もすんなり受け入れられた。まさか死因が腹上死だなんてとても情けない気持ちだが、男としてはむしろ誇っていいのではないだろうかとも思う。
「だが安心してほしい。僕たち神々の力で、君を地球ではないどこかに別の世界に転生させることが決まった」
エロスのその言葉に僕は驚き、喜びの声を上げそうになったが、賢者の僕はすぐおかしな点に気づいた。
「いや、待ってください。なんで僕みたいな平凡な人間を生き返らせてくれるんですか?それに、どうして元の世界じゃないのですか?」
神様に選ばれるようなことをした覚えはない。それと、生き返らせてもらえるのに場所を選ぶのも贅沢な話だとは思うが、僕はパソコンなしでは生きていけないほど軟弱なことは自覚している。なにせ精の出しすぎで死んだ男だ。
「まずは二つ目の質問から答えよう。これを見たらすぐに納得してくれるはずだ」
そういってエロスが言うと暗闇にいきなり僕の部屋が映った。
アニマルビデオの音声が鳴り響く部屋に全裸で、そのうえ股間には装備をつけて倒れている僕。それを見てなんとも言えない表情をする父と母。
うん、これは無理だ。仮に今ここに戻ったところで、その後の人生は地獄のようになる。
「状況を分かってくれたようね。そして一つ目の質問は私が答えるわ。実はあなた、天界では超が付くほどの有名人なのよ」
プシケーはエロスがしたように映像を僕に見せた。ニュース番組のようにプシケーとエロスが並んで座り、何かの映像を紹介している。
『天界の皆様、お待たせしました!今夜も始まりました晴太選手の男子シングルス。いつものように実況は私エロスが、解説にプシケーさん迎えています。プシケーさん、よろしくお願いしましす』
『よろしくお願いします』
一見するとスポーツ実況番組のようだったが、紹介されているのは僕が部屋で勉強に勤しんでいるシーンだった。一体全体なんだこれは…。僕の部屋のどこにカメラを仕掛ける場所があったんだ?しかも顔から股間まで縦横無尽にカメラアングルは切り替わっている。もしこれがお気に入り女優プレイヤーの動画であれば喜んで使っただろう。
たが、映されているのはマヌケな自分の姿だ。開いた口がふさがらないとはまさにこのこと。自分の死を告げられた時以上に動揺している僕にかまわずプシケーは説明を続けた。
「これが天界テレビで視聴率ぶっちぎりナンバーワンを誇る私とエロスの番組よ!早乙女晴太の性活を楽しく実況配信する最強のエンターテイメント!あなたの死後、すぐさま天界の長であるゼウス様に転生を提案したらあっさり許可されたわ。みんながこの番組を続けて欲しいって願っているのね」
最低すぎる。神って自分勝手なところがあることはいろいろな神話に現れているけれど、まさかここまでとは…ん?待てよ、番組を続けるって??
「まさかあんたたち、異世界で暮らす僕のことも実況するつもりじゃ…」
間髪入れずに二人が笑顔で答える。
「もちろん」
「そのために転生させるんじゃないか」
本当にこいつらは最低だ。これから一生自分のソロプレイを配信されるなんて気がおかしくなりそうだったが、どうせ反抗しても押し切られるのがこれまでの態度からなんとなくわかる。
「じゃあ、そろそろいいかな。当面の服とか食料はこっちで用意しておくから心配しないでくれ」
「晴太くん、異世界での性活頑張ってね。期待しているわ!」
ああ…いっそそのまま死んでいた方がよかったんじゃないか。そんな僕の気持ちも知らないで、まばゆい光が僕を包み込んだ。
---
再び目を開くと、目の前には美しい景色が広がっていた。新緑の草原と、水面が青く輝く大きな湖、湖畔にたたずむ洋風の城。テレビでもインターネットでも見たことがない雄大な風景はずっと見ていられそうだった。
胸に抱えていた不安と不満をかき消すように風が吹き、それは新しい世界への期待を同時に運んできてくれたのだろう。経緯はどうであれ人生を続けることができることはやっぱり嬉しい。元の世界に未練もない。
「せっかくもらった命だし、ここで頑張って生きてみますか」
そう決意し、僕は晴れやかな気分で城への一歩を踏み出していく。
一か月後には王立自己慰安研究所の所長として目の前の城の命運を託されるなんてことは、この時はまだ知るはずもないのだった。