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スズメ殺害事件から一夜明け、つまりこちらの世界に来てから四日目。
地下牢にブチ込まれたあたしは途方に暮れていた。
「一体どうすりゃいいってのさ………」
突然言葉も通じない異世界に呼ばれて。身振り手振りで伝えられた使命は動物殺害。人間を殺せって言われてないだけマシかもしれないけれど、それでも理由なく動物を殺すなんてあたしにはとても出来そうにない。そりゃあさ、例えば作物荒しを減らす為に、とかなら分からなくも。
「分からなくも、ない……なんてそれじゃあこの世界の住人と一緒か」
牢屋に入れられて冷静になって、結局あたしもこちらの人も同じだと今更ながら思った。
作物荒らしを減らす為に動物を狩る。国民を危険から守る為に動物を狩る。それのどこが違うのか。違うとするならば、対象の動物が身近かそうでないかぐらいで……まだ日常生活で馴染みのない動物なら良かったかも。昨日の様子からするに、あたしが「動物」だと思っているものすべてがこちらでは「怪物」扱いになっているようだし。
「帰りたい」
心からそう思った。
こちらに来てからそう思ったことは多々あった。けれどもここまで心から思った事はなかった。元の生活が不満だらけだった、という訳ではないけれど不満が無いと言われれば嘘になる。遠い昔になりたかったもの、けれど諦めなければいけなかったもの。
違う。「諦めてしまったもの」だ。
他ならぬ自分が勝手に諦めて追いかけるのを止めて、それを他人の所為にし無難な道に逃げ込んで。そのくせ近しい人が夢を追いかけるのを応援している体で本当は妬ましく思っている、そんな毎日が嫌だった。
だからこの世界に来た時に少しだけ解放された気持ちになったのだ。言葉も通じず対応も最低限なものだったけど、心から帰りたいと思わなかったのは嫌気のさす毎日から逃げられたからだった。
けれどここで与えられたものは諦めてしまったものとは正反対の行いをするもので。
あたしはまた逃げ出したくなった、帰りたくなった。
「一番良いのはこのまま何事も無かったかのように帰還させてもらう、だろうけど」
それだったらとっくにしているだろう。「怪物」サイドの疑いのある存在を地下牢とはいえ城内に置いておくのはリスクが高い。それだったらさっさと元の場所に戻す方が安全だ。
「けど大体こういうのの帰還セオリーって召喚は一方通行だとか次の満月が来るまでとか、使命を果たさないといけないとかいう条件付きなんだよなぁ」
そもそもこちらの世界に所謂「魔法」という概念はあるのだろうか。少なくともあたしを呼んだ「召喚」かそれに準ずる不可思議な現象はあると思うのだけれど。
「最悪――――処刑か」
暗い場所に閉じ込められていると思考も沈んでいく。頭の中には最悪のシナリオしか浮かばない。
ベストエンドは帰還、次に現状維持ってことで城内で軟禁。ちょっと困るかなっていうのが着の身着のままで城から放り出され。そして、バッドエンドは処刑。
正直に言わなくても、怖い。知らない土地で死んでしまうかもしれないという恐怖。異世界で死んだ場合あたしの魂は何処へ行くのだろうか?お墓は作ってもらえるんだろうか?
もう少しで目に貯まった雫が溢れる、というタイミングでカシャリと牢の扉が音を立てた。
「だれ」
目を向けばあたしに張り付いていた女の人二人の、金髪の方が扉の前でしゃがんでいた。
「何か用?あたしの処遇が決まったの?」
金髪はあたしの問いに応えず牢の鍵を開けて出るように促した。
「これから処刑?もしかして公開なの?知らない人たちの前でとかなんて羞恥プレイだよ畜生」
軽口叩かないとやっていけない。自分で言っといて羞恥プレイってなんだよ、どっちかって言うと拷問だ。いやどっちも変わらない。
金髪はまたもやあたしの問いには応えない、だけれど口唇に人差し指を押し付けてきた。静かに、ということなのだろう。このジェスチャーは万国共通ならぬ万世界共通なのか。
一瞬ここで大暴れしてその隙に逃げ出そうかとも考えたけれど、城の構造が全く分からないからここは逃げられたとしてもどうせ捕まる。そんでもってその場で殺される可能性が高いと思って止めた。金髪は何やら大きめの袋を抱えていて気になったけれど、これから死ぬと脳裏に浮かべばそんな興味もすぐさま薄れた。
どれぐらい歩いただろう。数分に満たないようにも感じられたし、一時間以上歩き続けているような妙な気持ちだった。
「−05b、。;sn」
「……………え」
それまで俯きながら歩いていたあたしは金髪の声で顔を上げる。
目の前は、城壁。それからぽつんと小さい扉。裏口、なのだろうか。
「45718kふぉpれあk:」
「袋、くれるの」
「kgl;」
金髪がずいっと大きな袋を差し出してきて反射で思わず受け取ってしまう。中を開けてみろという仕種をしたので素直に開けてみると、服と金貨―多分こちらの通貨だろう―が数枚入っていた。
「これって」
「w90t、x………wぺうちお@」
袋と金髪を交互に見比べていると、金髪が何か言い………頭を深く下げた。
「――――ッ」
歩いていた時と同じように時間の感覚がよく掴めない。短い様で長い様で、よく分からない間ずっと金髪は頭を下げ続けていた。
彼女がどのような気持ちで頭を下げたのかは分からない。それに、この行為だって明らかに命令ではないだろう。あたしを連れて歩いている途中、ずっと彼女の纏う空気は張りつめたものだった。異世界の人間に背を向けて歩いている緊張からだったかもしれない、けれどそれだけではなかったのかもしれない。
「金髪、さん」
言葉が通じないということがこれだけもどかしいとは思わなかった。
彼女の名前が分からない、感謝の気持ちが伝えられない。
「ありがとう」
だから代わりに頭を下げる彼女の両手を自分の両手で包み込んで、目を見て、自分の言葉で御礼を言った。




