表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

『ヒーロー』に指名される日 (後編)

 時刻は午後八時。

 食事を終えた和歌わかたちも自室に戻ることなく、かずと一緒にリビングにいる。

 自宅の外は騒がしく、マスコミが大挙している。まるで、獲物を見つけたハイエナのようである。

「ここが堺和君のお宅です」「堺く~ん何かコメントを!」などなど好き勝手、外で騒いでいる。


「お母さ~ん、うるさくていい加減切れそうなんだけど……。文句言ってきていい?」


 和歌が台所で食器を洗っている母に苛立たしく声を掛ける。


「もう少し我慢なさい」


 知恵ちえは平然として食器を洗っている。


「この状態しばらく続くの? 勘弁してよ~」


 辟易としながら和歌が首を振る。


「…………」


 もう一人の姉であるかおりは無言で雑誌に目を落としている。しかし、内心イライラしているのだろうか、たまに舌打ちの音が聞こえる。


「お兄ちゃん……」


 和泉いずみは不安なのか和にくっついてテレビを見ている。

 三人とも自室に戻らないのは、和を思ってくれてのことなのだろう。和にとってその気持ちは凄くうれしいものだった。

 そう和が思っていると、なにやら外がより一層騒がしくなった。


「何なのよ! うっとうしい!」


 和歌が窓に近寄り、カーテンの隙間から外を覗く。

 和も気になって和泉と一緒に和歌の隣に場所を移った。


 そこには統率された動きで自衛隊員がマスコミを退去させ始めて、マスコミの中継車も移動させられていた。代わりに、小型トラックと軽装甲機動車けいそうこうきどうしゃがそれぞれ一両ずつ家の前に停車しようとしていた。


「自衛隊まで来ちゃった……」


 和泉が外を見て呆然としている。


(何だか嫌な予感がしてならない)


 和がそんな気持ちを抱いているとピンポーンと家の呼び鈴が鳴った。


「はいはい、今行きます。あんたたち、今からお客様が入って来るからソファーに座ってなさいね」


 知恵が濡れた手を拭きながら暢気のんきに玄関に向かう。

 有無を言わさず進行する事態に、和たちは溜息をつきながら従うしかなかった。


 そうして知恵がリビングに戻って来る。傍には二人の来客がいた。

 一人は先程テレビで見た格好と同じ黒のスーツを着た天王寺悟てんのうじさとる。そしてもう一人は黒のコートを着ている若い少女だった。


「失礼します。いやぁー、騒がしくしてしまい、大変申し訳ないです」


 悟はリビングに入ると、膝に手を付いて頭を下げてきた。傍にいる少女も丁寧に頭を下げている。

 その反応にどうしていいのかわからず和たちも何となく頭を下げる。

 そうして和が顔を上げると悟の隣にいる少女と目が合った。和を見るその瞳はまるで何かを訴えかけるような、そんな瞳だった。


「大丈夫ですよ~。私たち家族はそんな気にしてませんよ。どうぞ、どうぞ、座って下さい」


 知恵が朗らかにそう答え、そのままおもてなし体制に入る。


(いやいや、明らかにみんな気にしているだろ……)

 知恵を除く堺家の面々は程度は違えど皆同じ思いであった。


「そうおっしゃって下さると、こちらとしても助かります。――それでは、失礼します」


 二人はソファーに腰を下ろした。

 和は改めて悟を見る。そこには熟練の戦士の顔つきをしていることが改めて窺え、服の上からでも見てわかるほどがっちりとした体格、そして訓練された肉体だと伺える。

 悟の隣に座った少女は、香と同じくらい腰まで伸ばした金髪で、十人中十人が間違いなく美人と答える容色な女性だ。年は和と同じぐらいだと推測できる。


 悟は和たちを見てにこやかにしている。が、連れの少女はというと、先程から和をずっと見つめていた。その視線に何だかいたたまれなくなってきた和だが、男の意地だろうか目を逸らさない。逸らすと負けのような気が和にはしたからだった。


「どうぞ、粗茶ですが」


 お茶を用意し、テーブルに湯呑みを置く知恵。


「すみません、おかまいなく」

「でも、びっくりしましたよ。事前に連絡頂いていたとはいえ、天王寺さんの後継が息子の和だなんて! ホントに和で大丈夫ですか?」


 知恵がソファーに座り、手を頬に当て、心配げに首をかしげる。


「……お、お、お母様! 私たちは和さんしかいないと考えています」


 少女は少し大きな声を上げ、膝に置いている手を強く握った。

 その時、ようやく和から外した目線は床に向けられており、少女の頬が少し熱を帯びていた。

 その仕草を見つめていた和に、なぜか姉妹たちが射抜くような視線を向ける。


「じゃあ、改めて自己紹介を。一代目関東地方のヒーロー、天王寺悟です。よろしく。実は本日の発表は私が提案し、防衛大臣と関東チャンネルの桜社長に承認を得て実行したことだ」


 陽気な感じで悟は言う。


「あ、つ、次は私ですね。私は千歳直ちとせなおと申します。以後、宜しくお願い致します」


 千歳直と名乗った女性は上品に自己紹介した。


(千歳? どこかで聞いたような名前だな)

 和は考えるようにこめかみに手を当てる。


「そ、それでは司令、時間もあまりないことですので……」

「そうだな。先程の引退会見で述べたように、和君には本日から正式に二代目関東地方のヒーローになってもらう。これは決定事項で個人の意思では変えられない。いろいろ不服だろうが今後は我々の指示に従ってもらいたい」


 悟は断言する。


「はぁ~」


 想像通りの展開に和は思わず溜息を吐く。


「こら! 和、失礼でしょ!」


 和の溜息に知恵は厳しく叱咤する。


「まぁまぁ、お母さん、大丈夫ですよ。彼の気持ちもわかりますから。――直君、今後の説明を」


 悟は穏やかに笑いながら場を進行させる。


「はい。明日はまず、和さんにはいつも通り学校に登校して頂きます。その後、学校が終わり次第に直接我々の本部に来て頂いて現場の説明をします。また、今後ご自宅はもちろん堺家の皆様にも護衛はつけさせていただきます。何が起こるかわかりませんので……」


 そう言って、堺家の全員に千歳直は目を向けた。


「ちょっと待ってよ! じゃあ、またしばらくマスコミに追いかけられるの? 冗談じゃないわ! 私たちは平気だけど、和には昔と同じつらい思いはさせたくないわ」


 今まで流れに身を任せていた和歌は、声を荒げながら答えた。


「そうね。しかも今回の騒動は昔の比じゃないわ。私も納得がいかないわ」

 

 香も和を守ろうとする。


「お兄ちゃん……」


 和泉は変わらず和の袖をきゅっと強く握っている。

 悟は慈しい視線を姉妹たちに向けて、和に諭すように言う。


「和君、君のご家族が心配する気持ちは理解しているつもりだ。とりあえず明日本部には来てもらいたい。もし本当に嫌なら我々もそこで考えるよ」


 悟の言葉に重苦しい空気が流れるリビング。そのせいか外からの騒がしい声がはっきりと聞こえてくる。おそらく、マスコミと自衛隊が退去などで揉めているのだろう。

 その音を尻目に直が声を発する。


「和さん、お願いします。どうか私たちのヒーローになって下さい。もちろん私も全身全霊であなたに尽くします」


 熱っぽい視線を再び和に向ける直。


「えっと……」


 和がどう言おうか迷っていると横から和歌と香の声がかかる。


「和、今すぐ断っちゃえば? さっき目標を見つけなさいと言ったけどこれはないわ」

「和歌の言うとおりね。和、止めたほうがいいわ」


 二人の姉が冷たく言い放ち、直を睨む。

 その視線に気づいたのか、直はにっこりと二人に微笑んだ。


「申し訳ございません。私は和さんに頼んでいます。いくら和さんのお姉様方でも今は少し静かにして頂けないでしょうか?」


 実にクールにぴしゃりと言い放つ直。


「「「…………」」」


 そのまま三人は、視線を交錯したまま微動だにしない。

 この光景に悟は額に手を当てて困っている様子だ。

 しばらく重い沈黙が流れる中、これを破ったのは和泉だった。


「わ、私はお兄ちゃんにやってもらいたいかな。もちろんお兄ちゃんの体のこととかあるから無責任に言えないけど……。でも、昔みたいに活き活きとしたお兄ちゃんが見たい。今のお兄ちゃん無理してるように見えるよ……」

「和泉……」


 和泉は目を潤わせて下を向いている。

 和は安心させるために、和泉の手に自分の手を重ね強く握った。

 その感触に和泉が顔を上げる。


「――お兄ちゃん。ごめんね」

「何言ってんだよ。サンキューな! 和泉」


 兄妹は見つめ合う。和泉にここまで心配させていたことに和は少し罪悪感を持ってしまう。

 その時、前方からカリカリと音が鳴った。和は音のする方へと目を向ける。

 そこにはギリッと爪を噛んでいる直がいた。

 直の仕草に若干引いてしまう和。しかし、すぐに持ち直して悟の方へと顔を向ける。


「まあ、実際こっちに拒否権はないんですよね? だったら、やりますよ」


 和の返答を聞いた悟は一度大きく頷き、熱意を持った声で言う。


「ありがとう。心から感謝する。我々は命を懸けて、君をバックアップすることを誓うよ」


 悟は大きな手を差し出して和と握手した。


 この日から世界が大きく変わろうとしていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ