綾乃の失恋 5
「狭いところだけど、みんな入ってよ」
ほとんどアカリを撮るための場所になっていた小さなスタジオに、今日は珍しくみんなで足を踏み入れた。
「今日の夕方に明け渡すから、殺風景でごめんね」
部屋の端っこに雑巾と床拭き用のクリーナーみたいな簡単な掃除道具だけ置かれていた。机も棚も何もない殺風景な場所になっていた。
「沙希さんとも今日でしばらく会えなくなるんですね……」
アカリが綾乃さんの手のひらの上で呟いたら、沙希さんは腰を屈めて視線を合わせてくれた。
「そんな寂しそうな顔しなくていいから。笑ってた方がアカリちゃんは可愛いよ」
沙希さんが人差し指で頭を撫でてくれた。小人に触り慣れた優しい手つき。
「でも、なんでそんな引っ越しで忙しい日にみんなを呼んだのよ?」
綾乃さんが首を傾げた。
「そうだよね、ごめんね、これはわたしのわがままなんだ。引っ越す前に愛着のあるスタジオでみんなの写真を撮りたかったの」
「謝らないでくださいよ……。とりあえず、わたしは慣れたスタジオで撮りおさめできるの嬉しいですし、リリカも来たことがなかったから、はしゃいでますし」
「そうよ、ついに沙希に写真を撮ってもらえるの嬉しいもの」
アカリに続いてリリカも言ったら、沙希さんが笑った。
「わたしもリリカちゃんのこと撮れるの嬉しいよ。なんとか引っ越す前にスタジオに来てもらえて良かったよ」
沙希さんが微笑んだ。
「さ、みんな並んで」
沙希さんはいつもの調子でカメラを構えて4人に壁際に並ぶように指示をした。まあ、4人と言っても、アカリとリリカは手のひらの上に乗っているから、綾乃さんと桃香ちゃんが2人で並んでいるみたいにも見えるけど。それでも写真に収まってるのは4人だった。
「ねえ、沙希も入ってよ……」
綾乃さんがジッと沙希さんのことを見つめた。
「わたしが入ったら誰が撮るのさ」
沙希さんは苦笑いをしたけれど、綾乃さんはそんな沙希さんのことをまだジッと見つめ続けていた。
「誰が撮るとかはどうでもいいのよ。でも、沙希が入らないと、私たちの思い出が欠けてしまうわ」
真剣な口調で綾乃さんは伝えていたから、アカリとリリカも続いた。
「そうですね、わたしも沙希さんに入って欲しいです」
「そうよ。沙希も入りなさいよ」
「スマホの自撮りで良いんじゃないですかぁ?」
桃香がふんわりと髪の毛を揺らしながら提案した。みんなから強く言われて、沙希さんは苦笑いをしながら、セルカ棒をカバンから取り出した。多分、カメラの三脚はもう引っ越しの時に送ってしまったのだと思う。沙希さんは真ん中に入ってセルカ棒でみんなをスマホカメラに収めようとする。
「結構くっつかないとみんな入らなさそうだね」
みんなでギュッとくっついて写真に入り込む。
「何かポーズ取りたいから、リリカちゃんのこと咥えても良い?」
「良いわけないでしょ……」
リリカが呆れながら、体に近づいてきていた桃香ちゃんの唇を手のひらでグッと押し返していた。
「じゃあ、頭に乗せるね」
さっき汗の臭いがすると指摘されたばかりなのに、桃香は気にせずリリカを頭に乗せた。アカリは普通に綾乃さんの手のひらに立ってピースサインをする。
「じゃあ、撮るね〜」
沙希さんが楽しそうにハイチーズ、と掛け声と共にカメラに収めていった。
スマホで撮影しても沙希さんの撮る写真は活き活きしていて、きっと何十年か経った後にこの写真を見ても、楽しい気分を思い出すのだろうな、ということは容易に想像がついた。パシャパシャと何枚か撮ってから、撮影会はお開きになったのだった。




