主(マスター)を探そう
某オフィスの会議室、気づきにくい場所にポツン……と落ちていたのは……。
「何か落ちてる……これ、万華鏡?
綺麗……!」
誰かが落としたとおぼしき万華鏡は、鮮やかな若葉色をしており、紫陽花の柄が描かれている。
見事な和柄模様の万華鏡を拾い上げた光本鍵の脳裏に、いかにも万華鏡を持っていそうな人物が浮かび上がった。
(総務課の大石さんかもしれない……あの人、古風な趣味してるからな)
大石望は鍵の同期で職務についての話し合い……いわゆる報、連、相の件等で接する事が多々ある人物である。
その分、望の趣味をも知っている。
(大石さん、この時間だと二階の資料室にいるだろう。
届けに行くか)
鍵の足は階段へと向かい、二階の資料室を目指そうとする。
「!」
その時、踊り場で下の階からこちらへと上がって来た北江由紀音が鍵の顔を見た。
由紀音が階段を移動する際、彼女のスカートがフワリ……と舞うので『踊り場』というワードが実際その場所に似合う。
『踊り場』と名付けた人物を称えたいくらいだ。
「光本君、お疲れ様。
会議終了、早かったわね」
「お疲れ様、北江さん……予定よりスムーズに終えたよ」
由紀音の視線がふと、鍵が握る万華鏡へと向けられた。
彼女の唇の端がつり上がる……のを、鍵は勿論見逃すわけがない。
「ねぇ、その万華鏡……」
(綺麗……それ、欲しいわ‼)
「拾ったんだ」
「私が落としたの‼
ありがとう!」
「トイレの床で、ね」
鍵の手が、万華鏡を摘まむように持ち直した。
表情にも険しさがあからさまに窺える。
「便器の横に転がってた。
はい、返すね!
洗ったから、平気だよね」
(欲しがりのこの人なら、食いつくと思った)
「あ、ああ……思い過ごしだわ、やっぱり私、そんなの落としてなかったわ」
「え、そうなんだ……今、落とし主を探してるところなんだよね」
(ドンピシャ!
万華鏡って感じしないしな)
その時だった。
鍵の傍らで覚えのある声がしたのだ。
「あの、その万華鏡……」
振り返れば、予想通り、大石望が万華鏡を見詰め、佇んでいた。
望の眼差しからは、大事な物を見詰める気持ちが見えている。
「これ、拾ったんだ……さっき」
「その万華鏡……会議室に忘れて……」
鍵はシメタ……という表情を浮かべ、望に万華鏡を差し出した。
「ありがとう!
小さい頃に、姉に貰った大事な物なの」
「そうなんだ、渡せて良かったよ!
万華鏡……大石さんのイメージだから、もしかして……って思ったんだ」
「本当?
そう思われて、ちょっと嬉しいかも」
望の表情はクルクル変化して、まるで生きた万華鏡とも云える。
「時々、上司の目をぬすんで眺めるの……万華鏡」
イタズラっぽく笑う望から、やんちゃな感じが伝わってきた。
「授業中、先生にバレないよう手紙を回すみたいな感じに似てる。
学生の頃、やったよ」
「ええ?
見えないけど、皆するのね。
そういう遊び」
望の姿を目にしていると鍵もまた、少年のようにはしゃぎたい気持ちになる。
「そんで時々、他者を騙したくなる事も……あるんだよね」
云いながら鍵はチラリと見たが、そこには既に由紀音の姿はなかった。
「そんで逃げたりなんて……授業中にね」
「鍵君にもあるのね、そんな時が」
「時々、ある」
心の奥にある万華鏡が、クルリと回転した。




