第1話: 全天(あまね)く視線と、名もなき標(しるし)
初めまして、あるいはこんにちは。 数ある作品の中から本作を見つけていただき、ありがとうございます。
本作は、**「全能の奇跡」よりも「地道なメンテナンス」**を愛しすぎたせいで天界をクビになった元・創造神が、泥にまみれて世界の不具合を直していく、現場主義のエンジニアリング・ファンタジーです。
華やかな魔法で戦うのではなく、鉄パイプと論理で、歪んでしまった世界の仕組みを「再起動」させていく物語を目指しました。
まずは、かつて全知全能だった男が、初めて「自重」と「泥」に苦しむ、最悪の転落劇からお楽しみください。
元・創造神の俺にとって、世界とは「調整可能な変数」の集合体に過ぎなかった。
天界の最上層。無機質な白亜の空間に浮かぶ、巨大な魔導モニター。
そこには、俺が統括する第百二十八世界――「アステリア」のすべてが、細密なグリッド線と共に映し出されていた。
「北緯三十二度、東経百六十。大陸プレートの摩擦係数を〇・〇三下方修正。……これで向こう百年の地震リスクは解消される」
俺が指先で空間をなぞれば、地上では巨大な大地の唸りが収まり、数万人の民が「神の慈悲」を確信して祈りを捧げる。
俺の視点は、常に高度数万メートルからの「全天視」だ。
一人の人間が流す涙も、一輪の花が枯れる様も、俺にとっては等高線の歪みや、水分量の不足を示す色分けされたドットの一つでしかない。
「シン、また『見えない数字』をいじっているのか」
静寂を裂いて響いたのは、傲慢に歪んだ声だった。
振り返るまでもない。主神・ゼウス。この放送宙域の最高意思決定者であり、俺の「演出」を管理する男だ。
「……ゼウス。地殻の歪みは放置すれば破綻を招く。これは世界の保守だ」
俺が視線をモニターに戻したまま答えると、ゼウスは背後から俺の肩を、いや「俺の設計図」を、黄金の杖で乱暴に突いた。
「つまらん。そんな地味な修正にどれだけのエネルギー(予算)を使っている? 地震が起きなければ、奴らは祈らん。祈らなければ信仰(利権)は集まらん。……お前がやっているのは、刺激を殺すだけの『退屈な管理』だ。視聴者(天界理事会)が求めているのは、もっと派手な絶望と、劇的な奇跡なんだよ」
「俺の仕事は物語を作ることじゃない。世界を正しく稼働させることだ。……基盤が崩れれば、お前の言う『奇跡』すら届かなくなるぞ」
俺の冷徹な指摘に、ゼウスの顔から笑みが消えた。
彼の周囲で、黄金の魔力がパチパチと不穏な音を立てて爆ぜる。
「シン。お前は自分の役割を勘違いしている。お前は『作家』ですらない。単なる『歯車』だ。歯車が回ることを拒み、あろうことか機械の修理を優先するなど……越権行為にも程がある」
ゼウスの杖が、俺の眼前のモニターを貫いた。
パリン、と硬質な音を立てて、俺が百年かけて調整してきた大陸の等高線が砕け散る。
「何を……っ!」
「現場の泥臭さを知らないから、そんな高尚な理屈がこねられるのだ。いいだろう。お前の愛する『物理』の世界へ、今すぐ叩き落としてやる」
ゼウスの目が、冷酷な光を放った。
彼が指を鳴らした瞬間、俺の足元の「概念」が消失した。
「……主神……っ、貴様……!」
「今日からお前が『現場』だ。せいぜい、自分が守ろうとした泥の上で、這いつくばっていろ」
――落下。
いや、それは「物理」への衝突だった。
真っ白だった視界に、暴力的なまでの「色」と「音」が流れ込んでくる。
まず感じたのは、肺が焼けるような冷たい空気の流入。次に、鼓膜を劈く雨音。
そして最後に、全身を襲う、鈍い衝撃。
「……っ、が……」
声が、出た。
喉が震え、空気が振動し、自分の耳に届く。
神だった俺が、初めて「自分の体」という質量を認識した瞬間だった。
視界が混濁している。
俺は泥の中に顔を埋めていた。
頬を撫でる泥のぬめり、衣服を透過してくる水の冷たさ、指先に感じる小石の硬さ。
情報量が多すぎる。
かつてモニター越しに見ていた「雨」や「大地」は、これほどまでに残酷で、圧倒的な実体を持っていたのか。
「あ……あ……」
指一本動かすのにも、途方もないエネルギーを必要とする。
俺は、神という「全知の視点」を失い、この泥まみれの「五感の檻」に閉じ込められたのだ。
絶望的な重力に逆らい、這いつくばるようにして顔を上げる。
そこには、かつて俺が「僻地につき管理不要」と切り捨てた、第九十九魔導中継所が無残な姿で立っていた。
空を見上げても、もうグリッド線は見えない。
ただ、灰色に濁った雲が、際限なく俺を拒絶するように広がっているだけだった。
「……笑えない、冗談だ……」
俺は泥だらけの拳を握りしめ、自分にしか聞こえない掠れた声で、そう呟いた。
第1話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
高みの見物を決め込んでいた創造神シンが、ついに「現場」へと叩き落とされました。 かつて彼が「管理不要」と切り捨てた僻地、第九十九魔導中継所。そこは神の慈悲も届かない、錆と霧が支配する絶望の地です
。
これまでモニター越しの数値でしかなかった「空腹」や「痛み」という名のバグが、これから彼を容赦なく襲うことになります。
「祈る暇があるなら、杭を打て」
そんな彼の不器用で泥臭い挑戦がここから始まります。 次回、第2話では彼が「死に損ない」と呼ぶ、折れた翼を持つ少女との出会いが描かれます
。
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また、作品をイメージした主題歌案(Suno AI用プロンプト)や宣伝動画のシナリオなども考案中ですので、そちらもいつかどこかでお披露目できればと思います。
それでは、第2話でお会いしましょう。




