夏祭り 1
「ほんとに人間がいっぱいね。ちょっと怖いかもしれないわ……」
リリカが桃香ちゃんの持っている巾着袋から首だけ出して辺りを覗いていた。
「リリカちゃん、危ないから顔出さない方がいいよぉ」
桃香ちゃんが人差し指でリリカの頭を押さえたから、そのままリリカの頭は巾着袋の中に入ってしまった。
「桃香の強引なやり方の方が危ないんだけど! 首が折れちゃったらどうするのよ!」と中から文句が聞こえてきた。そんな様子を綾乃さんの浴衣の袖からアカリが苦笑いをして見つめていた。
「ごめんなさい、私も始めは2人で回るつもりだったんだけど……」
綾乃さんが小さくため息をついた。
「良いですよ、リリカと桃香ちゃんもいた方が楽しいですし」
リリカと桃香ちゃんは恋人同士になったのに、今までとは何も変わらずに悪友みたいな仲を保っていた。そして、アカリも綾乃さんもそれぞれ、リリカと桃香ちゃんから夏祭りに一緒に行きませんか、と誘われたのだった。正直なところ綾乃さんと2人だけで回りたかったけれど、実際に回ると、きっと緊張しちゃうだろうから、このくらいのワイワイ一緒に行く感じの方が良かったのかもしれない。
「アカリは、何かやってみたいことあるのかしら?」
「やってみたいことですか……」
なんだろう。金魚掬いは間違えて水にでも落ちてしまったら、巨大な金魚に飛び乗って陸を目指す別の遊びをさせられることになりそうだし、射的や輪投げはまず投擲用の道具をもてない。くじ引き系のものは抽選箱の中に間違って入っちゃったらそのまま紙に埋まっちゃいそう。
「そうですね……。りんご飴とか食べてみたいです」
大きさ的にはイチゴ飴の方が良いのだろうけれど、イチゴを見るとリリカの怪我を思い出してしまうから、やめておいた。
「じゃあ、リンゴ飴買うわね」
「あ、わたし一人じゃ食べられないから、綾乃さんが買ったリンゴ飴をちょっとだけもらう感じでお願いします!」
はいはい、と綾乃さんが微笑んでくれた。
「ねえ、桃香たちもリンゴ飴食べるの?」
「ちょっと待ってくださいねぇ」
尋ねられた桃香ちゃんは巾着袋の中に顔を近づける。
「ねえ、リリカちゃん、りんご飴食べるぅ?」
「顔突っ込もうとするの怖いからやめなさいって言ってるでしょ! それに、わたしはかき氷の方が食べたいわ。この中暑すぎるのよ」
アカリは綾乃さんの落ち着いた紺色の浴衣の中に入っているから、風通しも良いけれど、リリカは巾着の中だったから、暑そうだった。
「じゃあ、わたしたちはかき氷にしよっかぁ」
「かき氷ね、じゃあ一緒に買ってくるわ」
綾乃さんが行こうとしたけれど、桃香が待ったをかける。
「ごめんなさぁい、ちょっと桃香たち、お気に入りのかき氷のお店があるから、そっちに行きますねぇ。デートもしたいから、ここからは別行動したいですぅ」
「良いけど、随分唐突ね……」
「リリカちゃんがそう言ってたんでぇ」
「言ってないわよ! でも、2人行動はしたいから別行動ね。だから、アカリは頑張ってね!」
雑踏の中に埋まるように聞こえてくる巾着袋の中からの小さな声は、多分アカリ以外には聞こえていない。
「頑張れって、多分綾乃さんとのことだよね……」
小さくため息をついた。
多分、リリカは2人になったチャンスを活かせって言ってるのだろう。去っていく桃香ちゃんの影を見送る。綾乃さんと2人きりにされてしまった。
「なんだか慌ただしかったわね……」
綾乃さんが苦笑していた。
「とりあえず、リンゴ飴でも買いに行きましょうか」
袖の中にいるアカリのことを、浴衣の上からソッと触ってから、歩き出した。歩くたびに揺れる袖から振り落とされないように気をつけながら歩いていく。袖から見える景色にはたくさんの人の姿。来るまでは気づかなかったけれど、もしここからうっかり落ちてしまったら、きっと踏み潰されてしまう。
「怖いわね……」
思わず竦んでしまったのと同時に、綾乃さんは立ち止まって、財布を探し始めた。多分リンゴ飴の屋台に着いたのだと思う。その際、慌てて探していたからか、大きく袖が動いた拍子に、アカリは袖から転げ落ちてしまった。
「あっ、綾乃さんっ!?」
そんなアカリの様子も知らずに、綾乃さんは呑気にリンゴ飴を買っていたのだった。




