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最初に感じたのは床の硬さ。
次に、木の匂い。
「………、…」
何か声を出そうにも喉が渇いて出ない。
身体の節々から感じる痛みからまだ生きてる事を実感する。
一体あたしは今何処に居てどんな状況なんだろうか。目を開けて確かめるのが怖い。けれどそれでも、事実を受け止めなければ生き延びた意味がない。
ゆっくりと重い瞼を持ち上げれば、視界に入ってきたのは木の床と椅子、そしてテーブルの足だった。
「―――うぅ」
瞼を持ち上げた時と同じように痛みをこらえてゆっくり身体を起こしてみる。周りを見回すとどうやらあたしが寝転がっていたのはログハウスのダイニングだったことが分かった。
牢屋でないことにほっとしながらも、よく分からない状態に不安は隠せない。
「たしか」
確かあたしは気を失った筈だ。犬に粗末な手当てをして―――。
「い、ぬ!」
そうだ。あの時の犬は何処へ!あの手当で助かったのだろうか、兵士に見つからず逃げられたのだろうか?
テーブルを支えに何とか立ち上がって外に出ようとすると、ドアが外側からキィと音をたてて開いた。
「いぬ………?」
そこから中へ入ってきたのは枝を銜えた犬。犬?日常でよく見かける犬よりもずっと大きく顔もなんだか凛々しい。犬というよりもむしろ狼のような。
「ちょ、と。ちょっとまっておおかみ、さん。あたしたべてもおいしくないとおもうのよ」
どどどどうしよう。折角生きているのに、狼に食べられて人生終わってしまうのだろうか。
狼は立ち上がっているあたしを見て大きな目を更に大きくしたように見えた。左目は傷を負っている所為かちょっとしか大きくなかったけれど。
「ん?ひだりめに、きず?…もしかしてあのときのいぬ?いやおおかみだったの?」
狼はあわあわと混乱しているあたしの元へいつの間にやら近づき、口に銜えていた枝を足元に落とした。よく見てみると枝にはこぶし大の赤い実が数個ついていた。
その中の一つを狼が齧れば静かな室内にシャリっと気持ち良い音が響く。シャリシャリっと連続して齧った後で、狼はあたしを見上げながらまだ口にしていない実を鼻先でつついた。
「くれるの?」
しゃがんで恐る恐るその実を手に持つ姿を確認すると狼はまた赤い実を食べ始める。
人間が食べても平気かは分からないけれど、お腹は空いてるし喉も渇いている。それに先程から狼が出している音が飢餓感を更に増幅させて、仮に食べちゃいけないものだったとしてもきっと我慢が出来ないだろう。
「いただきます」
狼に一つ頭を下げてから赤い実に口を付ける。見た目と食べた時の音からリンゴの味を想像していたあたしは驚いた。
「ちょうピーチ」
どこをどう食べても桃の味がする。しかもちょっと早かったかな、じゃなくてじゅくじゅくに熟れたかなり濃いめの桃の味。最初の一つをペロリと完食し、ヤバイ調子に乗りすぎたと我に返った時には三つめを食べ終えて指に残った汁を舐めていたところだった。
「ごちそうさまでした」
じっと見つめる狼に、食べ始めと同じように頭を下げる。その反応に満足したのか狼は鼻を一回フンッと鳴らすとついてこいと言わんばかりにボロボロに汚れたあたしの服の裾を銜えて引っ張ってきた。
「お風呂場?」
狼に連れられてやってきたのはお風呂場。石造りの浴槽にはお湯が満たされており、隅に置いてある籠の中には代えの服が畳んで入れてあった。
「ウォッ」
「入れって?」
一鳴きすると狼は風呂場から出て行き、開けっ放しになっているドアの前でこちらに背を向けごろりと寝転がった。……俺は見ないぞみたいな意思表示か?こいつ雄か?
「それじゃあお言葉に甘えてお風呂いただきます」
ログハウスの住人の人が帰ってきたらどうなるんだろうという不安を抱えながらも、三日ぶりのお風呂の誘惑には耐えられない。
なんとなくドアを閉めてから、ゆっくりとお風呂を堪能させてもらった。




