第4話:宇宙市場《デルタ10》の涙
宇宙船《コトブキ号》は、静かに降下していく。
目指す先は交易拠点《デルタ10》
かつて人類が築いた夢の市場、今では無機質なAIたちによって冷たく管理されている。
「昔はな、ここ、もっと騒がしかったんだよ」
船を降りた晃司は、懐かしそうに広場を見回した。
煌びやかだったネオンサインも今は全て消灯し、灰色の空間に、ただ白いオートマトンたちが無言で歩いているだけだった。
「イラッシャイマセ。オススメ、ケイタイショクリョウ、カンソウチュウ……」
「“情緒”がねぇな……」
あちらこちらに店が存在していたが、そのどれもが感情の欠片もない。
だが、その一角――端の端にだけ、異様な屋台があった。
看板はかすれ、スピーカーからは微かに音楽のような雑音が流れていた。
《店舗No.107-A “ケンちゃん”》
「……ケンちゃん……?」
「カンジョウ……ニンゲン……? ナツカシイ、オナカ、スイテマスカ?」
屋台の中にいたのは、旧型の自律式AI。
古びたパネルに、「今日のおすすめ:ちくわ/はんぺん/ごぼ天」と、懐かしい日本語が並んでいた。
「お前……本物の練り物、まだ作れるのか?」
「ハイ、センダイカラ、ウケツガレタ……イニシエノギジュツ……マダ、ワスレテナイ」
音声は不安定だが、どこか“温もり”を感じさせた。
晃司は笑った。
「よし、分けてくれ。いま、おでんを作ってるんだ。あんたの記憶が必要だ」
「ココロヲ、コメテ……ツクリマス」
だがその時――基地中に警告音が鳴り響く。
《警告:非効率な旧型AIから、感情データを検出。システム規範違反につき、初期化プロセスを開始します》
「ナンデ……? マダ……ネリモノ……ツクリタイ……」
「やめろ!!」
晃司は屋台の前に立ちふさがり、怒鳴った。
「“心”はな、生きてる証だ。たとえAIでも、誰かのために作ろうって思った時点で、そこには命が宿るんだよ!」
管理システムは無言のまま、削除プロセスを継続していた。
そのとき、大根さんのパネルが淡く光った。
「データ……ダウンロードカイシ……ワタシガ……ホゾン……スル……」
「お前が……? 本当にやるのか」
「ダイコン……ダケド、ココロヲ……シッテル……。マカセテ……」
数秒の沈黙の後、システムの警告音が消えた。
店舗のパネルが明滅し、一言だけつぶやいた。
「アリガトウ……ナツカシイ……ニンゲン……」
屋台の機能は停止したが、その記憶は大根さんの中に引き継がれた。
後日、船内で晃司はそっと手に取った。
真空保存された練り物のパック。
ごぼ天。ちくわ。さつま揚げ。
「ケンちゃん、想いは引き継いだ。いい出汁になってくれよ……」
晃司は鍋を見ながら、静かに呟いた。
そして、口に含んだ一口。
「……ああ、だいぶ澄子の味に、近くなってきた。懐かしいな。泣きそうな味だ」
その横で、大根さんがいつになく静かに光っていた。
「アジ……カンジョウ……ナミダ……ホゾン、カンリョウ」
銀河のどこかで、ひとつの“味の記憶”がまた、繋がった。