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登校

 二人が外に出ると、やはりというかさかい家から一定距離離れていた報道陣がここぞとばかりに二人に殺到した。


「堺君! 今の心境を教えてください!」、「堺君、コメント下さい!」、「昨日はどうでしたか? 眠れましたか?」、「堺君、こっち向いて!」、「事前に指名されることは知っていたんですか?」などと騒ぐ。


 この時点で苛立つかずだが、先程の百紀ゆきの言葉を思い出して何とか表面上は取り繕う。しかし、和の周りはそうはさせてはくれないようだ。勢いあまった報道陣のカメラがゴンッ、と和の側頭部そくとうぶに当たる。

 痛む側頭部を押さえながらキッと睨んでも、カメラマンは謝りもせずに淡々とカメラを向け続ける。

 和のコメカミがピキピキとうごめき、怒りの表情になっていくのに対して百紀は苦笑いを浮かべる。


「ちょっと、何か答えてくださいよ! 視聴者も詳細を知りたがっているんですよ」


 このままではらちが明かないと考えた百紀は、


「詳しいことは後ほど発表します。すみません、通してください」


 周りに明確に聞こえる声でそう告げた。二人はそのままカメラマンやらアナウンサーやらを掻き分けて進む。

 しかし、そんな百紀の言葉もあまり効果がなく、二人は思うように進めない。このわずかな時間に心なしか和より百紀の顔つきの方が厳しくなっている。


「何でも良いんですよ! 昨日天王寺さんが自宅に訪問してましたよね? 何を話されたんですか?」


 なおも投げかけられる質問に何も答えない二人の態度に何か思うことがあるのか、一人の眼鏡の記者が少し声を荒げる。


「おい、ちゃんとコメントしろよ! 出来ない理由があるのか? そもそもそこにいる高校生でヒーロー務まるのかよ? 君、昔事故で怪我したのだろ。夢絶たれたんでしょ? 完治したの? どうなの?」


 悪意に満ちた痛烈な言葉が和に投げかけられる。

 その流れに便乗するかのように口々に、「そうだ、そうだ」、「確かに。この子で大丈夫か?」、「やっぱ不安だよな」などと他の連中も喚き始める。

 一年半前のことを思い出して、先程まで沸騰しかかっていた和の頭が急速に冷えた。

 和の頭の中にはマスコミは、敵意ある言葉で傷つけ、あわよくば言葉尻を掴み、演出を付けて報道するという図式が完成されていた。

 そうして、和はこの一連の流れに見下げ果てた。


 パァンッ――!!


 突如、空に銃声が鋭く鳴り響いた。

 音の出所を見ると、百紀が真上に自動拳銃じどうけんじゅうを向けていた。その銃口からは白煙がわずかに漂っている。


「――邪魔。さっさと退いて」


 静かに、しかし怒気を含んだ声色で百紀は言い放って銃を真正面に向ける。百紀の表情には鬼気迫るものがあった。

 静まり返る辺り一帯。銃を向けられていることに気づいた報道陣はヒッと短い悲鳴を上げて二人から距離を取る。


「……和君、行きましょう」

 

 和の手を掴んでさっと進み出す百紀。

 報道陣は百紀の気迫に押されたのか、それ以上追ってはこなかった。


 先程の騒動以降、二人は黙々と歩いている。登校途中の他の生徒も昨夜のテレビを見たのだろうか興味深げな視線を和に向ける。何人かと登校している生徒は、ヒソヒソと囁きあっていたり、きゃっきゃっと会話のネタにしているようだ。


「あの、百紀さん。とりあえず手を離してもらってもいいですか?」


 さすがに少し気まずくなったのか、和がそう口にする。


「あ、ごめんごめん。気づかなかった」


 苦笑して手を離す百紀。

 登校前の元気さとは打って変わってしょんぼりしている。


「俺が言うのも何ですけど、元気出して下さいよ」

「……ごめん、我慢できなかった。和君に迷惑掛かるから、キレないようにしてたんだけど……。駄目だった」


 反省しているのか百紀の声にはハリがない。


「いや、そんなことないですよ。俺、うれしかったです。怪我したときもいろいろ言われましたけど、その時の鬱憤を代弁してくれた感じがして、すごくすっきりしました。――そんなことより発砲しちゃって良かったんですか? カメラに撮られていたし、問題になるんじゃ?」


 そんな和の気遣いに百紀は一度目を閉じる。そして次に和の顔を見つめる百紀の表情は、今朝ように元気になっていた。


「大丈夫、大丈夫! 権力には権力よ。もみ消し上等」


 声色も元に戻ったことを確認した和は最後に一言付け足すことを忘れなかった。


「次、キレそうになったら事前に言ってくださいよ。俺も昔から溜まっているものがあるんで、次は俺がキレますから」

「ふふっ、オッケ~」


 和の言葉にニヤニヤする百紀だった。


 その後、二人は何気ない会話をしつつ登校した。校門付近に来ると、やはりというか先刻とは別の報道陣が集まっていた。


「やっぱりいますね。このまま正面突破で行きます?」

「いいえ、塀の上から行きましょう。私が壁を背にして手で和君を押し上げるわ。――さっ! やりましょう」

「いやいや、余計注目集めますよ。ほら、何人かのマスコミはこっち見てますよ。それに登校している生徒も多いんですから」


 校門付近ということもあって、さっきよりも生徒の数が増えている。学生服を着ていない女性と一緒に歩いているということもあり注目度も抜群だ。そもそも和一人のほうが気づかれないんじゃないかとさえ思う。


「冗談よ、冗談。正面突破で行くわ。さっきの失態を取り消すチャンスよ」


 意気揚々と歩く百紀の背中に和は一抹の不安を覚えるのだった。


「おい、来たぞ」、「よし、行くぞ」、「カメラ準備オッケー?」、報道陣は口々に言い二人に向かう。

 周りの生徒はその勢いに圧倒されている。


「よし、和君! 行くわよ」


 百紀は和の方に振り返り、いきなり和の両手を掴んで足払いをきめる。


「えっ?」


 思いもよらない行動になすがままにされる和。そうして倒れる途中で肩と腰を持ち、和を抱きかかえる形を取る。俗にいうお姫様抱っこである。


「ちょっと何してんすか!? マジ降ろして下さいよ」


 突然の出来事に恥ずかしがる和をよそに、百紀はニッと笑うとそのまま走り出した。


「はいはい! すいません! 退いて下さいね~」


 虚を突かれた報道陣が戸惑う。それはそうだろう、取材対象が女性に抱きかかえられてこちらに走って向かって来るのだから。


「危ないよ~。そこ邪魔よ! もう、退いてってば!」


 百紀が強引にマスコミの中を掻き分ける。和はというと最早抵抗する気を失せたのか百紀の腕の上でなすがままにうな垂れている。

 その表情からは生気が失われているようだ。


「ほらほら、コメントはなしの方向よ。ほら、前空けて!」


 たまに和を振り回して和の足をカメラやマスコミの人にぶつける。そうして、何とか学校の敷地内に入る二人だった。さすがに報道陣は学校の敷地内までは入っては来れないようだ。


「よし、任務完了!」


 和を降ろして陽気にサムズアップする百紀。

 気持ち良い汗を拭うかのような仕草をする百紀に和は思う。


(ふ、ざ、け、る、な)


 周りの生徒の奇異の眼差しも何とやらな百紀。


「これで私の名誉挽回ね。後の説明は直に任せるわ、頑張ってね~」

「ちょっと待て……」


 和が抗議の声を上げようとするが、百紀はそのまま手を振って走っていく。


「くそっ、今度会ったら覚えてろよ」


 文句は誰に聞かれることもなく賑やかな校内にかき消されて、好奇の視線に晒される和だけがその場に残った。


* * *

 

 和を校内に送った百紀は校門から外へ出て、恨みがましい顔をしているマスコミの方へと体を向けた。 そして、マスコミに対して笑顔を浮かべて、


「お疲れ様です!」


 と大声で言い、中指を立てすぐに走り去った。

 背中越しに何か罵声が飛んでいるが、気にも留めず走り去る百紀に車のクラクションが鳴る。

 その音に振り返り笑みをこぼす百紀。


「ヨッシー、お迎えご苦労!」


 自身の横に停車した車の助手席に乗り込む百紀。車が動き出すと、すぐに横から呆れた声が届く。


「お前何してんの? 中指はダメだろう」


 運転しながら声を掛ける若い男性――平山義明ひらやまよしあき。茶髪で見た目は少し軽さを感じさせる。見た目は二十代前半、服装は百紀と同様の黒い服だが男性用なのか少しだけ違う。


「うるさいわね。和君が出来ないことをするのが私たちの仕事よ。それにマスコミ嫌いだし、私」

「その主張はいろいろ間違っている気がするが……。まあ中指は置いておいて、何マスコミに向かって発砲してんの?」

「マスコミに向けてないわよ! 空に向かって撃ったのよ。それに大丈夫だって、司令なら何とかしてくれるわよ」


 さも私は悪くないと言わんばかりな態度を取る。


「上官の仕事を増やしてどうすんだよ! そもそも家から車で送れば良かったんじゃねえか?」


 義明は溜息をつきながら、当然の疑問を投げかける。


「そんなの知らないわよ。歩いて行けって言ったの司令なんだから」

「マジで?」

「そうよ!」


 そうして窓から映る景色を眺める百紀。これ以上この会話はしないとの雰囲気を醸し出す。

 その空気を察して義明は別の話題を出す。


「それで実際、彼に会ってみてどうだった?」

「……別に。何も思うことは無いわ」

「ふーん。そっか」


 義明がじっと百紀を見る。その視線が気に障ったのか外の景色から義明に視線を移す。


「何? 何か言いたいことでもあんの? 前見て運転しなさいよ」

「別に……。ただお前が気に病む必要はないんじゃないかと思っただけ」


 それだけ言って、義明は視線を前に戻す。


「……気にしてない」


 ぼそっと呟く百紀。

 その後、二人はそれ以上の会話をすることなく、車はただ目的地へと走り続けた。


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