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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
序.旅の目的
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001.くすぶる空気



 風が唸った。

 ごうごうと強い風は吹き抜け、赤毛を揺らす。

 無造作にかきあげた髪は宙を舞う。ざくり、ざくり、と変わらぬ足音。

 月夜に伸びる影は、草むらを一歩一歩、歩いてゆく。

 ――既に夜。

 誰もが寝静まる、暗がりの中。

 橙色の瞳が、ぎらりと暗く濁った黒を貫く。

 それはまるで瞳の中で絶えず何かが弾け、強い光を放っているかのように。

 満月の光に、天使の光に照らされて。


 また、ぎらりと瞳が煌く。


 Bitter Orange, in the Blaze.

 序.旅の目的


 ざくり、ざくり。

 一歩、一歩、しなやかな足が踏み出す。

 土を、草を、踏む音が暗闇に染みていく。

 ざくり、ざくり。

 相変わらず鳴り止まぬ風の音、影の足音。深夜の空気を突き刺していく。

 一点の乱れも見せぬ影。夜はただ、ただ、静寂に落ちる。

 影がゆらめいた。足は止めぬまま腰のポーチから銀色のそれを取り出し、右腕にはめる。

 ――ぱちり、と金具の高い音が、湿気る空気に突き刺すように響く。

 影はしなやかな指を軽く曲げて、その感覚を確かめる。

 いつもと同じ高調感。鼓動が高鳴り、好奇心と緊張感が小気味良く交差する。

 思わず笑みが走りそうになった口元をきゅっと引き締め、目の前の大きな影を見上げた。

 石で出来た、砦。森の影に潜む彼らの隠れ家。

 すい、と瞳を細め、草の陰に気配すら消し去ってそっと近付いてゆく。

 近付いて、ゆく。


 また、風が唸った。



 ***



 一時間もたたないその後のこと。

 砦に潜む盗賊たちは、全員まとめられて入り口の辺りに縛られていた。

 たった10名程度の組織だったが、それでも盗賊は盗賊だ。しかしそれぞれ抵抗を試みても――甲斐はない。

 彼らの目の前には月明かりに浮かび上がる影。

 ……そう、彼らをたったひとりで片付けた、影。

「てめぇ……何者だ?」

 最後まで牙を剥く男の一人が、手を後ろに縛られたまま影を見上げる。続けて数多の視線が一点に絞られる。

 ――しばらく、沈黙が落ちた。

 すると影はこつり、と歩いて、月の見える場所まで歩き、彼らに背を向けて、月を眺めた。

 月に照らされて浮かび上がる体の線に、誰かがごくりと喉を鳴らせる。

「お、お前……」

 影は、振り向いた。

 月明かりに影が深く落ちた顔に、耳元のガーネットピアスがちらっと煌く。

 振り向き様には豊かな緋色の髪がわずかに舞う。

 そして、それ以上に深くぎらりと煌く瞳が彼らを貫く。

 小さく湿った唇が、その姿にふさわしい声を紡いだ。

「殺されたくなかったらおとなしくしてることね」

「……女……」

 否、女ともまだ言えぬ、十代の娘だ。

 しかし瞳は獣のようにぎらぎらと煌き、彼らを見据えている。

 その裏に垣間見える底知れぬ威圧感に、誰一人として口を開ける者はいなかった。

 まるでその歳の少女とは思えない、刺すような瞬き―――。

 彼女は髪をかきあげ、ロープの端を掴んだ。

「行くわよ」



 ***



 この手の盗賊団殲滅は、一番よくある話だ。

 しかしそんな仕事をこなした後は、ギルドに行く前に役所によらなくてはいけない。

 盗賊たちを、引き渡すためだ。

 そこで初めて証明書が貰え、ギルドに持っていけば賞金が手に入る。

 もう夜も随分更けてしまったようだった、町は静寂に落ちている。

 彼女が手早く役所で彼らを引き渡すと、すぐに事務室に通された。

 さらさらとインクで刻まれてゆく賞金の価格と、証明の書。

 彼女はそれらに目を通しながら黙って待っている。

 最後にそれを書いていた男の手が止まり、……彼女の方に視線をやって問うた。

「名前とギルド登録番号を」

 ――ミラースは時にして1429年。

 ウッドカーツ家に全てが征服されていた、灰色の時代。

 彼女の耳元で揺れるピアスが、またちらっと煌いた。


「ギルド番号8505番、ピュルクラリア・サラクェル」



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