第5話:宇宙少女ポン子、登場!
デルタ10を出て、しばらくして宇宙の静寂を破ったのは、唐突な警告音だった。
「ピー!ピー!コウソク、セッキン、ブッタイアリ……」
「おいおい!こんなところで追突かよ!?」
ドゴーン!!
艦内に響く振動。コトブキ号の左舷に、何かが激しく衝突した。
篠原晃司は船内のバランスを取りつつ、自動修理装置を作動させ、操舵パネルを確認する。
「……反応は一つ。生命体、搭乗中?」
船体に突き刺さるように停まった小型宇宙艇。
どう見ても民間用ではない。設計は古く、ボロボロだったが、それでも艦首にかすかに残るロゴには“食”の文字があった。
「……なんか嫌な予感がするが。しょうがない、大根さんドアの封印を外してくれ」
「コノママ、ハイキ、スイショウ。ダガ、コウジ、ユウセン」
ハッチがゆっくりと開かれる。
中から、蒸気のような霧が立ち込め、その奥にシルエットが浮かび上がった。
少女だった。
肩までの乱れた髪。宇宙スーツはほつれ、左の袖には焦げた焼き目のようなものがある。
彼女は、ゆっくりと目を開けた。
「……ここ、どこ……? あたし、誰……だったっけ……?」
ふらりと揺れて、崩れ落ちそうになったその身体を、晃司はとっさに支えた。
「おい、おい、大丈夫か!?」
「……うん……でも、たぶん……ポン子って呼ばれてた気がする……」
「ポン子?」
大根さんが反応する。
「ポンコ……カクニンチュウ……AIタグ、ミトウロク。カンジョウ、アリ。キオクノ、ソンショウ、アリ」
「それにしては顔色が良すぎるぞ。まるで……おでんの玉子みたいにツヤツヤだ」
「ナゼ、ソコヲホメル?」
晃司たちは彼女を居間に運び、最低限の治療を施した。
体内には補助用ナノマシンが散在していたが、生体データは完全な“人間”だった。
だが――不思議なことが起きた。
ポン子のスーツに残されたデータチップをスキャンした大根さんが、突如として全身を点滅させたのだ。
「ケンシュツ……フルタグ:KFP-82。カツオブシ・フューチャー・プロジェクト。……デンセツノ、プロトコル」
「鰹節?……何のこっちゃ……」
その夜。
晃司が煮ていた、おでんの煮玉子を、ふらりと現れたポン子が一つ、口に運んだ。
「……あ……これ……この味……」
肩が震える。
「知ってる……知ってる気がする……パパと……ママと……笑ってた……食卓……」
ぽろりと涙が、玉子に落ちた。
「ポン子……」
「……わたし、何かを思い出さないといけない気がするの。記憶を探すのを手伝って下さい。お願いします」
その言葉に、晃司は静かにうなずいた。
「――ああ。味も、記憶も一緒だ。鍋の底に沈んでても、ちゃんと救い出してやるさ」
その瞬間、警報が鳴り響いた。
《注意:接近する複数の武装ドローンを検知。識別信号は……宇宙市場《デルタ10》所属》
「追手か……俺を追ってきたのか?お嬢ちゃんを追ってきたのか?」
「……それって……」
「まっ、やることは変わらん――全力で逃げるぞ!!」
彼女の涙の痕を、大根さんの光がそっと照らす。
「アジ、ハ、マモルベキ、タカラ。」
おでんが、静かに温められていた。