茶番
武装攻殻を発現させ、背中にある推進装置で浮遊し現場に向かう。その際に緑色の粒子がチリチリと舞い散る。
この浮遊の原理は明確には判明してはいないが、装着者が飛びたいと感じた時に武装攻殻が自動で推進装置を作動させている。研究者曰く地球上の元素を利用し、変換しているとのこと。内輪では緑の粒子をマナと呼んでいるが、一般には深く浸透してはいない。
研究者たちは上手くこれを他の科学に流用できないかと日夜研究してはいるが、上手くいってはいない。
しかし、和にとって深く考えることではなかった。使用者が飛びたい時に飛べれば良いのだから――。
現場に到着すると、パトカーが五台、ライオットシールドを持った警察官が多数おり、重々しい雰囲気が辺りを支配していた。空には数台の報道ヘリが飛んでおり、スクープを逃すまいと必死である。
和が姿を見せたことを確認した現場指揮官らしき人物が駆け寄って来た。
「現場は事件発生から変化ありません」
「了解です。それじゃあ、これから要求通りに建物内に入ります」
「そうですか。お気をつけて!」
指揮官は自分より一回り年下の少年に礼儀正しく挨拶し、武運を祈った。
建物内に入った和は慎重に周りを見渡す。そこには犯人の姿が見当たらず、人質である女性がぐったりとした様子で床に座っていた。
「大丈夫ですか!?」
「……は、はい」
二十代後半ぐらいの女性が、憔悴した様子で俯いて答える。女性をこのまま外に連れ出したい和だったが、爆薬が取り付けられている為に迂闊にそれは出来ない。いっそ外してみるかと考えたところで――
「ようやく来たか……」
奥から苛立ちを隠そうともしない曇った声がした。やはりフードとマスク、サングラスをしている。声から犯人の目が敵意を醸し出していることが想像できる。
「あんたの要求通り来たぞ」
「ふん。とりあえず、その兵器を解除してもらおうか?」
「…………」
犯人の声を聞く限り男だと推測出来る。その犯人の要求に和は黙って従い、武装を解除する。
「……イヤホンも取れ」
言われるがままに無線とイヤホンを取り、床に放り投げる。
「ほらッ、要求に従ったぞ。次は何をすればいいんだ?」
和は煩わしい声で言い放つ。
「そうだな……。じゃあ、死んでくれるかね」
考える風を装い、手に持っている銃を真っ直ぐに和に向ける。
「…………」
和の額から汗が流れる。
「ふっふっふっ。冗談だよ。君には苦しんでもらわないとな」
男は和の目の前まで歩き、持っている銃で殴りつけた。
「ぐッ! っ痛~」
殴られた額を手で押さえ和は、うずくまってしまう。額が切れたのか血が滴る。
そんな和にさらに追い討ちがかけられた。
「ふんっ!」
強く腹を蹴られ、尻餅を付く。
「くっ! ッヤロウ!」
「何だッ! その目はッ?」
和の視線を受けて、男はズボンのポケットからある物を取り出した。C4の起爆スイッチである。
「これを起爆させてもいいんだぞッ!」
これ見よがしに装置を和に見せ付ける。
「ッ! だが起爆させるとあんたも死ぬんじゃないのかッ?」
和が反論すると、一瞬間を置いて、
「ふっ。私はもういつ死んでもいいんだよ……」
ポツリと呟き、
「だがその前に――」
和の方に顔を向け、そのまま蹴り上げる。
「がはッ!」
顔を蹴られて倒れ込む和。
「ふんッ! ふんッ! お前さえッ! あの時いなければ! 私はッ!」
何度も和を踏みつけ蹴る男。その勢いで被っていたフードが取れて、白髪交じりの黒髪が露になる。
――くそッ! いっそのこと!
黒い思いが和の頭によぎるが必死に目を背ける。
何度も和を蹴り踏みつける男。和の口に鉄の味が染み渡る。そうして、やがて疲れたのか男の動きが止まる。
「はあっ! はあっ! くそッ! もう殺してしまおうか!?」
銃口を和に向け、装置を人質に見せつける。
その時、ビクッと身体を震わせる男。
「……?」
その様子を腕の隙間から見た和だが、その姿はほんの一瞬であり、すぐさま男は頭を振った。
「くそッ! まぁいい……」
一息ついた男は、やがてボソッと呻いた。
「……しかし私にはさっぱり理解できんよ」
「……?」
「だってそうだろう? よく君は自分の将来を奪った男の娘と仲良く仕事が出来るもんだね……?」
和にとって理解出来ない言葉が放たれる。
「……あ、何言ってんだよ?」
「んん? もしかして君は知らなかったのか? くくっ、くぁははははっ! これは傑作だッ!」
大声で笑い出す男。そうしてしばらくの間、笑い続けた犯人は、不意にサングラスとマスクを取った。
四十代後半と見られる中年男性。目には隈がはっきりと出来ており、顔の血管がピクピクと蠢き、血走った目で和を見下ろしている。その面付きは異常であった。
「じゃあ、君は私のことも知らないのかな? じゃあ、自己紹介をしないとな。……ふふっ、初めまして堺和君、私は千歳卓と言う。百紀と直は私の娘だよ。そして、まぁアレだ、一年と半年前かな? 君を車で撥ねた者だよ」
「ッ!!! テ……メェ……!」
卓の言葉を聞いて、和は奥歯を噛み締め睨み付ける。
「気にいらん目だが……まぁ良い。そろそろ本題にいこうか。君はこれを知っているだろう?」
卓はしゃがみ込んで、和の目に起爆装置を持っている左手を見せ付ける。
「あッ?」
和は不快感を表しながら、少し腫れた目で直視する。起爆装置以外に気になるものはない。
「気付かないかい? これだよこれ!」
右手の銃でそこを差す。銃口の先には指輪が――。
「ッ……まさか!」
「そうだよ、君と同じ指輪だ。だから――」
――その時、裏手のドアが勢いよく開かれ、武装したSATの隊員たちがなだれ込んで来た。
「こんなことも出来るんだよ」
卓はすぐに発現させた。
――強化外骨格の人型兵器『武装攻殻』を。
「なッ! うっ、撃てッ! 撃てッ!」
隊員たちは突如現れた目の前のモノに驚きながらも、対象に向けて短機関銃を乱れ撃つ。建物内に乾いた音が響き渡る中、棒立ちで銃撃の嵐を受け続ける卓。
そうしてようやく銃撃の嵐が止まり、肩で息をする隊員たち。
「…………ど、どうだ」
一人の隊員が呟く。しかし、
「……ふっふっふっ、これは素晴らしいッ!」
両手を挙げて歓喜の声を上げた卓は両腰に備えられている銃、グレネードランチャーとマシンガンを手に取る。
「なッ!? 総員退――」
言い終わる前にマシンガンの大量の銃弾が浴びせられる。
「ぐはぁ!」、「がッ!」、「うわぁッ!」
そして間髪いれずにグレネード弾が連射される。
隊員の悲鳴と苦痛の声、そして爆破音が建物内に反響する。
「ハハハハハハッ!!!」
狂人の声が銃声音と合わせて木霊する。
数十秒後、ようやく銃声と爆発音が止み、部屋が静寂に包まれた。
「うっ……」、「くッ……」
生き残った隊員たちが倒れながら苦渋の声を漏らす。
卓はその状況を満足そうに見た後、視線を再び和に向けた。
「君たちの作戦は失敗のようだね。さて……次は君だ!」
和の頭を機械的な大きい手で楽々と掴み上げる。
「ッ! があああああああああッ!」
ミシミシと嫌な音がして、このまま頭が握りつぶされると錯覚するほどの痛みに和は声を上げずにはいられない。
「痛いかい? でもね、私の苦しみはこんなものじゃあなかったッ! あの時、あの時ッ!」
卓は握力を弱める。そうして床に倒れ込む和を一瞥した後、そのまま踏み込んだ。
「ぐはァッ!」
堪らず胃液を吐き出してしまう和。
「私の幸せだった家庭が一瞬で壊れてしまった……。それについて何か弁明することはあるかね?」
和から足を退けて顔を近づける。
「……ガハッ、ゲホッ、く……そ……野郎。お……前が……居……眠り……運転――」
「ッ! 黙れッ!!」
逆上した卓は和の身体を掴んで勢いよく壁に投げつける。もはや力が入らず、勢いそのままに壁にぶつかり倒れこむ和。
――駄目だ……。もう力が入らねぇ……。
くらくらする頭の中で和は諦めの声を呟く。もはや立つ気力すら湧かない。
「そろそろ限界かな。ふふっ、もういいだろう」
卓は喜びの声を上げてゆっくりと和に近づく。
「もう止めなさいッ! こんなのひどすぎるわッ!」
人質の女性が両手を縛られた状態で和のところまで走り、庇うように覆いかぶさる。
「――? 何を――」
卓が立ち止まる。
「ねぇ!? 大丈夫? しっかりして!!」
「ゲホッ! ゲホッ!」
込み上げる吐き気と朦朧とする意識の中、女性の方を見る。
「痛い? 苦しい? このままだと死んじゃうよ?」
女性は和の耳に口を近づけてそっと囁く。――それはまるで悪魔が取引を申し出るように。
「ねぇ、あいつ殺しちゃいなよ。苦しいでしょ? ……ねぇ? 思い出して今までの事を。理不尽な出来事を。今の自分の正直な気持ちを。きっとあなたの仲間も影で笑っていたのよ。犯人の娘と仲良くしていることに」
ぼうとする頭の中に女性の魅惑な囁きが響く。
和の頭に浮かぶ過去から現在のこと。順風満帆だった野球人生の突然の幕引き。自分が一番苦しいのに周りが騒ぎ立てる勝手さ。突然のヒーロー任命に自分を撥ねた男からの身勝手な暴力。物事は全て突然。理不尽に振り回される自分。影で嘲笑っている仲間たち。
「すべてが理不尽。こんな世界……いらないよね?」
和の胸が強く波打ち、指輪をしている左手が蠢く。
女性は至近距離で和と瞳を合わせる。
「憎いでしょ? 世界が。……でもね、今のあなたには力があるの。我慢しなくていいの。心を解き放つだけでいいのよ。――そして……全てを滅ぼしなさい!」
――そこで和の意識は途切れた。
「グガアアアアアアアァァーーーー!!!!」
咆哮しながら身を起こす和に漆黒の武装攻殻が纏われる。だが、それはいつもと様子が違った。
「グ……グルルル……グオオオォォーーー!」
悶えながら徐々に形状が変化していく武装攻殻。
フェイスはまるで獣のように凶暴に、背中、肩、肘、爪とより鋭利に尖っていき、全身が禍々しい形態になっていく。
「こ、これは、何だッ! こんなの聞いていないぞッ!」
目の前の状況に取り乱す卓。
人質だった女性が縛られていた縄を引きちぎり、取り付けられていた爆薬を外して床に捨てる。
「さてと、じゃあ私は帰るわ」
裏からさっさと立ち去ろうとする女性。
「ま、待て。私はどうすればいいッ? 話と違うぞッ! ただ私はいたぶれば良いと……」
「ええ、いたぶった結果がアレよ。これが私の望んでいたこと。まぁ直接は私が揺さぶったんだけどね……。茶番だったかしら?」
顎に手をやり考え込む女性だが、すぐに態度を取り戻す。
「とりあえず、これで彼を殺していいわよ。嬉しいでしょ? ようやく殺せるんだから。 ――まあ、無理だと思うけどね」
その言葉を残して、女性はほくそ笑みながら裏から姿を消した。
「くッ、くそ。まぁ良い。私にはこれがあるんだからな」
卓は再び腰にある武器を両手で構え、今だ蠢いている和に対して弾を全力で撃ち込んだ。




