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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
三.秋の風を聞きながら
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031.白花祭・後



「どうしよう、ドキドキしてちゃいました……」

「いいから早く行ってきなさいよ」

「ついてきてください~」

「あのねっ! 告白に第三者はいらないのよ! 私たちがついてってどうするっていうの!?」

「でも緊張するんですよ~!」

「当たり前でしょっ!」

 ピュラはしがみついてきたレンシアをひっぺがして、くるりと回転させた。


 ――彼、ウィストの家の前から少し離れた裏道にて。


「ほら、行ってらっしゃいッ!」

「ちゃんと見てて下さいね、勝手にどっかいっちゃいやですよ」

「わかったわかった、ほら急いで」

「うう。頑張ってきます……」

 レンシアは髪に飾られた白百合に手を触れて位置を確認すると、かくかくと機械のように歩き出した。それだけ緊張しているのだろう。

「行かせて大丈夫なのか?」

「女は度胸よ。こんなところでくたばってちゃ始まらないわ」


(ああやだっ、顔真っ赤なんだろうな……。えーっと、なんて話しかけようかしら。まずはお天気の話から入って、……ううん、愛は直球がいいわ! そうよ、白花差し出して受け取って下さいって言うだけなのよ、たったそれだけ……)


 よろよろと道を歩きながらレンシアは考え込む。


(でも受け取って下さいだけじゃ味気ない気もするわ……。えっと、そうよここは子供の時から好きだったって言えばいいんだわ、……そうだ、今度アップルパイ作ってあげたいな……。もうすぐリンゴの季節だし……)


「……ダメね、頭の中が雑念だらけっぽいわ」

 冷や汗をたらしながらピュラは顎に手をやった。

 レンシアはおぼつかない足取りで、気持ちだけ膨らませたまま歩いている。

「このまま行かせたら危ないんじゃないか?」

「ま、平気でしょ。あの子は芯は強そうだからね」

「そういう意味じゃなくて、」

 スイは道を指差した。

「あの青い屋根の家がそうだったよな?」

 ふいとその先に目を向けると。

 物思いにふけりながら歩いていたレンシアは彼の家の前を、完全に通り過ぎていた。

 ピュラは、こけた。

「ば、バカーーーーッッッ!!」

 絶叫にレンシアがはたと止まって振り向く。

「あ、あれっ?」

「あれ、じゃないのっ! 家の前通り過ぎてるじゃないっ! 考え事してるからダメなのよ、潔く当たってきなさいっ!」

 道の端から叫ぶピュラにレンシアはあたふたしながら頷く。

「は、はいっ! 頑張ります!」

 そう言ってぱたぱたと元来た道を駆け出して、

 ――どてっ!!

 見事に転んだ。

 ピュラは情けなさに目を手で覆う。

「だめ、トロすぎるわ……」

 刹那、スイの瞳がぴんと張る。

「家から誰か出てきたぞ」

「えっ!? は、早く隠れなきゃっ!」

 道まで出てきてしまっていたピュラとスイは、慌てて裏道にある樽の影に隠れた。


「いたぁい……」

 なんとか起き上がったレンシアは、ぱんぱん、と服の砂を払って、地面にへたりこんだまま溜め息をついた。

「大丈夫?」

「ええ、なんと、か……?」

 ふと差し出された手に、レンシアは顔をあげた。

 瞬間、飛ぶように立ち上がって数歩後ずさった。

「う、ウィストっ!!」

「またコケたのか? 小さい頃から変わらないな」

 明るい茶の髪にパステルグリーンの優しい色をした瞳。

 ウィストは人懐こい笑みを浮かべる。

「こんなところでなにやってるんだよ」

「え、ええっと……」


 一方、ピュラたちは。

「87点ね」

「なにがだ?」

「決まってるじゃない、彼の見かけの点数よ」

「そうか」

「あれであと背が3センチ高かったら文句なしで90点突破ね。惜しいわ……。でも顔は中々良し、ちょっと童顔な気もするけどまあ許せるわ」

「……」

「そこ、うんくさい目で見ないの。ほら、あんたもあの服のセンス見習いなさいよ。結構いい感じじゃない」

 ピュラが勝手に話を展開していた。

「でも、突然の展開よね。あの子どうするのかしら……」

 そう言ってピュラはまじまじと樽の隙間から二人を見つめ――。


「あのっ!」

「ん?」

 レンシアは顔を真っ赤にさせて、叫んだ。


「今日のお天気な白花祭でとってもいいのは、アップルパイが私の花を受け取って……!!」



 ――――どがッッッッ!!!



 レンシアの体が、吹っ飛んだ。

 それは見事なまでに、完璧に吹っ飛んだ。

 華々しい、美さえ感じさせる吹っ飛び方だった。

 すたん、と赤毛の娘が地に降り立つと共に、どさりとレンシアが地にひれ伏す。

 ウィストは突然の出来事に目をぱちくりさせていた。

 するとピュラは大地とおでこをごっつんこしたままのレンシアを見下ろして頬に両手をやる。

「きゃあっ! 大変! 人ごみからはじき出されてぶつかっちゃって……! ああ、大丈夫!?」

 そう言ってレンシアを抱き起こしながら首を振った。

「あ、あの、今のは飛び蹴りじゃ……」

「ああなんてこと! 早く介抱してあげなきゃ! ごめんなさいね、すぐに体も頭も健康にしてつれて帰るわ!」

「え、あの……」

「しっかり、しっかりして! あなたはこんなところで死ぬべき子じゃないのよっ!」

 ピュラは完璧なるまでにウィストを無視し、レンシアを担いで飛ぶように逃げていった。

「……」

 残されたウィストは呆然と一人。そんな彼を空しく風が吹きつけていた。


 爆走しながら、ピュラは情けなさに涙がでそうだった。



 ***



 普通、一般的に見て、同世代の少女を抱えてひた走る少女というのは大層こっけいなものなのだろう。

 道行く人の視線を集めながら、ピュラは人の少ない道まで移動した。

 辺りを見回して、溜め息をつき、すっかりのびているレンシアの頬をぺちぺちと叩く。

「ほら、おきなさいよ」

 するとレンシアはうっすらと目を開いて、小首をかしげる。

「あれー、ここ何処ですか?」

「何処でもないわよっ!! あなたね、私たちがいなかったら今頃どうなってたか!」

 随分遠くまで走った気がする。少なくとも広場は抜けてしまったろう。

「あれ、スイさんは」

「匂いでもたどってくるでしょ」

「犬じゃないんですから……」

「そんなことより自分の心配っ! 言ってることが支離滅裂でぐちゃぐちゃよ!? もっとストレートに言いなさいよっ!」

「は、はい~~」

 すさまじい形相で迫るピュラに涙目でレンシアは頷く。

「ていうかなんのためにその花がついてると思ってるのっ! その花があるからこそ告白できるんでしょ!? だったら花を渡すだけで十分じゃないっ!」

「あ、そっか……! そうですよねっ! 言葉なんていらないんですよねっ!」

「そうよ。やっと分かった? ならとっとと行ってきなさい」

「はいっ!」

 レンシアはぱっと笑顔を取り戻し、くるりと振り向いた。

 後ろでピュラが呆れ混じれに頬をかく。

「ほら、善は急げって言うしょ! 早く行くわよ!」

「あ、待ってください~っ!」

 早々とレンシアを抜かして走り始めたピュラの背中を追って、レンシアも走り出した。

 広場を縫うようにしてくぐりぬけ、元来た道を引き返す。


 ―――どんっ!


「きゃっ! ご、ごめんなさい!」

「いえ、こちらこそ」

 レンシアはぶつかってしまった相手にぺこりと頭を下げて、またピュラを追い始めた。

 そんな中で、少女二人はある重大なことを見落としているとも気付かず――。


 道端には、一輪の百合がぽつりと落ちていた。



 ***



「なんだったんだろ……」

 一人取り残されたウィストは、暫く家の前で嵐が去った方向を見つめていた。

 温度を落とした心地良い秋の風が、彼の茶髪の合間をさらさらと通り過ぎていく。

 ウィストは頬をぽりぽりとかいて、空を見上げた。

「レンシア……」

 呟いて、溜め息をひとつ。

 そういえば、彼女の髪には白百合が一輪飾られていたか。

 ――まさかと、思う。

 しかしそれも独りよがりなのだと思い、その記憶を振り払うように頭を振った。

 やはり家に戻ろうかと、くるりと向きをかえる。

 あるはずのない花を探すかのように左胸に手を当てて――、

 また、溜め息がひとつ。

「ウィストさんっ!」

 ぴくりと瞳が張って、振り向いた。

 どこかで見覚えのある少女がぱたぱたと走ってきていた。

 確か雑貨屋の娘だったろうか?

 少女はウィストの前で白花を差し出す。

「う、受け取ってください……」

 こうやって告白されるのも何度目を迎えたろうか。

 しかしもう返事は決まりきっているのだ。

 淡い緑の瞳が、その白い花を見つめた。

 そして、僅かに細められた。

「……ごめん、気持ちは嬉しいけど、受け取れないんだ」

 刹那、少女の瞳が揺れて一気に涙が滲む。

 もう一度謝ってから、彼は僅かに瞳を伏せた。

 ただ――。

 ふいとその目をもう一度、先ほど嵐が去った方向に向けて。

 薄い唇を軽く噛んで。

(やっぱり、行ってみるか……)

 ウィストはそのまま、その方向へと歩き出した。

 人通りの少ないその道には、風の音しかしなかった。



 ***



「……ない」

「は?」

「ない。あれ、ないっ!」

「なにがよ」

 ウィストの家に向かう途中、レンシアは突然はたと立ち止まったのだ。

 ピュラも立ち止まって、レンシアを頭の先から足の下まで見て――、異変に気付いた。

 そして、その顔をひきつらせた。

「あ、あなた、白花は!?」

「どっかで落としてきちゃったのかしら……ど、どうしよう」

 みるみるレンシアの顔が青くなっていき、へなへなと座り込む。

 その淡い青の髪にあった白百合は、夢のように消えていた。

 ピュラは空を見上げた。もう太陽も一番高いところを通り過ぎている。急がないと日が暮れてしまうだろう。

「どうしようなんていってる場合じゃないでしょっ! とにかく買うかなんかして……」

「だめです! 私、あの百合を渡したかったんです。とっても、とっても大切な百合だったんです! あれじゃなきゃ、なんにも意味がないんです……」

 みるみる彼女の瞳に涙がたまっていく。

「あれじゃなきゃいけないって……」

「あの花、私が育てたんです。だから……」

「……行くわよ」

「はい?」

 ピュラはきっと振り向いて、腰に手をあてた。

「だったら探しに行くって言ってるのよっ! 悲観しててどうするの!? ほら、早く立ちなさいよ! 日が暮れちゃうわ!」

「は、はいっ!」

 ピュラに腕に引っ張られて、されるがままにレンシアは走り出す。

 賑わいの止まらぬ町をすり抜け、その地に落ちた一輪の百合を探して。

(そうよ、きっと見つけなきゃいけないわ……だって……)

 レンシアは目を皿のようにして地に意識を傾ける。

(あの百合の株、ウィストがくれたんだから――)

「どっか心当たりとかないの?」

「えっと、広場だと思います。人が多かったから、どさくさで落としちゃったかも……」

「分かったわ、行きましょ」

 二人は広場まで走り、辺りを見回した。

 しかし広場は人も多く、たった一輪の小さな花を見つけるというのは骨の折れる仕事だ。

 だがそれでも、ピュラとレンシアは二手に分かれて探しにかかった。


「ったく、本当にトロいんだから……」

 ぶちぶちと愚痴りながらもピュラはすみずみに渡るまで広場を歩き回る。

「なにやってるんだ?」

「見つからないのよ」

「そうか」

「…………」

「……」

「……あれ?」

 ピュラは、顔をあげた。

 スイが、目の前に立っていた。

「き、きゃーーーーっっ!!!」

 一気に周りの注目を集める。

「化け物がでたような声をだすな」

「あああああんた、いつからそこにいたのよっ!」

「置いていかれたから広場に来てみただけだ」

「わ、悪かったわね!」

 すっかり腰が抜けたのか、ぺたんと地に座り込んだままピュラは肩をいからせて怒鳴る。

「それよりも大変なのよ! レンシアがどっかに花を落としてきたらしくて、探してるんだけど……」

「ウィストが広場に来てるぞ」

「ええ、だから急いで……」

 ――止まった。

「なんですってぇーーーーーーーー!!?」

 またしても、周りの人々が振り向いた。

 スイは内心で、自分の鼓膜が消し飛ぶのも時間の問題かと思った。

「ちょ、ちょっと! それは一体どういうことなのっ!?」

「さっき歩いてたら見かけただけだ。なんか用事でもあるんじゃないか?」

「用事って、何の用事よ……」

 広場には沢山の若い男女がたむろしている。ウィスト程の男なら、一発で誰かに勝ち取られてしまうのではなかろうかとピュラは眉を潜めた。

「もしかして、心に決めてた子に告白しちゃうとか……? だ、駄目よ! そんなことになったらレンシアが自害しかねないわっ!」

「俺に言われても」

「分かってるわよ! とにかくまずはウィストを見つけて、なんでもいいから妨害作戦を……」

「その必要はないと思うが」

「は?」

 ピュラの瞳が丸くなる。

 その瞳がスイを見上げ、そしてスイが見据えた先に向けられた。

 広場の片隅にて、見受けられたその光景――、

「ちょ、ちょっとあれ……っ!」

 走り出そうとしたピュラの肩を、スイは掴んで止めた。

「黙って見てた方がいいと思うぞ」

「……」

 ピュラは暫く沈黙した後に、小さく頷いて腕を組む。

「もう。全くもってどうなっちゃうのよ……」

 ふてくされたような声に、スイは目を細めた。



 ***



 ――これ、何のお花が咲くの?


 ――さあ? 貿易商の人に適当に買ったから、何の花だったか聞くの忘れたよ。


 ――じゃ、何が咲くか楽しみね!


 ――お前はドジだからすぐに枯らすだろ。


 ――そんなことないわ! 私だってやるときはやるのよ。


 ――ま、適度に頑張れよ。


 ――お花咲いたら、一番に見せにいくからね。


 ――当たり前だろ、買ったのは俺なんだから。



 絶対、だよ?



「あった!!」

 白いそれを瞳に映した瞬間、彼女の体が矢のように走りだす。

 ――が、その足が、止まった。

 その惨状に、頭を殴られたように立ちすくみ、呆然と見下ろす。

 頭のどこかでは分かっていた。こんな人の多い場所で落としたものがどうなるかなんて。

 しかし、それでも、その重みが彼女の胸を押しつぶすのはたやすく――。


 広場のはずれに、黒ずんですっかりぼろぼろになってしまった白百合が、無残に横たわっていた。


 ぽろりと、瞳から涙が零れる。

 ウィストにその花の苗を貰って、育てて、やっと花が咲いて――。

 それが白い花だと知った時は、どれだけ喜んだろうか。

 幼馴染だった彼がたった一つくれた贈り物。

 5年もかけて、やっと今年になって花を咲かせた、白百合の花。

「だめ……なのかな、わたし……」

 呟いて、うつむく。

 秋の涼しい風も、今は冷たく感じられた。

 もう一度、地に落ちた百合を見つめる。

 踏まれて、ところどころ破れた花びら。潰されて、黒ずんだ色。

 命の力も若々しさも、何も伝えることのない花。

 汚れて地に横たわった――。

「……あれ?」

 レンシアは、目を瞬いた。

 しかしそこには、花がなかった。

「あ、あれ?」

 今まで見たいたものが幻であるはずはない。ついさきほどまで、目の前にぼろぼろになった花が落ちていたのだから。

 ……そこで、レンシアはやっと気付いた。

 うつむいた視界の先に映る、二本の足―――、

「お前って本当にドジで変わらないな」

 反射的に、顔があがった。

 そして、今の自分のくしゃくしゃになった顔に気付いて、思わず頬を手で隠す。


 明るい茶の髪に、パステルグリーンの瞳が、苦笑していた。


「今の顔、鏡に映してみろよ。すごいことになってるぞ」

「あ、あああの……」

「お探し物は、これかい?」

 そう言って彼は、手のひらにぼろぼろの白百合を乗せて差し出した。

 さっとレンシアの顔が曇り、唇を噛んで、ふたたびうなだれる。

「ほう、いらないのか。なら仕方ないな、貰っとくよ」


 ――。


 ――。


 一瞬、彼が何と言ったのかわからなかった。

 ぱちぱちと瞳をしばたかせ、真っ白になった頭で状況を処理しようとするが――。

「え、うぇええ!?」

 ……でたのはそんな情けない声だった。

 ウィストは当然のように白百合を胸に飾り、レンシアの頭に手を置く。

「これ、いつか俺が苗をやったやつだろ?」

「え、ええあのなんで分かって……」

「嘘ついてたから」

 目を丸くするばかりのレンシアに、ウィストは笑ってみせた。

「知ってたんだよ、あの苗が白百合だったってな。……まあ、バカなお前でもその意味くらいわかるだろ?」

 ――ぼん、とレンシアの顔が真っ赤に染まった。

「あ、あの、ウィスト……」

「花を渡すのは女から男だけではないということだな」

 呆然と見上げるレンシアの姿に、ウィストはまた悪戯っぽく笑った。

「なんだよ、まだ言わないと分からないのか?」

「ウィ……ウィストぉ~~~っっ!!」

 がば、とレンシアはウィストに抱きついた。

「こ、こら! いきなり抱きつくなって、小っ恥ずかしいだろっ!」

「うわ~~ん、良かったぁ……」

 ぼろぼろと滝のように涙を流すと、ウィストは苦笑する。

「ったく、本当にお前ってドジだな」

「ドジドジ言わないでーっ! 本当にどうなるかと……っ」

「お、やっと元気がでてきたな」

 ウィストは身体を離すと、ついと手を差し出した。

 首を傾げて、笑う。

「じゃ、行くか」

「う、うん!」

 レンシアはその手をとって、笑った。

 淡い青の髪を揺らせて、その喜びを煌かせて。

 ふと振り向けば、先ほどまで共にいてくれたピュラとスイの姿。


「……やれやれ、思いっきりみせつけられたわね」

「そうだな」

 ぱたぱたと手を降るレンシアに、ピュラは軽く手を振って返してやった。

「ありがとうございましたーっ!」

「はいはい」

 二人で連れ添って歩いていく姿を見送り、ピュラは深く息を吐き出す。

「ふーーっ、これで今日も安心して寝れるわ。」

 二人の影は時にぶつかったり離れたり、ゆらゆらと揺れながら遠ざかっていく。

「……そろそろ帰るか」

 遠く遠く、その果てまで……。

「そうね、明日からまた旅だし。行きましょっか」

 ピュラはくるりと振り返って、歩き出した。

「……ピュラ」

「なーに?」

 振り向きざまに深紅のピアスがあでやかに煌く。

 そして、その橙色をした瞳の目の前に、真っ白なバラが差し出された。

「……」

「……」

 数秒の沈黙の後、ピュラは首をかしげる。

「……返品?」

「もう真似事はしなくていいだろう」

「あ、それもそうね」

 ふふっとピュラは笑みを零してバラを受け取った。

 緋色の髪をかきあげて、もう一度同じように花を飾る。

 つけおわると、頭を軽く振って落ちないことを確認してからスイを見上げる。

「よし、行きましょ!」

 ふわっとかすめる花の香り。

 彼女の燃えるように赤い髪に、輝くようにバラが咲き誇る。

 きらきら笑うその姿を、スイは暫しぼんやりと見つめていた。

 そんなスイに、ピュラははらはらと顔の前で手を振る。

「どうかしたの? なによ、もしかして私に惚れちゃったとか?」

「そういうことはない」

「なにそれーっ!! あのねぇ、こういうときはお世辞でも『惚れちゃいましたぁ!』って言うのが世の中ってもんなのよ!」

「そう言ってほしいのか?」

「全然言って欲しくないわっ!」

 ぷい、とピュラはそっぽを向いて歩き出す。

「ほら、帰るわよっ!」

 彼女が一歩足を踏み出すごとに、緋色の髪が豊かに上下していた。

 そろそろ夕日に変わる陽に照らされたその姿を、どこかぼんやりと遠目に見ながら―――。


 スイもまた、歩き出した。



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