出動
あの日、和がヒーローに任命されてから二週間が経った。
二週間の内の出動回数は三度と少し数が多い。
その内容は工場火災の人名救助、銀行強盗犯立て篭もり、テーマパークの爆弾予告と現在の日本を表すかのような中々にバラエティー豊かな物となっていた。そして、これら三件の事件は全て和が処理したのだが……。
〈和君、目標がもうすぐそっちに行くわ!〉
「了解です。このまま待機してます」
イヤホンレシーバーから聞こえる百紀の声に応対する和。二週間もいれば口調もそれなりになってくる。
現在、和は交通が規制された道の真ん中で立っていた。もちろん武装攻殻を装着している。
本部からの連絡によると銀行強盗犯が現在逃走中、上手く警察がこちらに誘導しているらしく、手筈としてはこのまま強盗犯がこちらに来たところを確保する予定だ。
この現場は街中にある監視カメラを媒体として本部にモニタリングされている。また外だけでなく、建物内の監視カメラも関東内なら本部で見る事が出来る。本部のネットワークが密かにほぼ関東内全ての場所に繋がっているのだ。もちろんこのことは極秘事項であった。
「ふぅ~、よし!」
漆黒の鎧の中で自らを落ち着かせるかのように一つ息を整える。
〈大丈夫か?〉
義明からの心配する声が耳に入ってくる。
義明は万が一、和が失敗した時の為に後方で待機している。
「大丈夫です。緊張はしてませんよ」
「そうか、頼むぜ」
落ち着いた声を出す和だが、義明は一抹の不安を隠せない。
「目標確認、これより対処します!」
前方から猛スピードで走ってくる車を武装攻殻のセンサーが捉え、和は構えた。
* * *
「おいっ、何か前にいるぞ!」
運転席の男が声を荒げた。
「ああっ?」
前方を注視する助手席の男。
「ちっ、あれが例の武装攻殻か!? くそっ、どういうことだよ! 計画と全然違うぞ!?」
苛立つようにダッシュボードを蹴りつける。
「こうなったらもう知らねえ。そのまま突っ込んじまえッ!」
助手席からの声に運転席の男はアクセルをさらに強く踏み込んだ。
* * *
速度を緩めるどころか、さらに上げる対象の車を見つめながら、和は両手を前に出した。
そして数秒後――
激しい衝突音と共にぶつかる和と車。
「くっ!!」
地面にめり込む両足とその衝撃の余波を受ける和。
いくら武装攻殻が頑丈であっても、中にいる人間には衝撃が伝わる。
猛スピードで突っ込んできた車は和の前で完全に停止していた。ボンネットが大破しており今の衝撃が相当のものであったことを物語っている。ちなみに、運手席と助手席共にエアバッグはきちんと作動していた。
「ううっ……。く、くそっ!」
車内の二人が意識朦朧としながらも、懐から自動拳銃を取り出して、車中から和に狙いを定める。
その姿と敵意を確認して急に怒りが込み上げてくる和。
「こいつらっ! うらぁっ!」
大破しているボンネットに飛び移って、そのまま両手を突き出した。両腕はヒビが入っている正面ガラスを軽々と突き破り、強盗犯二人の首を掴む。
「ぐっ、ううっ、ぐはぁ……」
唸り声を上げる二人は、そのまま強引に車外に放り出されて地面に叩き付けられた。
「がはぁっ! わ、わかった。か、勘弁してくれ……」
苦痛の声を上げながら強盗犯の一人が銃を捨て、両腕を上げて降参する。
「い、痛ぇ。くっ、くそがっ!」
もう一人は怒りが収まらないのか、猶も和に銃を突きつける。
ボンネットから降りた和はその動作を見て、車を両腕で掴んで持ち上げる。
「えっ…………」
呆然とその光景を見つめる強盗犯。
自分たちの車を軽々と持ち上げて、さらにこちらに振り下ろそうとする姿を視界に収め、さすがにもう一人も戦意を失う。
「…………」
和はそんな二人を鎧の中から冷めた目で見て、そのまま車を振り下ろす――
〈和君ッ!!〉
「ッ!!」
突如耳から聞こえた大声に、和は勢いそのままに車をあさっての方向に投げつけた。
落下した衝撃で辺り一面に鳴り響く轟音。
車の落下場所をあんぐりと口を開けて見つめる強盗犯たちは完全に戦意を失っている。
「……すみません、由里さん」
〈いえ~、大丈夫です~。今、警察が向かっているので、もう少しだけ待ってて下さいね~〉
謝罪する和の耳に、先程とは違いやさしい由里の声色が聞こえる。
その後、遠くから聞こえてきたパトカーのサイレン音。それを複雑な面持ちで迎えながら、和の四度目の出動は終わりを告げた。
* * *
カードを通してドアを開き、フロアに姿を現した和を待っていたのは、にっこりと笑みを浮かべて手招きをする南だった。
「…………」
肩を落としながら南の前に立つ。
「お疲れ様、和君」
穏やかなトーンに内心ビクつく和。
「…………」
「どうしたの? 返事は?」
「っ! お疲れ様です!」
レグルスに入ったとはいえ、まだ学生である和が軍人ばりの大声で返事をする。その表情は引きつってはいるが。
「ふふっ。さっ、これを見ましょうか」
そう言ってテレビを着ける。
『本日のニュースです。まずはこちらの映像、ヒーローである堺和君が銀行強盗の二人組みを捕まえた様子です』
画面には本日の一部始終が映し出された。
『いや~、見事ですね』
女性アナウンサーがコメンテイターに話しを振る。
『う~ん、でも少しやりすぎじゃないですかね? 天王寺さんの時はもっとスマートでしたよ。やっぱりまだまだ若いんじゃないんですかね。そもそも過去三回の出動も――』
そこでテレビが消された。
「とまあ、どこのニュースも似たような内容を言っているのだけど――」
和を見る南の目はメガネの光沢で隠れており、その表情は読めない。
和は叱責される覚悟を決めて、身体を強張らせる。
「今回は気にしなくても良いわよ。一般の人や街に被害が出たわけでもないのだから」
「…………えっ?」
注意を受けると思っていた和は呆気に取られた。
「どうしたの? また怒られると思った?」
「……はい」
素直に返事をする。
「ふふっ。正直ああいった人達が怪我を負うのは別に気にする必要はないのよね」
「ゴホンッ!」
窓際の席で座っている悟がわざとらしく咳をする。
「……っと、こんなことを言ってはいけないわね。今回は気落ちする必要はないわよ。しいて言えば訓練あるのみね。どうする和君? 午後から学校に戻る?」
「いえ、午後はトレーニングルームで身体を動かします」
「わかったわ。でもあまり無理は駄目よ」
「了解です! 失礼します」
そう言って、トレーニングルームがある地下へと和は向かった。
* * *
「少し心配ですね……」
和が去ったドアを見て言う南。
「うむ。工場火災では残された人を救出する際、落下物を防ごうとして建物ごと吹き飛ばしてしまい、火災が起きていない周りの建物に被害。テーマパークでは手元が狂っての爆弾処理失敗。銀行強盗立て篭もりもあやうく犯人を――」
「ああっ! 司令、止めてください! 関係各所からの苦情が……」
何かを思い出して頭を抱える南。それを尻目に、
「武装攻殻ってやっぱり自由に動きにくいものなんですか~?」
二人の元に歩いてきた由里が聞く。
「いや、そんなことは特になかったよ。それに和君も初めて装着した時は特に違和感はないと言っていたし……。う~む。由里君、一度病院に連絡をして検査の準備をするように言っておいてくれ」
「了解です~」
穏やかな声が響く中、悟は武装攻殻について今一度思いを巡らせた。
使用者の思いを具現化・顕現化が出来る兵器について。




