夜明けの理
戦士はもう「自分にできることはない。」と言って帰った。
僧侶は力を使い切ってしまってよろよろしながら「休みます」と言った。
私たちは教会の来客用の施設を今夜だけ借りられることになった。
私のやったことはなるべく誰も知らない方がいい。だからここに長くいてはいけません。そう僧侶は言っていた。
当たり前だ。
この時を巻き戻す魔法はあまりいいものではない。
私は涙でぐちゃぐちゃの顔のまま部屋に来た。
「少しいいか?」と聞く勇者を部屋に招き入れた。
それから、長い長い勇者のこれまでの話を聞いた。
何故勇者が巻き戻りについて気が付いたのかを知った。
そこから彼が何度も何度も繰り返し辛い目にあっていることを知った。
なんで私はもっと周りを見れなかったのだろうと思った。
信じてもらえなくても勇者に話をすればよかったと思った。
全て今更なのだ。
暗闇では何も見えないようにあの時私にも勇者にも何も見えなかった。
当たりはすっかり暗くなっていた。
勇者は灯に火をともした。
「何故君はここまでしてくれたんだ?」
夜更けになってから勇者は私に聞いた。
多分気が付いているのだろう。勇者だけじゃなくて戦士も僧侶も気が付いている。
「あなたが勇者だったから」
それが最初の理由だった。
だけどそれだけじゃない。
「だけど、本当はあなたが好きだったから」
だから、何とか彼の生きられる道を探して探して、だんだんと自分の身を削ってしまい、最初の目的も何も分からなくなってしまっていた。
それを聞いた勇者はとてもとても嬉しそうに笑った。
私が最初に見たお姫様との結婚式よりも嬉しそうに見えた。
私は元々お姫様よりもきれいでもかわいくも無かった。
その元々さえもいまだ取り戻せきれていない。
それなのに勇者はとても嬉しそうだ。
そうなる要素が思い浮かばない。
この五年勇者に迷惑ばかりかけた思い出しかない。
申し訳ないのと恥ずかしいのとそんな思い出ばかりだ。
「……俺はずっと花火が嫌いだったんだよ。
魔族に襲われて燃える故郷をおもいだすから」
そんなことは知らなかった。
「でも君が最初、はじめてちゃんと感情を見せて花火がきれいだと言ってくれたから、俺もほんの少し花火が好きになった」
そんなことの繰り返しだったよ。
そう勇者は言った。
「この五年で俺は沢山のものを君にもらったよ」
その前も君の献身で生きていたんだけど。
「君が思っている以上に、俺にとってこの五年は幸せだった」
人に分け与える幸せも知ったし、新たなものを見る幸せもあった。
きみが少しずつ良くなっていくのも希望を見せてもらった。
「だからずっと楽しかったし、だからこそいまこうやって本当の気持ちとして君の気持ちを聞けて嬉しい」
勇者はそう言った。
多分私が変わってしまったみたいに勇者も変わったのだろう。
それが良い事なのかは分からないけれど、勇者は変わったから生きている。そしてこれからも生きていけるのだ、そう思った。
「だけど、俺は魔族に対しては圧倒的に強いけれど、それ以外はよくも悪くも普通だ」
この五年魔族はずいぶん数を減らした。
それは勇者と戦士が頑張ったためだ。
皮肉なことに魔族がいなければ勇者は特別な者でも何でもなくなってしまう。
「きみこそこんな俺でいいのか?」
そう聞かれた。
上手く答えられず、昔考えていたことが思わず口から出た。
「そうしたら私が次の魔王になりますよ」
私は勇者にそう言った。
暗闇の中でそう思ったことがあった。
「なんだそれ」
勇者が笑った。
「最初のころどうしてもだめだったらそうしようと思っていたんです」
だってそうすれば、勇者には新たな使命ができる。そうすれば誰からも恨まれず、みんなが勇者が必要で勇者は大切にされる。
だけど、根本的な問題があった。
勇者は戦いがすごく好きという訳ではない。
使命だから戦っているのだと気が付いてしまったのだ。
だからやめた。
「別に無能になってもいいと今は思ってる」
勇者は静かに言った。
二人で城を出た日の様な決意のこもった目だと思った。
「そういうものが幸せと必ずしもつながっていないことを俺はもう知っている」
君に何度もやり直させてもらわないと気が付けなかったけれど。
勇者は言った。
それから勇者は私の目の前まで来るとひざまずいた。
それは貴族のするプロポーズに似ていると思った。
「また、一緒に旅をしてくれますか?」
勇者は真剣な顔で言った。
彼はもう少し私の失ってしまった部分を取り戻せると信じているのだろう。
「それがあなたの幸せなら」
私はそう答えた。
長い事話してしまった。まもなく夜が明ける。
勇者は「俺はもう大丈夫だから。だから何があってもこれ以上時を巻き戻さなくてもいい」と言った。
本当の幸せが何か分かったから、もう大丈夫だと。
あけない夜は無いように、先に進まないといけないと。
私は勇者を見て、その決意に応えることを決めた。




