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レグルス(後編)

「話は今から五年前にさかのぼる。その当時、都心の駅再開発中にとある金属体が発見された。そしてその金属体に興味を示したのが飛田東とびたひがし博士だった」


 ――飛田東。表立って発表されてはいないが、数々の偉大な発明品が彼の手によって作られたと言われている。もっとも地位や名誉に興味がなく研究開発のみが彼を動かしているらしくて、世にはあまり出てはいない。


「その金属体は後にアダムタイトと名づけられた。そして飛田博士はアダムタイトの研究にかつてないほど没頭した。今考えると異常なことだったのだが、元々彼はマッドサイエンティストと呼ばれていたので、その時は誰も不思議には思わなかった。その研究を始めて一ヵ月後、彼はアダムタイトから八つの指輪を作り出した」


 そう言ってさとるは自分のデスクと思われる引き出しから小型の箱を取り出した。


「その一つが、これだ」


 箱の中から、禍々しい漆黒しっこくの色で鈍く光沢こうたくを放っている指輪が姿を現した。


「では早速だがかず君、これを着けてくれたまえ」

「……えっ?」


 突然に差し出される箱。

 悟の顔はひどく真剣で何かを期待しているようでもある。

 少し震える手で和は指輪を掴む。手にはひんやりとした感触がして、言われた通りに黒光りする指輪をはめようとしたところで、


「和君、指輪をするなら左手の親指がいいかもね。サムリングと言って望みが叶うと言われているわ」


 言われてみなみの方を向くと彼女は左手の小指に指輪をはめていた。

 和の視線に気づいて、さっと照れたように左手を隠す。ちなみに左手の小指はピンキーリングと言われており、恋人が欲しい時や現状を変えたい時に着けるそうなのだが、和はそのことを知らない。


「左手の親指……了解です」

 

 そう呟く和に、追加で誰かがささやく。


「私的には左手の薬指にして頂きたいのですが……」


 そうして、なぜかポッと頬を押さえるなお

 相変わらずの直を無視して、和はようやく左手の親指にはめた。

 その瞬間、指輪をはめた指と胸に痛みが走る。


「痛っ!」


 大した痛みではなかったのだが、和は反射的に指輪を外そうとした。


「…………ん? あれ?」


 いくら力を込めても指輪が離れることはなかった。

 よく見ると指輪が指に食い込んでおり、和の背中に嫌な冷や汗が伝う。

 和が顔を上げると、そこにはうんうんと満足げに頷いている悟と驚きと同情の入り混じった何だか言い表せない表情のメンバーがいた。


 和が抗議の声を上げようとするが先に、


「よかったよ、和君。今日から正式にヒーローだ」


 ほっとした表情をする悟。


「すげぇ。本当に外せないのか?」


 義明よしあきが和の左手を掴んで指輪を外そうとしたが、それは叶わなかった。グイグイと内側の皮膚に張り付いているようだ。


「ちょっ、痛いですって!」

「悪い悪い。しかしこりゃ無理だな。外すなら指を切断かな?」

「怖いこと言わないでくださいよ。いやマジで! これはどういうことですか?」


 悟に問い詰める。


「うむ。指輪が君を選んだのだよ。飛田博士曰くアダムタイトには意思があるとのことだ」


 意思? 和は指輪を見つめた。


「しかし、その当時はいくら飛田博士がそんなことを言っても、皆が半信半疑だったことは否めない。現に当時初めて指輪をはめた者は君のように外せないということはなかったんだ。和君、目をつむって思い浮かべて欲しい。今までテレビで見た武装攻殻ぶそうこうかくを」


 言われるがままに目を閉じてイメージする。テレビで見たヒーローが装備している武装攻殻。

 以前、悟が装着していた光輝く白の武装を。


「――――ッ!!」


 その瞬間、和の脳に武装攻殻の情報の渦が一気に入ってきた。その流れにしばらく身を任せる和。

 そして目を開けると既に和の全身には黒光りする鎧が覆われていた。アームスーツとも言えるかのようで手を動かすとガシャガシャと無機質な音が鳴る。動きづらいといったことも特に無い。


「どうやら武装攻殻の使い方が頭に入ったようだね。それでは武装を解いてみようか」


 言われた通りに武装攻殻を解除する。和は感覚的に覚えたようだ。

 鎧を解いた和の左手親指には、変わらずに黒い光がまたたいている。


「これで和君はいつでも武装攻殻を身に纏うことが出来るよ」

 

 この悟の言葉に百紀ゆきが挙手する。


「すみません司令。私が以前見た司令の武装攻殻は真っ白のボディーでした。しかし、今の和君のものは真っ黒、しかも少し形状も違うように見受けられました。同じ指輪は同じ武装攻殻ではないのでしょうか?」

 

 それを受けて悟は考える仕草を取る。


「八つの指輪毎に武装の形状が違うことは確かだが……。うーむ、確かに同じ指輪で武装攻殻の姿が違うということは今までの研究上なかったことだな。恐らく指輪の意思が関係しているのだろう」


 明確な答えを出すことが出来ずに少し申し訳なさそうな悟に指輪を触っている和が続けて質問する。


「まあ、この指輪はしばらく外せないということですね。じゃあ、他の七人も同じ状態なんですか?」

「う、う~む……」


 表情がさらに険しくなる悟を南が困窮こんきゅうした感じでフォローする。


「実はね、表立ってはいないのだけど他の地方の組織間って仲が非常に悪いの。昔、司令の指輪が外せなくなった時に他の地方にも同じことが起きているのか聞いてみたことがあるの。すると返って来た答えは『答える義理はない』と返されたわ」


 かぶりを振りながら南が続ける。


「司令の話の続きになるのだけど、八つの指輪が作成されて武装攻殻の存在が確認できた。その後、武装攻殻のさらなる研究に入るのだけど、それがとんでもない結果だったの。和君もテレビとかで見たかもしれないけど、単独で空も飛べて重い物も楽々と持ててしまう。おまけに耐久力も桁違い。もはやある種の兵器と言っても過言ではないの」


「そのとおりだ。南君が言ってくれたように武装攻殻一体で一国と争えるほどの兵器なのだ。しかも、いまだにその全てが解明されていない。まあ、そうした成果が出てから、さらに博士は研究に没頭した。そうして、一ヵ月後に博士は忽然こつぜんと残っていたアダムタイトと共に姿を消した」

 

 悟はそこで一旦説明を区切った。

 誰も声を発さずに部屋には時計の秒針の音だけが流れる。


「その後、政府はもちろん大慌てだ。事を重大に捉えて、すぐさま武装攻殻を世界に公開して博士を国際手配にかけた。そして半年後、武装攻殻を海外で使用することを禁止する条約『国際攻殻条約こくさいこうかくじょうやく』が制定された。なお博士は今だに見つかってはいない」


 ふう~と長く息を吐く悟を見て、南が引き継ぐ。


「そしてその一ヵ月後、二〇一一年二月に武装攻殻の正式運用が決定されたわ。指輪をそれぞれ北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州と地方ごとに管理することになり、日本全国バランス良く運用されることになったの。でもそこから徐々に地方との溝が出来ていったわ。……地方毎に一つの巨大な力を得てしまったせいね。正に過ぎたるは猶及なおおよばざるが如しかしら」


「確か~、近畿と関東が特に仲悪いですよね~」


 のほほんとした感じで由里が言うとすぐに反応する百紀。


「そうね。まあウチと関西は昔から比較されるからね。野球でもそうでしょ? 伝統の一戦ってやつね! くぅ~、燃えるわ」


 一人テンションが上がる百紀。


「まぁ、話が逸れたが、アダムタイトが発見されてから武装攻殻が運用されるまでが今までの話の流れになる。なるべく武装攻殻を兵器と国民に認識されないように、メディアを使用して救助や災害対策を前面に押し出しているのも政府の要望だ。そうして我々は活動してきたのだが――」

「そこで司令が一ヶ月前に突如正体を明かしたってヤツに繋がるってわけですか?」


 義明が言葉を紡ぐ。


「そうだ。話はさらに私が正体を晒す一ヶ月前、二〇一五年三月に関東チャンネルに一通の封筒が送られてきた」


 悟が再度デスクを開いて一通の封筒を取り出す。


「この封筒の中にこれらが入っていたのだ」


 封筒の中身から出てきた物、それは煌びやかに目を引く紅蓮の指輪と一通の手紙だった。

 不意にズキッと和の左手の親指に痛みが走る。


「その指輪……!」

「うむ。この指輪は検査の結果、アダムタイトで出来ていることが判明した。そして、こちらの手紙にはこう記されていた」


 悟が手紙を全員に見せる。そこには、


『八人のヒーローの正体を明かせ』


 全員がその内容を確かめたことを確認して悟はさらに続ける。


「我々はすぐに八つの地方に連絡を取って今後の対策を考えた。しかし正体を現すことに誰もが難色を示したんだ」

「……確かに難しい問題だな」


 りきが腕を組んで考え込む。


「そうやって一ヶ月は手をこまねいていたんだが、防衛大臣が密かに私に『すぐに動ける独立部隊を作るように』と指示してきた。そうやって作られた部隊がこの『レグルス』だ。一応、支持母体として関東チャンネルがある。メンバーはみんなが知っている通り各々をスカウトして集めて、そして先月に和君を除く隊員が揃ったんだ。それと同時に一向に進まない他の地方とのやり取りに、大臣は業を煮やした。このままでは何か大きな事件が起こるのではと考えた大臣は、関東だけでも先行してメディアに名乗り出るように言ってきた。私が正体を現すことで犯人の注目をまずこちらに移す試みでね」


「ちなみに~、この発表でさらに他の地方とは険悪になりましたよね~。連絡取ると皆さん冷たいんですよ~」


 今までの重い話を吹き飛ばすように由里が軽く言う。それを受けて和は、その話し方のせいではないのかと由里をじっと見つめた。そうして由里を注視していると急に太股がつねられる。

 そこに視線を移すと直がむすっとしていた。


「はっはっはっ。すまない由里君。他の組織は関東の独断専行に納得がいっていないのだろう」

「司令が気にすることではありません。こちらがわざわざ囮の真似をしているのですから。そもそも他の地方は腰抜けばかりか、ここ数ヶ月ヒーローの姿もみせないんですから……」


 南がぷりぷりと怒る。

 そんな中、不意に和が尋ねる。


「その赤い指輪、誰か着けたんですか?」

「ああ、検査のときに職員が着けたが武装攻殻を出すことができなかったよ。恐らくこの指輪も何らかの意思を持っているのだろう。もちろんここにいるメンバー全員試したがダメだったよ。今後も要研究だな」


 その答えを受けて、和が頭を整理する。


「えっと、二ヶ月前にレグルス発足で一ヶ月前に司令が正体を明かす。そして今月に司令が引退と。引退ということは何かあったんですか?」

「実は正体を明かしてすぐに指輪が外れるようになり、武装攻殻が出せなくなってしまったのだよ。突然の出来事に我々は驚いたと同時に急いで指輪を装備できる者を探した」

「それで俺を?」

「一種の賭けだったんだが、まあ確信はしていたよ。君は覚えてはいないかもしれないが、実は私と君は一度会ったことがあるんだ。その時に私は指輪の意思を聞いた。聞くというより会話したというのが正しいかな。その指輪は君に興味を示したのだよ。それ以来、一応君の動向は追っていたんだ」

「じゃあ、もし今日俺が指輪に選ばれなかったとしたら?」

「う、うむ。まあその何だ。……私は和君と指輪を信じていたよ」


 和の両肩に手を置く悟だが、和は顔を引くつかせた。


「私はね反対したのよ。事前に和君に試してもらって、そこから発表しようって提案したのに。和君のお母様だけにしか連絡しなかったのですから……」


 呆れ気味に言う南。

 確かにテレビで指名されて「やはり彼は違いました」だと話にならない上に非難が殺到するだろう。


「ヒーローというものは勢いが大事なのだよ、南くん! ……しかし、昨夜の発表から今日事態が動き始めるとはさすがに思ってもみなかったよ。私が正体を晒したときは何も起きなかったのにな」


 悟は自嘲気味に呟く。


「長い話だったが、これで今日に至るお話は終わりだ。ちなみに警察に問い合わせたのだが、先程の襲撃犯からは重要な情報は出て来ていないそうだ。わかったことは金で雇われただけで依頼主も不明というだけだったよ」

「まあそうですよね。あっさりとわかったら苦労しないですもんね」


 百紀が投げやりに言う。


「うむ。だから我々も備えなければならない。特に和君が一番危険だ。よって、武装攻殻の扱いとそれに伴う訓練を早速今から力君と行ってもらう」


 悟の言葉に力が頷く。


「了解。和君行こうか」

「……はい!」


 危険という単語を聞いて和は気を引き締めた。 


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