トレーニング~テレビ出演(前編)
エレベーターを使って、本部地下のフロアに到着する力と和。
フロア内には多種多様なトレーニング器具があった。
「司令曰く、武装攻殻は装着しているだけで体力を使うという。だから今から基礎体力を鍛えよう。体力に自信は?」
「えっと、ブランクがあるんで、あまり……」
「そうか、ならば鍛えるしかないな。そこのロッカーにウェアがあるから着替えようか。実は私はこう見えて体を鍛えるのが好きでね、私も参加するよ」
「よ、宜しくお願いします」
力の少し熱が入った声色に和は気後れしながら返事をした。
その後、二人はウェアに着替えてトレーニングを開始した。ただただひたすらに身体を動かし続ける二人。三時間後、そこには元気にシートアップベンチで腹筋運動を軽々とこなしている力と床に寝そべっている和がいた。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
プルプルと小刻みに震える身体は全力で酸素を取り込もうとしている。ここまで体力が落ちていたのかと情けない気持ちになる和。
「……ふっ、ふっ、どうした? 疲れたかい。ふっ、ふっ、まあ身体のこともある。無理せず、かといって甘えずにやっていこうか」
「はっ、はい」
軽々と腹筋運動をこなしながら話す力と息を整える和。
「ふっ、ふっ、それで武装攻殻の感触はどうだった?」
「えっと、何でも出来そうな感じがしました。上手く言えないんですけど……」
「……そうか。武装攻殻は使う者の意志が重要だそうだ。ふっ、ふっ、そう司令が以前口にしていた」
「意志……ですか?」
「ああ。例えば空を飛びたい、目の前にある重い物を持ちたいなど。思いを力に変換できるモノ、それが武装攻殻らしい。私はその話を聞いたときに少し恐ろしく感じたよ」
「恐ろしい?」
「誰かを助けたい、そういった事で力を発揮することは良いことだろう。だが、その逆はどうかね? 誰かを殺したい、滅ぼしたい、そういった時にも力が発揮されたら?」
運動を止めて和を真っ直ぐに見る力。
「…………」
「例えが具体的すぎたかな。だから君には切に願うよ。武装攻殻の正しい使用を……。――君には今、何か夢とか目標とかあるかな?」
先程とはまったく違う方向の質問に、和は微妙な顔をしてしまう。
何も言葉を発することが出来ない。
そうした沈黙の中、ガチャッと部屋の扉が開いて誰かが入ってくる。
「失礼します。和さん、そろそろ時間です。行きましょうか」
部屋に入ってきたのは直だった。
「行くって?」
「スタジオです。生放送です! 行きましょう」
「ああ、そっか……」
ゲンナリする和に対してタオルで汗を拭いながら力が言葉を投げかける。
「……和君。今答えられなくても、いつかきっと見つかるさ。人生とはそういうものだ」
「それだったらいいんですけど……」
穏やかに言う力に弱々しく答える。
そんな二人を見て、直は不思議そうに首を傾げた。
* * *
時刻は夜九時になろうとしていた。
和の波乱の一日はまだ終わらず、最大の難関が立ちはだかっていた。それは生放送でのテレビ出演である。
トレーニングルームを出てシャワーを浴びた後、和は本日何度目かの溜息を吐きながらスタジオへの廊下を直と一緒に歩く。たまにすれ違うテレビスタッフたちにはチラリと相変わらず含みのある視線を向けられる。その様子を見かねたのか、
「心配いりませんよ和さん。すぐに終わります」
にっこりと告げる直。
そんな直にちょうど良い機会とばかりに聞いてみる。
「えっとあのさ、一つ聞いてもいいか?」
「はい、何ですか?」
「今になってようやく言うけど――」
和は一度溜めを作って口にする。
「昼間にも聞いたけど俺に対する態度や行動についてなんだけど。俺たち昨日が本当に初対面? それにしては何つーのかな? こんな事言うのは自意識過剰でアレだけど、直の言動や行動に一種のアレを感じるわけで……」
和の要領を得ない問いに直は急に立ち止まる。その顔には先程までの笑顔は無い。
和も歩みを止めて直の返答を待つことにした。
「…………」
「…………」
お互いが無言になる。
直の表情からは何も読み取ることが出来ない。
少しばかりの時を要してようやく直は口を開いた。
「……すみません。実は嘘を吐いていました」
声は暗く低かった。
「そっか……。どうして?」
和の問いかけに俯く直。
「……実は私、開名高等学校に転入する前は京和高等学校にいたんです」
「……え?」
京和高等学校――以前に和が所属していた学校である。
当時、野球部に所属していたが怪我によって野球を断念し、家族の助言もあり三年になる直前に違う学校つまり開明に転入したのである。
「あの! ずっと、ずっと見ていました。遠くから和さんのことを。野球を楽しんでいた和さんを! だから……」
普段からは想像も出来ないほどに直が声を張り上げた。またその回答にすぐには声が出せない和。一、二分程そうしていただろうか、ようやく和は声を絞り出した。
「それだったら別にそうだと言ってくれれば良かったのに。別に隠す必要ないじゃん……」
「……でも、嫌な事を思い出させてしまうのが憚られて。――すみません」
そう言っても顔を上げない直に、和はすっきりとした声を投げた。
「……そっか。いや、答えてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ嘘を吐いて、すみませんでした」
和が歩き出し、少し遅れて歩み出す直。
そんな二人に気まずい雰囲気が纏わり付く。
そうして後ろを歩く直の表情は暗いままだった。
* * *
「さあ、みなさんお待たせしました。本日のゲストをご紹介致します。ただ今まさしく時の人となっております。過去に大怪我をして夢を挫折した悲劇の少年。しかし、昨夜まさかのヒーローに指名されるといった数奇な運命を辿っています。――ご紹介しましょう。堺和君です、どうぞ!」
女性キャスターの紹介にスタジオ内が拍手で包まれる。
その中を歩きながら、今の紹介に和の胸の内は若干の苛立ちが入り乱れる。
「どうぞお座りください」
「失礼します」
用意されたイスに座ると机の上には複数の紙が見えた。いわゆる台本というやつである。
ちなみにこのスタジオはお笑い番組などで見られる一般席などはなくて、目の前にはカメラと番組スタッフ、あとは直がひっそりとカメラ横で用意されたイスに座っていた。
「こんばんは。本日はこんな夜に来て頂いてありがとうございます」
「い、いえ、大丈夫です」
昔にいろいろなインタビューを受けて多少は慣れている和だったが、こういった番組に出演するのは初めてであり、また生放送ということもあってか、その緊張は隠しきれていない。
また和に質問する女性キャスターは事前に知らされていたとは言え、なぜか急遽変更している。このキャスター、実は一般視聴者の人気が非常に高くて美人である。そういったことには興味がなかった和だが、やはりいざ目の当たりにすると奇妙な色気を感じさせられて、そのことがより和を緊張させた。
そして女性の服装――谷間が非常に強調しており、スカートも短い。まるで視線誘導を誘っているかのようでもある。
「さて、それでは堺君。まずはいきなりヒーローに指名されての率直な感想をお聞かせください」
艶のある唇から明瞭な声が発せられる。
「そ、そうですね。え~と、感想としてはびっくりしたというのが一番です」
「あれ、事前には知らされていなかったんですか?」
「ええ。夜、家族でご飯食べていたらいきなりでした」
番組が本格的に始まった。
無難に答えて、さっさとこの場を去りたいと思う和であった。




