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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
九.戦慄の走る時
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114/151

113.古代が遺した産物



 敵の数は大体50ほど。

 高低差の大きい南地区は元々半スラム化していた場所だけあって、建物も一際黒ずんでいる。

 しかし大きな通りの周りには建物がいくつも燃え残っていた。

 一度炎に包まれ風化しかけたこの街でも、まだ人の住んでいた場所としての姿を留めているのだ。

 らくがきがされた壁に手をついて、リエナは敵の様子を伺っていた。

 坂道が多いこの辺りだからか、遠距離攻撃の為の弓使いや魔道師が多く動員されている。

 敵の陣形を見極めようと、目をすいっと細めた。

 焦ってはならないのだ。

 敵をなるべくこちらまでひきつけておいて――。

 リエナは仲間たちに目で合図を送った。彼らはそれぞれ、すすけた建物の中に潜んでいる。窓からリエナの指示を待っているのだ。

 すぐに彼らはそれぞれ頷き、持っていた爆弾の導火線に火をつける。

 火がついた導火線はみるみる短くなってゆき――。

 ぱっ、と彼らの手から飛び出したそれらは、直後に炎を噴きながら破裂していた。

「なっ……!」

 突然の上からの攻撃に驚いた隊列がとっさに退こうとするが、逃げられる威力ではない。

 道の両側から続いて降り注ぐ矢や魔法に、一気に彼らの陣形は崩れ去った。

「ま……待ち伏せか!! 一度退け、体勢を立て直――」

 言葉を言い終わる前に、兵の前に影が落ちてくる。

 手には細身のレイピア、つぅっと瞳は憎悪の色を湛えて細くなる――。

「敵は建物の中だ、急いで進めっ!」

「無理だね」

 リエナのレイピアが残像を残して弧をかいた。

 彼女の背後からも次々と剣を持った者たちが躍り出て、矢の中を進もうとしてきた敵と応戦に入る。

 その間にも、上から貴族の兵に矢や魔法が次々に襲い掛かっていた。

 坂道となった通りでの戦だ。足場の悪さに敵は慌てるばかりであった。

「だめかっ……、一時退却!! 体勢をたてなおすっ!」

 そう叫んだ隊長に、部下が絶望的な声を返す。

「だめです、完全に囲まれています!」

「なんだと……!?」

 隊長は思わず後ろを振り向く。

 そこには既に武器を持った反乱軍の兵の姿。

 狭い街の中だ、この地をよく知っているリエナたちにとっては楽な芸当だった。

 敵は魔道師を主戦力としているので、接近戦に持ち込めばあとは早い。

「急いで片付けるんだ、すぐに第二派がくる!」

 リエナは言って、混乱に陥り逃げようとする敵の兵を憎々しげに眺めた。

「どんなことになろうと、最後まで己の力で戦うことも知らないか。……落ちぶれたものだね」

 無茶苦茶に切りかかってきた兵を一閃の振りで薙ぎ払い、軽い身のこなしで彼女は一度その身をひいた。

 応戦を仲間に任せて近くの屋根の上にはいあがる。

 下方から氷の刃が巻き上がってくるのをうまくかわして、一度屋根の影に身を隠す。

 丁度大通りを囲むようにして展開された戦いだ、そこから戦いが一望できる。

 かなり敵の数は減っているようだった。

 あとどのくらいで完全殲滅できるだろうか――。

「うわぁぁっ!!」

 不意に近くであがった悲鳴に、リエナはとっさに振り向きレイピアを構えた。

 ……しかしその必要がなかったと悟ると、手を下ろす。

 いつのまにあがってきたのか、剣を持った敵兵の一人が屋根から落ちていくところだった。

 胸に矢がささっていることからしてもう命はないとみえる。

 恐らく自分を狙って屋根をあがってきたのだろう。

「リエナさん、大丈夫ですか?」

 視線を向ければ、十代ほどの青年が弓を手に、屋根を渡ってくるところだった。

 黒髪の、こざっぱりとした出で立ちの青年だ。

 うまく大通りからの死角を通って、リエナのところまで走ってくる。

「ありがとう、助かった」

 リエナは率直に礼を言った。

 戦況を確かめることに気がいってしまい、周囲の注意が散漫になってしまっていた。

 あのままでいたら、きっと背後から攻撃されやられていただろう。

 青年の名は確か、コープルといったはずだった。

 いつもは厳しいリエナの正直な言葉に、コープルはほんの少し頬を赤らめて指でかいた。

「いえ、偶然です……。それにしても、うまくいきましたね」

 そう言って眼下の戦場に目をやる。圧倒的にこちらが優勢だ。

「まだまだこれからだよ」

 対してリエナは顔の表情を険しいものに戻して、眼下の敵を睨む。

「奴らは無尽蔵に兵を吐き出してくる。早くスイに一人でもウッドカーツ家の者を斬ってもらわないと……」

 僅かに焦っているのだろうか、口調も早く呟く彼女をコープルはじっと見つめた。

 まだまだ戦いは続くだろう。

 こちらが勝つか、向こうが勝つか……それはわからない。

 だけれど、この女性はきっとどんなことになろうと、最後まで立ち向かっていくのだ。

 その瞳で、絶対的な強さを持つ貴族に刃を向ける。

 ――強い人だと、思った。

「リエナさん」

「なんだい?」

「あの、……僕……その、えっと」

 何かを言おうと思った彼は、直後リエナと共に視線を北の方に投げかけていた。

 突然、けたたましい爆発音や破壊音がとどろいたのだ。

 もしそれだけだったら、二人の意識はそちらに向かなかったのかもしれない。先ほどから何度も爆音は聞いている。

 しかし、確かあの辺りはヘイズルのいたところだったろうか――、そこから突然砂煙と共に、何か巨大なものが障害物を粉砕しながら直進しはじめたのだ。

 次々と家をなぎ倒し、人間離れした速度で進んでいる。

 ……否、大きさからして人間でないことは確かだ。

 しかし舞い上がる砂煙にまかれてその全貌は掴めない。

 すさまじい地響きはこちらにも伝わってくる。

 聞こえてくるのは聞いたこともないような、エンジンの唸り声だ。まさに、戦慄すら覚えるほどの――。

「な、なんでしょう、あれ……」

 みるみるうちに北の通りに向けて驀進していくその巨大な影に、コープルが驚きを隠せない様子で呟く。

 するとリエナは呆れたような諦めたような表情を浮かべた。

「……悪趣味な古代の遺産だよ」

 じっとそれが進んでいく方向を睨んで、苛立たしげに溜め息をつく。

「しかもフェイズはやっぱり作戦外の方向に向かっているね」

 だから奴にやらせるのは嫌だったんだ、とリエナはぼやき、再び厳しい表情を眼下にやる。

 その全貌をざっと眺めて、彼女は屋根を降り始めた。

「そろそろ次の隊が来る。気を抜かないように」

「は、はいっ」

 そんな彼女の行動をぼんやりと見つめていたコープルは、慌てて返事を返す。

 彼女が行ってしまった後、もう一度北の方に視線をやれば……相変わらず荒ぶる猛獣のごとく直進を続ける影の姿があった。

 こちらの陣から出てきたのだ、リエナの態度からみても敵ではないはずなのだが……。

 しかしそこにどこか禍々しいものを感じた気がして、コープルは寒気を覚えた。



 ***



 最初、何が起こったかわからなかった。

「な、なにっ!?」

 突然先ほど何かが恐ろしいスピードでここに突っ込んできて……そこまでは理解できたのだが。

 クリュウは恐怖のあまりスイの肩にしがみついて状況を把握しようとする。

 しかし、舞い上がる砂煙と崩れ落ちる壁でかなり視界が悪い。

 スイもまた、予想外の出来事にするべきことを見失っていた。

 そしてそれは敵も同じことだ。

 それぞれの影が何かをわめき散らしている。

 すっかりパニックに陥ってしまったようだった。

 一体何が突っ込んできたのだろうか。

 とても魔法などとは思えない。かなり大きな塊だったように思えるが……。

 クリュウは、巨体が突っ込んだ先に目をやった。

 ――そうして、目を丸くした。

「なに……これ」

 体中の動かし方が分からなくなったように……凍る。

 禍々しい。

 それを一言で言うなら、そう表現するのが一番正しいのかもしれない。

 家の壁に巨大な亀裂を幾本も走らせながら、そこにのめりこんだ形で静止している。

 黒光りする肌。

 金属で出来ているのだろうか、……鎧のようにそれをまとっている。

 高さでさえ人の二倍あるほどの、巨体。

 獣を思わせるシルエット。

 あちらこちらから排気口などの管が伸び、シュウシュウと灰色の煙を吐き出している。

 それはまさに、猛獣があげる威嚇の音だった。

 とても車輪とは思えない太く大きなそれが4つ、両側についている。

 ――機械、だ。

 これだけの衝撃を巻き起こしたというのに、壊れもしない。

 見たこともない、剛強な塊。

 これは何か……何かの、機械なのだ。

 不意に、その巨体がぴくり、と動いた。

 たったそれだけで、心臓がどくりと高鳴る。血液の流れが逆行したかのように、体中が悲鳴をあげる。

 次の瞬間、体ごと揺さぶるようなエンジン音をけたたましく鳴らせながら車輪がかすかに動く。

 後ろの方の排気口らしきパイプから吐き出される煙の量が一際多くなる。

 途端に、巨体がぶつかっていた壁からばらばらとがれきが崩れ落ちた。

 衝突した壁からその身を引き抜くように、巨体はのっそりと動き出していく。

 クリュウはその恐怖に歯が鳴るのをこらえられなかった。

 スイの服の裾を、指が白くなるほどに握って、巨体の動きを凝視する。

 逃げ出したくなる想いをこらえるので、精一杯だった。

 敵の方は腰を抜かしてへたりこむ者、逃げていく者、ただ呆然としている者、……それは様々だ。

 巨体がやっと壁から抜け出し、ゆっくりと車輪が動いてこちらに正面が向けられると、一様に恐怖の表情を浮かべる。

 しかしただひとり、スイだけが何かに気付いたように小さく目を見張って――、歩き出していた。

「す、スイっ!?」

 足場の悪いがれきの中を、しかもその巨体に向けて歩いていくスイにクリュウは顔を青くする。

 こんなものにスイが敵うはずがない。潰されたら一発で即死は免れないだろう。

 ……しかし、次第に近付くにつれて見えてくる細部にクリュウは怪訝そうな顔をした。

 ガラス――このような衝撃でひび一つ入っていなかったから、ただのガラスではないだろうが――がその獣のような巨体の中央にはめ込まれているのだ。

 どうやら中が空洞になっているらしい。そして、その中に……?

 すると不意にばこん、と金属の蓋が横から開いた。クリュウは驚いて肩を飛び上がらせる。

 中からひょっこり顔だけ表したのは――見知った人のものだ。

「やっぱアンタたちかい、いやー潰されなくてよかったな」

 顔――フェイズはこちらの姿を見止めて満面の笑みを浮かべてみせた。

 あまりに反現実的なことにクリュウは言葉を失う。

 まさかこのような禍々しい機械の中に人間が入っているとは思えなかったのだ。

 敵たちもまた、唖然としたままの顔でその姿を見つめている。

「よかったら乗ってくかい?」

 にかりと笑ってそれだけ言うと、フェイズは頭を引っ込めた。

 彼がこれを操縦しているのだろうか、……すると間もなくしてエンジンが一際大きな唸り声をあげて巨体を震わせる。

 しかし入り口の金属蓋は開けたままだ。

 きっと入ってくるかどうかはスイに任せるということなのだろう。

「……スイ、どうしよう」

 不安げに肩口でクリュウが問うと、スイは小さく頷いて……走り出した。

 既に発進を始めているその巨体に向けて、だ。

「の、乗るのっ!?」

 クリュウは叫ぶが、彼としてもその方がいいということに薄々気付いている。

 あのまま敵に囲まれているよりも、彼らが呆気にとられている内に逃げてしまった方が明らかに得策だ。

 敵もスイが走り出したことでやっと我に返ったらしい。

 各々逃げるスイを追いかけ始めてくる。

 とんでくる矢の中、スイは飛び込むようにして巨体の中に入り込んだ。

 すぐさま金属の重い蓋を閉める。がちゃん、と音がして外との出入り口は遮断された。

 中はかなり狭く、外と同じように見たこともない金属で出来ている。人間が二人乗ればそれで満員だ。

 しかも外の騒音もさることながら、それが直接響く中のエンジン音は凄まじいものがあった。頭をがんがん叩くような音が振動と共に鳴り響いている。

 そんな激しく揺れる狭い部屋の中、フェイズは前の席で操縦桿を握っていた。

 操縦席の周りにはパネルやボタンやレバーなどが無数に張り巡らされている。

「さーて、どこに参ります? チップは2000ラピスほど貰いてーもんだなー」

 スイが入ってきたことを確認してフェイズは軽くウィンクすると、手元にある大量のボタンの中から一つを指で叩いた。

 それと同時に左手でレバーの一つを引くと、どぅん、と巨体がまた一つ震えてその速さをあげる。

「な、なんなのこれっ!」

 すさまじい揺れにクリュウはスイにしがみついた。

 とても今の世界の技術で造ったとは思えない代物だ。するとフェイズはにやりと笑って操縦桿を再び握った。

「装甲車って奴らしいなー、厳密にいうと。知ってるだろ、工業都市マリンバ。その地下遺跡からは今日もわけのわかんねー古代人の遺産が大量に発掘されてるそーだ、これはそのひとつさ」

 工業都市マリンバ。この地から遥か離れた場所にある工業が栄えた街の名だ。

 その地下には未だ底を見せない古代遺跡が張り巡らされており、幾人もの機工士たちが発掘に勤しんでいるのだ。

 そこでがくん、と装甲車が揺れる。壁にかすったのだ。しかしまるで壊れる様子もなく、前進を続ける。

 とっさにスイが近くの壁に掴まっていなかったら、揺れに背中から叩きつけられていたかもしれない。

「つまり、この装甲車みたいにまだなんとか動きそうな機械もほんの少しでてきてるんだそーだな。だが技術士も大抵お手上げさ、複雑すぎてどういう構造してるんだか全くわかんねー」

 スイはなんとかバランスを保ちながら、狭い部屋の中でフェイズの座る椅子の背もたれに手をかけて、前方の窓を覗き込む。

 確かに、フェイズの操っているボタンやパネルは見たことのないものばかりだ。

「だが、やっとひとつ、なんとか人間が操れるように改造できたものがあった。それがこれ、ただ一機しか残ってねー装甲車ってものさ」

 道と関係なしに驀進する装甲車は家など軽く粉砕する。

 その度にがれきが砕け散ると同時に鳴り響くエンジン音で耳がおかしくなってしまいそうだった。

 ガラスごしに粉砕されていく町並みにスイは少々目を細める。

「ってことは、これは古代の遺産……? でもそんな貴族が造ってたもの、どうして僕たちが」

「まだわかんねーか? なら教えてしんぜよう。この装甲車ってやつを作り変えたのは、かのダブリス家さ」

 ――ふっと、スイとクリュウが同時に目をしばたかせる。

 ダブリス家。それは確かに聞いたことのある名だ。それは――。

 ――ぼくたちはダブリス家の地下に置いてある重火器類を奪取するんだ

 クリュウの心臓は、文字通り飛び上がっていた。

「あのとき僕たちが持ってきたもの!?」

「あっはっはっ、とんでもねーもん持ってきてくれたもんだ」

 操作方法を覚えるのが面倒だったとフェイズはけらけら笑ってみせる。

「っつーわけで、とりあえずこれから主戦地に向かうけど、そちらは何処に行きたいんだ?」

 スイは危うくエンジン音にかきけされそうな声で、敵陣、と短く呟いた。

 そうして……続いて、ふと感じた疑問を口にする。

「……主戦地に向かうなら、どうしてさっき北側に来たんだ?」

 ヘイズルからはこんな装甲車に乗せてもらう作戦など聞いていないはずだ。

 その上、主戦は西地区で展開されている。北の方は森が広がるため、敵の姿も少ないはずだが……。

「あっはっはっ、何せ千年以上も眠ってたオンボロだからなーこれ」

 フェイズは、満面の笑顔を崩すことはなかった。

 クリュウの背筋に嫌な予感が走って……彼は顔をひきつらせる。

 珍しい赤紫の髪をもった青年は、笑顔でのたまっていた。

「さっきはな、起動直後に制御不能になってそっちに突っ込んじまったのさ。いやー焦った焦った」

「ええーーーーーー!!?」



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