第8話:カツオブシ・プロジェクト
流星群を背に進むコトブキ号は、予定ルートに向かう途中、燃料と食糧の補給のため、小さな惑星――カツオニアに立ち寄った。
そこは、どこか懐かしい潮の香りが漂う、青く澄んだ星だった。
「おお、港町みてぇだな。……なんか、腹が減ってきた」
晃司は、鼻をひくひくさせながら笑った。
「コウジ、イイニオイ……オデン、アリマスカ?」
大根さんも、目をきらきらさせている。
「ふふっ、探しに行こうよ!」
ポン子が、元気よく言った。
コトブキ号をドックに停め、三人(?)は、のんびりと港町を歩き出した。
潮風と、どこか香ばしい匂い。
石畳の道には、干された魚、干物、そして……なぜか、大量の鰹節。
「……ん? 鰹節ばっかだな?」
晃司が、眉をひそめる。
すると、近くの店の軒先で、初老の見た目のアンドロイド商人が声をかけてきた。
「おやおや、観光かね? ここはカツオブシ・プロジェクトの本拠地だよ!」
「……カツオブシ・プロジェクト!?」
ポン子が驚く。
「そうさ。この星は、宇宙最高の鰹節を作り出すために、人と機械が協力して開拓されたんだ。
昔……まだ地球が元気だった頃、宇宙においしいものを届けるため、科学者たちが立ち上げたんだよ」
晃司は、ふとポン子の方を見た。
「ポン子!……まさか、お前、ここで?」
ポン子は、急な手がかりに放心状態だった。
「ポン子?そう言えば。
うちの研究所では、食文化継承プロジェクト、通称“ポン酢チルドレン”の開発もやってたかな?」
「ポン……?」
ポン子が、びくりと体をこわばらせる。
「ポン酢チルドレンには、最高の出汁を知るための記憶チップが組み込まれてる。
鰹節、昆布、煮干し……本物の味を忘れないために。
たとえ宇宙がどんなに変わっても、温かい味を、誰かに届けるために」
ポン子は、そっと自分の胸に手を当てた。
「……私は、出汁を、覚えるために……?」
商人は、柔らかく微笑んだ。
「もし、そうだとしたら君は、未来への贈り物さ。――星々を巡る“味の記憶”なんだよ」
晃司は、じっとポン子を見つめた。
「……そうか。
だから、お前は……こんなに、あったけぇんだな」
ポン子は、泣き笑いみたいな顔をして、晃司にぎゅっとしがみついた。
「コウジ……私は、味を忘れない! これから出会う味も、コウジの味も、全部!」
大根さんも、そっと近づいて、ぽすりと肩を貸した。
「ダイコンサン……トモダチ……アタタカイ」
その時だった。
店の奥に、ふわりと立ちのぼる湯気。
商人が、にこやかに差し出したのは、あつあつの「鰹出汁」だった。
「これを飲んでごらん。最高級鰹節で作った鰹ダシだ」
ポン子は、おそるおそる両手で椀を受け取り、ひと口――。
その瞬間、まばゆい光景が、頭の中に広がった。
――研究所。
白衣を着た両親の姿。
優しい声。暖かな手。
『ポン子……君は、この世界に、温かさを届けるんだよ』
『どんなに遠く離れても、どんなに時が経っても……』
『“味”は、人の心を繋ぐ。忘れないで』
涙が、ぽろぽろと零れた。
だが、すぐに、黒い影が襲ってくる。
記憶の中の両親が、ポン子をかばって、AI兵器に追われる光景――。
『ポン子を……逃がせ!!』
必死に叫ぶ声。
父と母が、最後の力でポン子を小型ポッドに押し込んだ。
『ポン子、おいしいものを……忘れないで……!』
ポッドが発射された瞬間、研究所は炎に包まれた。
ポン子は、手を震わせながら、涙を拭った。
「私は……逃げた……パパと、ママが、私を、守ってくれた……」
晃司は、そっとポン子の肩を抱いた。
「……全部、思い出したんだな」
ポン子は、小さくうなずいた。
「私は、逃げた……でも……でも、味も、気持ちも、全部、思い出した……!」
晃司も、そっと目頭を押さえた。
「……お前の中に、彼らの想いは生きている。
それで、十分じゃないか」
ポン子は、両手で胸をぎゅっと押さえた。
「私は、味を届ける。
遠くても、どんな星でも……絶対に、温かい味を届ける!」
晃司は、にっと笑った。
「……なら、まずはオレたちで腹いっぱい食ってからだな。
なぁ、大根さん!」
「オデン! タベタイ!」
三人は、笑いながら港町を歩き出す。
潮風と、鰹節の香りに包まれながら――
三人は、また一歩、未来へと進んでいく。