淑女として
何周目のお姫様かは定かでは無いが彼女視点
* * *
淑女はいつでも微笑みを浮かべていること。
例えそれが望まぬ平民との婚約を王命として宣言されたとしても、だ。
私たち数人の王女たちがこの国の駒として扱われることは、もうわかっている年だった。
けれど、私が考えていたそれは、王家と縁を結びたい貴族の家に嫁に入るか、同じように他国の王家に嫁ぐという意味でだった。
どこの誰かも分からない、金も地位も何もないそんな男に嫁にくれてやる。
そんなことを父である、国王陛下が言うとは思わなかった。
出立の式典が終わった後勿論抗議はしたが「どうせかないっこないのだ。死地に向かう人間への餞にちょうどいいではないか」と答えられただけだった。
あんまりだと思った。
私は勇者が死ぬまでまともな婚約も結婚も望めない。
そんなことをすれば平民からの支持が減ってしまうのが明白だったからだ。
だけどきっと、そんな生活も一時だけと思っていたのに、勇者が魔王を倒して凱旋を果たした。
勿論それ自体は喜ばしいことだ。
けれど問題はその後だ。
魔王を倒したら姫との結婚を認めると国王が宣言した話はこの国の貴族にも各国の貴族にも広く知られてしまっている。
今更なかったことにはできない。
私はあの、礼儀すらまともに知らない平民に嫁ぐしかないのだろうか。
ぽろり、と涙がこぼれる。
侍女たちも悲観にくれている。
逃げ出したいけれど逃げ出す場所はない。
私を救ってくれる王子様は世界のどこにもいない。
今は涙を流していても、祝賀会では微笑みを浮かべなければならない。
侍女の一人が「噂の魔女の秘薬でもあれば」と悔しそうに言った。
私の周りに侍っているのは皆貴族の娘たちだ。
王族に平民の血入ることをよしとしていないものたちだ。
「魔女の秘薬?」
私が聞くと侍女は王都の裏路地に魔女の営む店があり、いざという時に使える薬を売ってくれるという。
私は藁にもすがる気持ちでその薬を買いに行かせた。
祝賀会で見た勇者の身のこなしはやはり貴族とはまるで違う野蛮なものだった。
話かたもそうだ。
それに、いかに勇者が素晴らしく私と勇者がお似合いかと私になれなれしく話しかけてくる魔法使いもうっとうしくてあり得なかった。
平民というのは皆ああなのだろうか。
これからの結婚生活にぞっとしてしまう。
魔女の秘薬は手に入った。
取り扱い説明書には害したいものに飲ませるよう書かれていた。
確実なのは正式な婚約式の晩餐会だろう。
国王陛下のために出される料理は念入りに毒見がされているが、ただの平民である勇者の料理はそうでもない。
配下の者にそっと魔女の秘薬混入する様指示は出してある。
ぐらり。
晩餐会の最中、勇者の体が突然傾く。
ばたりと倒れた勇者は再び動くことは無かった。
私は、これで幸せになれるのだ。
そう思った。