昼休憩~放課後
時間は昼休みに入る。
休憩時間になる度に和たちの教室を覗きにくる生徒が絶えなかったことから、和はさっさと教室を離れることにした。
「健、早く購買に行こうぜ」
前の席で伸びをしている健に声をかける。
「うんっ? 千歳ちゃんとはいいのか?」
「ああ、詳しいことは放課後らしいからな。それにおせっかい委員長がいるから大丈夫だろう」
和は横を見る。すると直を食事に誘っている委員長が目に入った。
「それに俺と直がいっしょにいると、どうせ見物客が増えるだけだよ」
「それもそっか。じゃあ、行くか。しかし、普通に直って呼び捨てにしてるお前に腹が立つな。そこらへんも含めていろいろ教えろよ」
「ったく、くだらないこと言ってないで早く行こうぜ」
そんなやり取りをしながら和たちは購買に向かった。
「いや~、お前大変だな~。購買でも注目の的だったじゃん。人気者はつらいな」
「うっせー」
和たちは人気の少ない屋上で昼食を食べることにした。人気が少ないと言っても、人はいるわけで周りはちらちらと和に好奇の視線を向ける。
「でも、昨日メシ食べてたらいきなりアレだもんな。俺思わずメシ噴出しちゃったよ。詳しいことは聞いてないんだろうけど、気楽にやりゃあいいと思うぜ俺は。何もマンガやアニメみたいに怪獣とかと戦うわけじゃあるまいし」
「まぁ、そうだよな。でも昨日と今日で昔のことを思い出したわ。あいつら遠慮なしだぜ」
あいつらとはマスコミのことだろうか、和が疲れた表情で言う。
「いや、だからこそ俺は登校中に携帯のワンセグ見てて、朝のお姉さんにスカッとしたんだぜ。アレ思いっきり生だったからな。あと、お前が抱きかかえられてたヤツも」
そういって健はクククッと笑いを堪える。脳裏には今朝の放送が思い出されているのだろう。
「やられた当人は笑えないけどな……」
ゲンナリして和はパンをほうばった。
「でも丁度いいんじゃね? ヒーローに選ばれてさ。特にやることもなかっただろうお前? 良いチャンスじゃん」
「…………」
「実際さ、体はどうなんだよ? あんま詳しいことは今まで聞かなかったけどさ。体育は参加してるじゃん」
健は真面目なトーンで和に聞く。
「別に普通に運動は出来る。元々事故後も野球続ける気だったから、死にものぐるいでリハビリした。でも医者が言うんだよ。やっぱり肘がダメだって。このまま投げ続けると壊れるってさ。笑うしかなかったわ。それで気づいたら、もう高校三年、もうすぐ高校球児の最後の夏だったってオチさ」
屋上から見える町並みをじっと見つめる和。
「……すまん、和」
「辛気臭い顔すんなって、もう気にしてねえし。そもそもそこで野球を止められたってことは、そんなに野球が好きじゃなかったってことだよ。――もうこの話題はなし。メシ食べようぜ!」
至って和は明るく言う。
「……うそつけ」
小さく呟く健の言葉に和は聞こえなかった振りをして、そのまま食事の続きに入る。そんな和に対して健がさらに言葉を投げる。
「実はさ、俺も膝の故障でサッカーを諦めたんだ。もちろんお前みたいに有名じゃなかったし、ただの部活の延長線だけど。それでもお前のことは他人事だとは思えなくてな。お前がウチの学校に転入してきて、クラスで見たときは声をかけずにはいられなかったよ。さらに四月の新学期なのにクソ暗い顔で席についてるヤツがいたら、なおさらな……」
言い終わって、健は持っている紙パックのジュースに口をつけた。
「そっか」
和はそれだけを呟いた。
その後は晴天とした空の下で、二人は静かに食事を続けた。
その後、慌しい午後の授業も瞬く間に過ぎ去って時間は帰りのホームルームになる。
「よーし、お前らホームルーム始めるぞ。おっと、堺と千歳は今すぐ帰宅して良し。放課後が一番騒がしくなるからな。――というわけで二人は早く教室を出ろ」
シッシッと手を振る唯教師。
「はぁ~、何だよ、そりゃ……」
唯の言葉は和にとってありがたいことだったが、その動作に何か納得がいかない。
「和さん? お言葉に甘えて行きましょうか」
「……オッケー、わかったよ」
直の言葉にしぶしぶ返事をする和。
そうして他の生徒より一足早く帰宅しようとする和たちに、クラスメイトは「また明日な」「バイバイ」と見送る。和たちはそれらに答えて教室を出る。やはりどこの教室もまだホームルームの真っ最中であって、廊下には誰もいない。
「和さん、まだ怒っていますか?」
廊下を歩いていると、少し前を歩く直が後ろを見ずに話しかけてきた。
「へ、何が?」
「最初の休憩時間のことです。私が委員長さんに殺意を抱いていたことです」
「いや、別に怒って――殺意! お前殺意抱いていたの?」
和は斜め上の発言に驚いて思わず立ち止まる。そんな和に気づいたのか、直は後ろを振り返り、
「冗談です。うふっ、その様子だと怒ってはいないようですね。――それでは和さん、裏口に車を止めているはずですので早く行きましょうか」
歩みを再開する直。その足取りはスキップをしそうなほどの軽快であった。
「…………」
その急な態度の変化に和はあまり深く突っ込むことは出来なかった。
その後、下駄箱で靴を履き替えた二人は裏口に向かった。そうして車が見えるところまで進むと前方から声がかけられた。
「和くん! こっち、こっち」
今朝別れた百紀がそこに手を振りながら立っており、その隣には一台の黒の乗用車が止まっていた。百紀の姿を目にした和はすぐさま声を上げた。
「百紀さん! 今朝はよくも――」
「どうして姉さんがここにいるのですか?」
横からの冷徹な声が和の言葉をかき消す。
「直、何その言い草? 司令の指示よ。何か他にある?」
「…………」
百紀の言葉に納得がいかないのか、直は険しい顔つきをする。
そんな二人を見て、やっぱり仲が悪いのかと疑う和。
「とりあえず、和君は車に乗ってね」
「……わかりました」
百紀が後部座席のドアを開ける。素直に車に乗ると運転席から一人の男性が和の方に振り向いた。
「よっ! 俺は平山義明、宜しくな」
そう軽く言って手を差し出す。
「えっと、こちらこそお願いします。平山さん」
差し出された手を握り返す。
「そう固くなる必要はないって。俺たちレグルスは軍隊だけど軍隊じゃない。良く言えば例外、悪く言えばはみ出し物。だから俺のことは気軽に義明って呼んでくれ。みんなそう呼んでるし。俺も和って呼ばせて貰うよ」
楽しそうに言う義明。
和はその表情に少し安心した。
「じゃあ、義明さん。一ついいですか?」
「おっ、どうした?」
「外にいる二人って仲悪いんですか? 今も何か言い争ってますけど……」
見ると、外にいる姉妹はまだ車内に入って来ずに、何か言い合っていた。
その様子と和の発言に苦笑いする義明。
「普段は悪くは無いんだけどな……」
外に居る二人に困った視線を注ぐ。義明から明瞭な答えが出ないままに、外ではなぜかじゃんけんが始まった。結果は百紀がパーで直がチョキだった。
すぐに笑顔で後部座席に乗り込む直。
百紀は苦虫をかみつぶした表情で自分の手を見た後、助手席に乗り込んだ。
「ヨッシー、早く出して!」
「おいおい、俺に当たんなよ。ったく」
不機嫌な百紀の言葉に、不承不承な返事を返してエンジンを掛ける義明。
そうして四人は裏門から学校を出る。その際に、裏門周辺でマスコミが何やら騒いでいたが和は特に気にも止めなかった。