表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あの日

作者: 明音

 コンクリートでできた道路は太陽の光を反射して鏡のようになっていた。季節は夏。まさに、体が溶けるような暑さが体を襲う。それでも歩き続けなければならない。家までは、まだ何キロもある。ちょうど、橋を渡るときに少年は橋桁を覗いてみた。河原には複数の少年と同い年くらいの男の子が水をかけ合っていた。ワイワイとはしゃぐ声が微かだが少年の耳にまで届いてくる。夏の日差しは休むことを知らないのか、どんどん周りの空気を熱していく。少年は暑いという単語を喉元まで出しそうになったが、どうにか堪えた。暑いと言うほどに、体感温度が一度くらい上昇してしまいそうだからだ。少年の足は棒のようになってきた。しかし、歩かなければならない。迎えを呼ぶという手段はあるにはあるが、少年は何となくその選択肢を拒んだ。ここまで、歩いてきたのだ。今更に迎えを呼ぶのが癪に障るのだろう。パカパカと目の前の信号機が点滅を繰り返す。だが、少年は歩みを止めることを好としない。一度立ち止まれば、もう二度と歩き出せる気がしない。全身からは止めどなく汗が流れ落ちる。喉はカラカラに乾ききっているが、水はない。ふと、少年の頭にある言葉がよぎる。熱中症、脱水症、日射病。夏の昼間に水分を取らずに随分と歩き進んでしまった。かれこれ三時間は経っただろう。さっきから、目が霞んで見える。車のクラクションが聞こえるような気がするが、少年は気にせずに歩みだす。白昼夢でも見ているのだろうか。先月先に逝ってしまった妹の姿が道路の真中に見える。少女はこっちに振り向いて、笑顔で手を振っている。少年は咄嗟に手を伸ばして少女の手を掴もうとしたが、しかしそれは幻。掴めるはずもない。いきなり道路に飛び出した少年に驚いたのだろう、何台もの車が急ブレーキをかけ渋滞を起こしている。それでも、少年はそれを気にかけない。少女の行方を必死に探す。車のクラクションが鳴り響く中、少年は意識を失った。

 ここは何処だろうと、少年はぼやけた頭で考えこむ。しかし、何も思い出せない。周囲を見ると、見慣れた白い壁があった。ここは先月まで毎日休むことなく通っていた病院の待合室だった。瞬間的に妹の笑顔が脳裏に過る。目頭が熱くなったのを感じた。もう、この世には妹はいない。その現実だけが少年のガラスの心を酷く傷つける。一人の看護婦がこちらに近づいてくる。大丈夫? 気持ち悪くない? 水が欲しかったら持ってくるよと、話しかけてくる。少年は大丈夫と、不覚にも目に涙をためたまま言ってしまった。看護婦の女性に余計な心配をかけたことに少年は罪悪感を感じ、涙を拭い去って元気良く大丈夫と言い切った。看護婦はそう、でも無理はダメよと少年から立ち去ろうとしたが、振り返りざまにこう言った。ここまで連れてきてくれた人にお礼を言わなきゃダメよ。その言葉で、少年は意識を失う前のことを思い出した。ちょうどその時、トイレから中肉中背の背広を着た如何にも弱々しそうな男性が出てきた。看護婦が言うにはこの男性が少年をここまで連れてきてくれたらしい。少年はその男性に一言二言お礼を言った。男性は良いよ良いよなどと言って手を軽くヒラヒラと振った。彼はこの近くに住んでいるらしく、少年が倒れたときに偶然出くわしたようだった。男性は少年にこれからは気をつけるようにと言って病院から立ち去った。時刻はもう五時を過ぎている。そろそろ帰られなければ、母親が心配するだろう。妹が亡くなってから、まだひと月しか過ぎていなのだ。あまりに帰りが遅いと、心配をかけてしまう。少年は看護婦にお礼を言って病院を出ようとしたところ、あることを思い出した。少年の診察料は誰が支払ったのだろうか。看護婦に訪ねてみるとどうやら、背広の男性が支払ったようだ。少年はどうにかこうにか男性の名前を聞き出し、病院を飛び出した。男性の家はこの近くらしく、名前を教えてもらったため簡単に見るかるだろうと思ったが、一時間二時間と探しても一向に見つからない。仕方がなく、少年は家路に着いた。家には真新しい仏壇が居間に鎮座していた。中央には妹の遺影だけが飾ってあった。母は未だに娘の死を受け止められないのだろう。毎日毎日、日が暮れるまで仏壇を見つめているばかりだった。父親はいつも残業ばかりで碌に家にいない。一戸建ての新築だというのに、まるで取り壊し前の住宅のように静まり返っていた。少年がただいまと言っても、その声はまるでなかったかのように時間が流れていく。この前までは何かしらの反応は示してくれたが、もう返事さえなくなってしまった。彼は冷蔵庫を開けてみるが、これといって食べれるものがなかった。仕様がなく、萎びたキュウリに塩をふって、腹を満たし少年は自分の部屋に戻る。最近、まともな食事を食べた覚えがない。彼は扉を勢い良く閉めると、布団の中に潜り込んだ。そして、羊を数えるのだ。この世界が夢であるようにと願いながら、少年は深い夢の世界に旅立つのであった。

 朝。夏休みの朝だ。少年は水道水を飲むと、家を飛び出した。ここにいると、息が詰まりそうだったからだ。何をすることもなし、少年は昨日のお礼をきちんと言おうと思い、背広の男性の家を探した。昨日探索した範囲にはなかったようだから、探索範囲を広げた。何時間と探すが、全然見つかる気配がない。度々、公園の水道水で喉を潤す。昨日の轍を踏まないためだ。昨日は妹のことが頭から離れず、あんなことになってしまったが、これからは気をつけることにする。夕暮れになり、家に帰る。母は仏壇の前に未だにいた。当然のように、少年が呼びかけても返事はない。彼は棚のカップ麺を食べると、すぐに寝た。少年は背広の男性の家を探すことがいつの間にか日課になっていた。朝、起きると直ぐ様家を出て家を探しに行く。しかし、夏休みの間毎日のように探しているのだが、全くもって見つからない。そして、夏休み最終日。少年は家に帰ると、母にただいまと言った。母の返事はいつもどおりにない。漸くのこと、少年は母親の体を揺すって呼びかけてみた。しかし、彼はこの行動に出るのがあまりのも遅すぎた。そこには、母と呼べるものはいなかった。ただ、母の服を着た死体だけがそこにはあった。少年は不思議と恐怖や、虚無感を感じることはなかった。彼はこうなることを予期していたのだろうか。それでも、彼は背広の男性の家を探しに出かけた。すると、少年は道端にあの男性の姿を見た。彼は男性に縋りつくように抱きつき、泣き喚いた。母親のこと、妹のことを泣きながら話すと、背広の男性はこう呟いた。全て君が悪い。その瞬間、少年の意識は途切れた。

 目覚めた時、あの病院の白い壁が目に飛び込んできた。看護婦が大丈夫? 気持ち悪くない? 水が欲しかったら持ってくるよと、話しかけてくる。違和感を感じた少年は彼女に今日の日付を教えてもらうと、驚愕した。電光石火で自分の家に走り帰る。乱暴に家の玄関を開け、母に抱きついた。しかし、すでに母は妹の元へと旅立った後だった。庭に目をやると、そこには妹の幻がいた。お前が悪い。そう妹は呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭の、少年が道を歩くシーンに描写力の高さを感じました。 [気になる点] 終わり方が非常にもやもやした気分を催します。 謎を残すにしても、途中までリアリティに満ちていた分落差が激しすぎて、…
2011/12/13 06:35 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ