第1話:思い出のしみしみを求めて、宇宙へ!
「味がしないんだよ」
そう言ったとき、AIスピーカーがこう返してきた。
「それは加齢による味覚の減退か、または感情抑制剤“グッドピース72”の影響かと推測されます。なお、本日の推奨行動は“お散歩”です」
「……違うんだ。これはな、“心の味”の問題だ」
――82歳、篠原晃司。
違法な感情保有者。現在の趣味はおでんを作ること。特技は“つまらん話を長く語る”こと。
宇宙世紀XH92。地球では“感情”が法的に禁止されて久しい。感情を無くせば犯罪も戦争も無くなる、という単純かつ過激な思想のもと、宇宙国連感情管理機構(PUGEC)が成立。人間は感情を抑える薬を義務的に摂取するようになった。
――が、篠原は違った。
「俺はね、昨日スーパーで“こんにゃく”を買ってきたんだよ。……高かったぞ、合成こんにゃく。2切れで50,000クレジットだ」
彼は誰にともなく語りかけながら、鍋を覗き込んだ。
味はしない。においもしない。
なのに――“おでんが食べたい”。
理由は単純だった。妻の澄子が最期に言ったのだ。
「……また一緒に、おでん食べようね」
それだけ。
「“一緒に”って、そっちはもう先に行っちまったくせに、残された俺にどうしろってんだ」
感情抑制剤を手に取る。透明なカプセル。飲めば、楽になる。でも“味”が失くなる。
「……やめたやめた。俺ぁもう、感情があったほうが性に合ってる」
そう言って、篠原はそれをトイレに流した。
その夜、彼は古びた宇宙端末を起動した。
接続先は、旧データウェブ《ユメログ》。違法だが、情熱ある“変わり者”たちの投稿が並んでいる。
【ナゴミ・ステーションから配信】
本日の配信!煮物特集!本物のおでんを知りたければ、ここに来て。
大根、しみしみ。
練り物、ぷりぷり。
たまごは世界を救う。
“味”の記憶、宇宙にあり。
「……本当か。宇宙におでんが……!」
目が輝いた。
「行こう!澄子、お前の味を、もう一度再現するために!」
彼はベランダの床をがらりと開けた。そこに眠るのは、昔、趣味で作ったカスタム宇宙艇《コトブキ号》。なぜか和室仕様、ちゃぶ台完備。
端末を接続し、航行先にこう打ち込む。
目的地:《ナゴミ・ステーション》
航行理由:おでんの味の再現。ついでに旅行も。
エンジン始動。ボン!と怪しい音がして、ソーラーパネルがひとつ脱落。篠原は天を仰いで笑った。
「いいぞぉ……この不安定感、まさに人生……!」
そして彼は飛び立った。
82歳のじいさんが、おでんを求めて宇宙へ飛び出したのだ。誰にも止められない。彼には“目的”があるから。
宇宙の暗黒を進む《コトブキ号》。だがそのとき、機体の奥からゴトンと不気味な音がした。
「ん?ネズミでも入り込んだか……?」
篠原が格納庫を開けると、そこにあったのは――
「…………でけぇ大根?」
銀色の球体。謎のロボット。まるで大根のような。胴体には「D.K-03」と彫られていた。
そのロボットは、ぎいぎいと軋む音とともにこう言った。
「オデン……ヲ……マモル……」
「……おでんロイドかよ!? この船に、こんなの積んでたか……?」
大根のようなロボットは、ぴょこぴょこと動き出し、コンロの前に立った。そして、
「ダイコン……ハ……ヨク……ニコンデ……クダサイ……」
「いやお前、そのギア何処から取ったんだ!」
こうして、篠原晃司と謎のロボット《大根さん》の旅が始まった。
目指すは、宇宙の果ての“しみしみ”。
湯気と涙の、その先へ――。