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転入生

 かずは普段と同じ廊下を歩く。だがやはりというかいつもとは勝手が違って、彼を見つけた生徒は皆思惑ありげな視線を向ける。そんな好奇なまなざしを無視して、和は三年二組のプレートがある自分の教室に入った。

 教室に入った瞬間、騒がしかったクラスメイトがおしゃべりを止めて和に注目する。そして、一瞬の静寂の後にクラスメイトが和に詰め寄る。


「おい堺、お前やばくね」、「ねぇねぇ、テレビすごかったよ」、「朝、隣にいた人は誰なんだよ?」といろいろ質問を投げかけられる。マスコミと同じ形だが、和はあまり同等の感想は浮かばなかった。気心知れた仲だからだろうか。

 そこに苦笑して困っている和を見かねて、眼鏡をかけたお下げの少女が止めに入ってくる。


「ちょっと、みんな! 堺君困ってるでしょ。あんまりしつこくするのダメだよ!」

 

 少女の声に圧倒されたのか、和に集まっていたクラスメイトは「わ、悪い」、「ごめんね、堺君」と騒ぎが沈静化する。


「いや、大丈夫。委員長もありがとう」


 和の言葉を聞いて止めに入った少女――委員長は同情の視線を向ける。


「大変だったでしょ。私も昨日、家族とご飯食べているときにテレビ見ていて、驚いちゃったんだから」


 委員長の言葉を聞いて他も口々に「俺も俺も!」、「びっくりしたよね」と口にする。

 そんな騒ぎの中、「ちょっとどいてくれ~」と教室の外にいる野次馬をかぎ分けて入ってくる男子生徒がいた。そして、その男子は和を見つけるやいなや、


「和! てめえ、あの女の人は誰だ? 俺に紹介してくれよ!」


 大きな声でそう言い、和にアームロックを掛ける。


「ちょっと、おまっ!」


 絶妙の力加減で和を締め付けるこの男子――柴崎健しばさきけんは短髪で目力が強い印象を他人に与える。


「ちょっと、柴崎くん。止めなさいよ!」


 委員長がすぐに鋭い声で止めに入り、その声であっさりと引き下がる健。


「ったく。登校中にワンセグ見てたけど、あの人すげえな。銃ぶっ放すなんて」

「やっぱり放送されてたのか……」


 健の言葉を聞いてうなだれる和。そのうなだれる肩に手を置いて健、は無邪気な声を掛ける。


「でも、すげぇかっこよかったぜ。あの人紹介してくれよ。なぁ、和!」

「あの人は止めといた方が良いと思うぞ……」

「何で? 美人じゃん」

「まぁ、そうだけど……」


 歯切れの悪い和だったが、そうやって教室前で騒いでいると始業のチャイムが鳴り響いた。

 チャイムが鳴り終わると同時に、教室の前のドアが開く。


「おーい、騒ぐ気持ちはわかるが席に着け!」


 女教師の安田唯やすだゆいが入ってくる。唯の言葉に生徒たちは席にそれぞれ座り始める。和も自分の席、窓際の後ろから二番目に着く。


「いや~、でもお前これからマジでどうすんの?」


 席に座った和になおも話しかけてくる健。ちなみに健の座席は和の前であった。


「あんま詳しいことは、まだ聞いてないからよくわかんねぇ。とにかく学校に行けって言われた」


 和の説明に苦笑いする健。


「じゃあ、ホームルーム始めるぞ。まず堺! いろいろ大変だとは思うが頑張れ。一応困ったことがあれば相談には乗るぞ。みんなもなるべく助けてやれよ」


 唯が少し疲れた表情で素っ気無く言う。


「先生、少し疲れてません?」


 生徒の言葉に唯は溜息をつく。


「昨夜、急に仕事が山済みになったのだよ。誰かのおかげでな」


 細めで和を見る唯。その視線を正面から受けて、


「ちょっと、こっち見んの止めて下さいよ!」


 手を挙げて抗議の声を上げる和。

 和の抗議を受けて、にやりと口角を上げる唯。その瞬間に和は嫌な気配を感じた。


「さて、みんなにもう一つ伝えることがある。突然だが本日我がクラスに転入生が入ることになった。――では入ってきたまえ」


 至極あっさりと言い、廊下に待機している転入生を招き入れる。


 ――ガラッと教室のドアが開かれて金髪の少女が入ってくる。歩く度に揺れる長い髪が光沢を放っている。端正な横顔からは、はっきりとした強さを感じる。

 和はその少女に見覚えがあった。

 教壇に立つ少女――それは昨夜に堺家を訪れた千歳直ちとせなおであった。


 思いもよらない美少女の登場に教室内の男子生徒が歓喜の声を上げて、女子生徒も目の前の少女に息を呑む。


「お前ら、うっさいうっさい。静かにしろ」


 男子生徒の歓声にこめかみを押さえて顔をしかめる唯。

 教壇に立つ直は教室内を見渡して和の姿を見つけると、にっこりと微笑んだ。


「おい、和! ついに俺の時代が来た! 彼女、俺を見て微笑んだよ。一目惚れってやつか、これ! くぅ~、参ったね」


 直の微笑みを勘違いしたのか、健が後ろを振り向いてだらしない顔を和に見せる。


「……それは良かったな」


 和は顔をヒクつかせながら答える。

 その表情は一抹の不安を感じさせるかのようだったが、健はそれには気付かない。


「あ~、じゃあ自己紹介を頼む」

「はい」


 透き通る声に騒動しかった教室が静寂に包まれる。


「本日からこのクラスでお世話になる千歳直と申します。皆様どうぞ宜しくお願い致します」


 クラス中に澄み渡る声で自己紹介をして、丁寧なお辞儀をする。


「ひゃっほ~」、「最高だぜ!」、「このクラスで良かった~」と再度騒ぎ出す男子生徒。女子生徒はそんな男子たちを見て呆れるばかりである。


「じゃあ、柴崎。机を廊下に持ってきているので、そのまま用意を頼む」

「わかりました! 俺の隣でいいですね。すぐ用意します」


 健の一言に非難の声を挙げる他の男子生徒。女子は「最低~」と冷たい眼差しを向ける。

 そんなやり取りが行われている中、直はカツカツと歩き、和の目前で止まる。そして、和の隣の男子生徒に向かって、


「すみません。私、こちらに座りたいのですが……。申し訳ないのですけど、退いて下さいますか?」


 にっこりとした表情でそんなことを言い放つ彼女に、隣の男子生徒はおろか周りの生徒も呆然とした。


「あ~、お前らメンドクサイからそれで良いよ。じゃあ千歳の席は堺の隣な。柴崎! 固まってないで早く用意しなさい」


 無慈悲な宣告をする唯に、悲しそうに健は机を用意する。

 その様子はクラスに哀愁を漂わせた。


「……どうぞ。座ってください」


 和の隣に席を用意して、がっくしと肩を落とした健の背中は寂しげである。


「すみません、ありがとうございます」


 健にお礼を言って用意された席に着く直。


「隣になりましたね。宜しくお願いします、和さん」

「あ、ああ。宜しく」


 さも偶然であるように言ってくる姿に和はただそう返事をするしかなかった。

 


 慌しいホームルームが終わって一限目も無事に終わる。昨日のニュースに加えて、美少女の転入生もいるとのことで廊下には人盛りが出来ていた。

 そんな騒ぎの中心人物の一人が和に話しかける。


「昨日は突然訪問して、すみませんでした」

「いや、もう気にしてないから……」

「そうですか。そう言ってくださるとこちらも助かります。……あの、もう一つ唐突なことを言っても良いですか?」

 

 身体をもじもじする直。


「な、何……?」


 和は若干少しうろたえる。直はその返事を受けても中々話し出そうとしない。

 しばらく時間が経ち、意を決したかのように口を開いた。


「あ、あの、今後、か、和さんと名前でお呼びしてもよろしいですか?」

「……えっ?」


 思わず間の抜けた声を発する和。特に何でもないことだったので気楽に答えることにする。


「別に良いけど……。っていうか昨日から呼んでなかったっけ?」


 最後の方は小声だったが、和の返事に直は頬に手を添えて、うれしそうな顔をする。


「じゃ、じゃあ、私のことも直と呼んで下さい。千歳だと今後姉さんと区別がつきませんから……」


 顔を真っ赤にして、さらに追加の言葉を投げかけた。


「へ~。やっぱり姉妹だよな。今朝、百紀さんからも同じことを言われたよ」


 和の言葉、具体的には『百紀』の単語に表情を固まらせる直。


 数秒後、


「……ちっ」


 何か聞こえた。


「今、舌打ち――」

「してませんよ」


 即答だった。

 表情は微笑んではいるが、先刻までのモノとは違うように見える。


「もしかして百紀さんと仲悪い?」

「いいえ、悪くないですよ」

「そ、そうか。まあ確かに百紀さんだけ名前で呼ぶのも変だし。直って呼ぶよ」


 和は嫌な汗を背中にかきながら言った。


「そうですよね! ありがとうございます、和さん」


 その言葉を受け直はこぼれるような笑みを浮かべた。

 そんな和たちの会話に入りづらいのか、周りは聞き耳を立て様子を伺っていた。そして、ようやく会話の区切りを見つけた健が割って入ってくる。


「ねえねえ、俺、柴崎健。直ちゃん宜しく。俺のことも健って呼び捨てでいいよ」


 爽やかに好青年を演じて自己紹介する健に、にっこりと答える直。


「宜しくお願いします、柴崎さん。あと、私の事は千歳でいいですよ」

「…………」


 固まる健に誰も何も言えず、あまりの哀れさに特に男子生徒はただ口に手を当てて涙を流した。


「ところで和さん? このクラスで一番和さんと親しい女性はどなたですか?」


 ぞくりと背筋が凍る声で尋ねる直に、周りの生徒は何かを感じたのかドン引きしている。

 戸惑いながら和が周りを見渡すと女子生徒は目を逸らす。

 こっち見ないでよと言わんばかりの光景に、和は口をヒクヒクとさせる。

 昨夜からの急展開な状況に流されてきた和だが、ついに反撃を決意する。その心境は、


(いつまでも受身一辺倒でやってられるか! 伊達に三姉妹一男の家庭で育ってはいないんだよ!)


 と心が燃えていた。


「実は俺、クラスの女の子みんなとすごく仲が良いんだ。もうハーレ――」

「嘘です」


 鋭く遮られた。しかし、和は怯まない。


「いーや、嘘じゃないぜ。現に俺はみんなのことを直と同じでファーストネームで呼んでいる。そうだよな! 凛、明美」


 とりあえず和は目についたクラスメイトの名を呼ぶ。


「…………」


 しかし、呼ばれた女生徒たちは目を合わそうとしない。


 その様子を見た直は、


「……それでは、質問を変えます。このクラスの委員長はどなたですか?」

「ヒッ!」とどこからかそんな悲鳴が聞こえてくる。


「確かに俺は委員長とは転入当初から仲良くしてもらっているけど――」

「委員長はどなたですか? 安田先生は和さんと仲が良い女性は委員長さんだとおっしゃってましたが……」


 既に先手を打っていた直。


「あ、あの千歳さん。私が委員長だけど別に堺君とは何でもないよ」


 恐る恐る出てくる委員長。その姿はぷるぷると震えている小動物のようだ。


「あなたが……。そうですか」


 目を細めて委員長を捕捉する直。


「おい直、委員長が怯えてるじゃないか! いいかげんにしろよ。そもそもお前何だよ。俺たち昨日が初対面なのに、その態度おかしくね?」

「え、でも、そ、その……」


 少し声を荒げて言った和に、直はしゅんとして口ごもってしまう。


「昨日? 昨日も会ったのか、お前たち!」


 いつのまにか正気になった健がつっこんでくる。

 和は健を無視してさらに言葉を投げかけようとするが委員長に先に止められた。


「堺君! そんな言い方はかわいそうだって。千歳さん新しい学校に来て戸惑っているんだよ。――千歳さん、ごめんね。私もちょっと驚いちゃって」

「……い、いいえ、私もすみませんでした」


 素直に謝る直に委員長は微笑む。


「みんなも堺君や千歳さんに激しく問いただすのは止めよ?」


 さすがの委員長で周りの生徒たちへのフォローも欠かさない。周りも特に気にはしていないようで、「千歳さんは狙えないなぁ」、「もしかして三角関係」、「あの二人あやしいよね」とにぎやかに話す。

 こんな会話がされている内に休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り渡る。そのチャイムで騒いでいた生徒たちは席に戻っていく。


 そんな中、和は隣にいる直に話しかける。


「あのさ、とりあえず詳しいことは放課後なのか?」

「はい、放課後に説明します」

「そっか、わかったよ。まぁ、とりあえずみんなを困らせるのは止めてくれ。みんないい奴だから」

「はい……」


 直の声色は萎んでいたが、それにかまうことなく和は次の授業の準備に入ったのだった。


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