第6話:あたたかいものの記憶
追撃する武装ドローンの警報が鳴り響くなか、コトブキ号は静かに軌道を変えていた。
「通常航路じゃ追いつかれる。……大根さん、デルタ帯を横断するぞ」
「コウジ、マタ、キケンナ、ミチヲ……」
「どのみち、逃げ切れなきゃ同じことさ」
晃司の手元に汗が滲む。だが、その声はいつも通り軽く、陽気ですらあった。
機体は重力の乱れた小惑星帯を抜け、ミスをすれば機体ごと粉砕されるという“彗星のしっぽ”に飛び込んでいく。
その時、船体が軽く揺れた。追っていたドローンが、隕石に巻き込まれて爆散したのだ。
晃司は操舵を大根さんに任せ、艦内の電磁波を低下させ、レーダー探知を遮断する。
何とか追跡を巻いたコトブキ号の窓際で、ポン子は、じっと宇宙を見ていた。
「……何も、思い出せない。でも」
彼女はふと手を伸ばし、湯気の立つ器を両手で包む。
「この匂い……青臭い様な香り……」
「緑茶ってやつさ」晃司が横から言う。「宇宙じゃ贅沢な香りだ」
「……涙が出そうになる。知らないはずなのに、すごく懐かしくて、胸が熱くなる」
「それが“記憶”の入口だ。頭より先に、舌が覚えてることもある」
ポン子はゆっくりと頷く。
ポン子はその間、キッチンの奥へと歩いていた。
そこには、小さな棚に並べられた調味料。古いラベルには手書きの文字が残っている。
「醤油」「コウジ特製昆布ダシ」「合成鰹節」
その文字を指でなぞるたびに、心のどこかが、じんわりと温まるような気がした。
晃司が戻ってきた。
「さっ、メシにしよう……って、どうした?」
ポン子は振り返り、小さく笑った。
「……なんだか、すごくほっとして」
「どういうことだ?」
その夜、ふたりは小さな鍋を囲んでいた。
ポン子の前には、じっくり煮込まれた大根、こんにゃく、玉子。
「……これは?」
「“おでん”だ。宇宙では出会えない味。お前が泣いた玉子も入ってるぞ」
ポン子は、そっと箸を伸ばす。そして、ひとくち。
口の中に、あたたかさが広がる。
目を閉じる。深く、深く、沈むように――何かが、胸の奥で目を覚ました。
「……思い出した。小さな台所。笑ってた、顔。『おかわりあるわよ』って声」
ポロリと涙が零れる。
晃司は、そっと笑った。
「言葉じゃなく、味でつながるものもある。……ようこそ、おでんの世界へ」
宇宙の果てに浮かぶ、ひとつの光。
それは、確かに“思い出の星”へと続いていた。