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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
序.旅の目的
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005.新たな旅の目的は



 夢をみていた。

 自分よりも幾らか年下の少女が笑っている夢だ。

 いつもくっついてきて、弱いくせに、……否、弱いからこそ?

 どんなに突き放しても、泣きべそをかきながらついてきて。

 だから、いつしか心を許していた。

 そんな子の夢。

 それは幼い頃の、たった一つ、幸福な夢――。



 ***



「……ん……」

 ぎゅ、と拳を握って、目を開いた。

 やわらかな苔と土の匂いがする。

 自分は一体何をしていたのだったろうか。

 そうだ、いつものように……、そう、いつものように、仕事をしていて。

 ここは―――?

「あ、起きた?」

「のわっ!」

 ピュラは弾かれたように一気に飛び起きた。

 クリュウが目の前で座っていたからだ。

「ちょちょちょ、ちょっと心臓マヒで死んだらどうしてくれるのよっ!」

 するとクリュウは呆れとも心配ともつかない微妙な表情になる。

「本当に死ぬところだったんだよ……」

「はあ?」

 状況確認に辺りを見回すと……樹の根元に腰掛けているスイと、倒れた魔物。

 そういえば、と思う。つい先ほど、魔物に左手首を噛まれて、そのまま意識が――。

 その左手首には丁寧に包帯が巻いてあった。

 しかし他は代わり映えない。ぺたぺたと体を触っても何も起こってはいなかった。

 そんな様子にクリュウは溜め息をついて、ピュラの目の高さまで飛び上がる。

「取ってごらんよ、その包帯」

「え?」

 そういえば、傷を受けたばかりだというのに全く痛みが感じられない。あるのは痺れくらいか――。

 ピュラは怪訝そうな顔をしたまま、包帯を解いた。

 ぱさりと白い包帯が地に落ちる。

「……」

 手が、止まった。

 その白い手首には――。

 クリュウが神妙な顔でピュラを見上げる。

「……そういうことだよ」

「そういうことって、ねぇ……」

「いや、そんなに気を落と――」

 ピュラの肩が突如わなないた。

「あんたねッ! いくら傷治すからって入れ墨いれることないでしょーっ!!」

 クリュウは、思った。

 ある意味こいつは大物だ、と。

「酷いわっ! しかもこんなダサい! なんなのよこの結滞な紋様!」

「おおお落ち着いてっ、入れ墨じゃないんだよ!」

「じゃあ何よ!」

「封印だよ」

「何の?」

「呪いの」

 ……。

 今度こそ、彼女は止まった。

「……のろい?」

 まるでその単語を始めて耳にしたかのように首を傾げる。

「つまり、あの魔物から呪いをかけられたんだよ。それを僕の魔法で封印したんだ」

「何の呪いなのよ」

「本当だったらさっきので死んでたよ……」

 また大粒の溜め息をつくクリュウ。

 いまいち現実感が掴めないピュラがぽりぽりと頬をかく。

 彼女の左手首には、知らない文字が茶色く一周掘り込まれていた。

 おそらくは妖精の使う魔法陣というものだろう。

「死ぬって、……ってことはもう大丈夫なの?」

「ううん、僕の力じゃ呪いの発動を遅らせることしか出来ないから……」

 そこでクリュウは気まずそうに切った。

「なによ」

「……だから、いつか、魔法が切れたら」

「死ぬのね?」

「う、うん……」

 しかしピュラは全く動じない。自分のことだと分かっていないのではないかと心配するほどに……。

「で、いつになるのよ、それは」

「えっと、たぶん、一年くらい……」

 クリュウはばつが悪そうに目を伏せる。当たり前だろう、人の死期を伝えることほど苦しいことはないのだから。

「助かる方法はあるの?」

「きっとあるとは思うんだけどね……」

「ピュラ」

「きゃっ!」

 突如後ろから声をかけられて飛び上がると、無表情で立っているスイの姿。

 つくづく気配のない男だとピュラは思う。

 そんな彼女を前にスイは目を伏せて呟いた。

「……悪かった」

「は?」

「俺がいながら助けてやれなくて」

「ちょっとそれじゃ私がもう死んだみたいじゃない」

「だが……」

 彼の言葉を遮るようにピュラは大声をだした。

「あーーもう暗いわねこの根暗男っ! てかここが元から暗いのよねッ! とっとと森抜けるわよ! それで私の呪いを解く方法、見つけなきゃいけないでしょっ!」

 ぷいっと振り向いて歩き出す。

「ピュラ」

 呼ばれて、ピュラは振り向いた。

「なによ」

「すまなかった」

「……いいわよ。でもその代わりに呪い解く方法見つけるの手伝ってよね」

「ていうかこれから僕たちピュラに付いていかなきゃヤバいんだけど」

 ……。

 ピュラの目が、点になる。

「――は?」

「僕の魔法は新月の日に弱まるから、新月ごとにかけ直さなきゃいけないんだ。つまり呪いを解くまで一緒にいなきゃいけないってこと」

 ピュラの顔が、びきりと音をたてて引きつった。

「……マジ?」

「マジ」

「私の気ままな一人旅ライフは?」

「三人旅ライフに変更だね……」

 ひゅう、と彼女に向かって冷たい風がふいた気が、した。

「待って……ということは、この結滞で何考えてるかもわからないどす黒男とも一緒?」

「ピュラ、名前で呼ぼうよ……」

「そんなことって……」

 ピュラが絶望にがっくりと頭を垂れる。余命一年と知った時よりもショックが大きいように見えるのは気のせいだろうか。

 しかしそれも束の間、彼女はがばりと顔をあげてまた声を張り上げた。

「あっそ……わかった! わかったわよ! やってやろうじゃないもう誰でもかかってきなさいッ! 片っ端から地獄に突き落としてやるわ!!」

 もはやヤケクソのようだった。

 ピュラは振り向いて、スイに目を向ける。

「ならスイ! 私と旅するにあたっていくつか条件があるわ!」

「なんだ?」

 つかつかとスイの目の前……本当に近いところまで来て、スイの目を見た。

 濁りのない、真っ青の目を、だ……。

 その瞳を、橙色の強い瞳が貫く。

 眼光が強い力を放って、そして彼女の声となる――。


「あんたね、話すときはちゃんと人の目を見て話しなさいッ! 分かった!?」


「……――」

 ぴん、とスイの瞳が僅かにはじけた。

 ピュラの橙色の瞳の彼方に映るもの、

 彼女の姿に被さる記憶……。


『スイ、人と話すときはちゃんと目を見て話しなさいよ!』


『じゃないと一生誰とも仲良くなれないわよ?』


『孤独なままでいいの?』


『ほら、私が人生の先輩としてこれからも色々教えてあげるわよっ』


『だから、もう……』



 ――そんな目を、しないで――。



「ちょっと聞いてるの!?」

「――、ああ」

「あとねッ! その髪どうにかしなさい! ぼっさぼさで乞食じゃないんだからね!?」

「……ああ」

「ああああ言わない! 答えてるんだか何なんだか分からないでしょッ!」

「ああ」

「~~~~~!!」

 横でクリュウが呆れの溜め息をついた。

 あと一年で死ぬとわかって、どういう顔をするかと思ったが――。

 定めにへこたれない強さを、彼女は持っていたのだ。

「何ニタニタしてるのよ気持ち悪いわね羽虫ッ!」

「羽虫じゃないッ! いい加減僕のことクリュウって呼んでよ!」

「うるさいわね、鍋にして食べるわよっ」

「おいしくないよっ!」

「奇遇ね、私もそう思うわ」

 はらはらと手を振って、手早く左手首に包帯を巻きなおした。

 巻き終わると勢い良く顔をあげる。

「とにかくよっ! 一番大切なことを忘れてるわ!」

「え、一番大切なこと……?」

 クリュウが首を傾げる。

「今日の夕食のメニューか?」

「バカねッ! 私はそんな強欲じゃないわっ!」

 そう言ってピュラはびしりとスイを指差した。

「30万よ30万ラピス!! そうだわっ、私にこんな手傷をおわせたんだから全額私が頂くからねッ!」

 十分強欲な考えだった。

「待て待て待って! 僕たち本当に一銭もないんだってば!」

「これから一緒に旅するんでしょ? なーら私が財布管理するからね」

 勝ち誇った満面の笑みを浮かべてやった。

 するとふいにスイが荷物からなにか小さなものを取り出す。

 古ぼけた小さな冊子……よくよく見るとギルド手帳だった。

 ギルドの仕事についての詳細や手順が記された本で、初心者に配られるものである。

 それを何枚かめくって、あるページをピュラに差し出す。

「右ページの下から二行目、読んでみろ」

「なによ? えーと、『魔物討伐の場合、最後のとどめをさした者が賞金受領者と定義する』……?」

「最後のとどめは俺だったな」

「うそっ!」

「やったー、30万は全額僕たちの分だね!」

「ちょっと待ちなさいよ! スイがとどめさす前に私の顔面パンチで絶対死んでたわ!」

「まだ動いてたな、あの時」

「うるさいっ! あんたがこんなの持ってるのが悪いのよ!」

 べちん、とピュラは冊子をスイの顔めがけて叩き付けた。

「30万ラピスは慰謝料として頂くからねっ」

 そのまま足音荒く歩き出す。

「ほら早く行くわよ! 呪いが解けなくて死んだら化けてアンタたちの前にでてやるんだからっ!」

 ――その耳元に煌くのはガーネットピアス。深紅の煌き。

 そう、遠い昔にミラースには一人の英雄がいた。

 滅びの一途を辿っていた世界からこの地に人々を導き出した、英雄の中の英雄だ。

 その英雄の耳にもまた、ガーネットピアスが煌いていたという。

 だからミラースの人々は言うのだ。

 ガーネットピアスは再生と幸福の象徴なのだと――。

 スイはその煌きに目を細め、……そのままゆっくりと閉じた。

「ちょっとあんたここで寝るつもり!? とっとと来なさいっ!」

「ああ」


 ――ミラース歴1429年の夏のこと。

 これは決して英雄でなければ時代を動かす者でもない、

 選ばれた特別な者でもなければ使命を背負う者でもない、


 そんな彼らの、小さな小さな物語――。


-Bitter Orange, in the Blaze-



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