綾乃の失恋 3
「ちょっと、どういうつもりよ!?」
桃香ちゃんが被ったキャップの中からリリカの声がする。
「頭の上に乗せると、リリカちゃんが目立っちゃうかと思うから、キャップで隠したんだぁ」
「隠されたら全然景色良くないじゃいのよ! 桃香のバカァ! 早く帽子を脱ぐか、手の上に戻すかしなさいよ!」
後でねぇ、と桃香ちゃんが呑気に返事をしててからドアノブを握ってプティタウンの置いてある部屋の外にでる。沙希さんと何度も見た、プティタウンの部屋から外に出るための少し長い室内廊下を進んでいく。
この廊下を設置することで、虫や動物や不審者が入ってきにくいようにしているらしい。まあ、それでもリリカは猫に連れ去られてしまったわけだから、システムに穴は存在するわけなのだけれど。
歩いている最中にもキャップの中に入れられたリリカが喚いていた。
「早く出しなさいよ!」
「外に出たら出してあげるよぉ」
桃香ちゃんがのんびりと答えた。リリカが本気で嫌がっていたら桃香ちゃんのことを注意しないととは思ったけれど、リリカの声は、どこか楽しそうだったし、仲良し故の文句なのだろうと思って、のんびりと上を見る。
綾乃さんから、桃香ちゃんは雑誌モデルをやっていると聞いたことがあるけれど、本当に可愛らしい子だった。真下から見たらたいてい人間は少し残念に見えるのに、桃香ちゃんにはそれがない。少しあどけなさの残る可愛らしい顔。
タブレットで写真で見た時よりもかなり幼く見えるのは、リリカが桃香ちゃんのことを妹みたいなんて言っていたのも関係しているのだろうか。そんなことを考えている間にもリリカは「景色が見えないから退屈だわ」とキャップの中で嘆いていた。
「ねえ、ちょっと。桃香、この帽子汗臭いわよ? ちゃんと洗濯してるの?」
リリカの声を聞いて、桃香ちゃんが立ちどまった。突然の停止に振り落とされかけたから、慌てて緩く巻かれた桃香ちゃんの髪の毛を持った。
「桃香ちゃん……?」
桃香ちゃんの顔を下から見上げていると、顔が赤くなっているのがわかった。
(恥ずかしがってるのかな……?)
桃香ちゃんはずっと飄々としていて掴みどころの無い子だと思っていたから、恥ずかしがるなんて意外だった。そして、次の瞬間、桃香ちゃんはキャップの頭頂部の部分をギュッと押さえつけて、掴んだ。
「うぇっ!? 桃香、何してんのよ!」
「あ、ちょっと桃香ちゃん……」
さすがにアカリも止めに入った。一瞬暴力でも振るったのかと思って、慌てたけれど、そうではないようだった。
「リ、リリカちゃんひどいよぉ。モモカそんなに臭いのぉ……?」
リリカをキャップ越しに鷲掴みにした後、脱ぐ。目を潤ませながら、キャップのつばの部分を持って、中に入れてるリリカを見ていた。
「今日暑かったから汗かいたんじゃないの? わたしたちは元々人間よりも鼻が効くのに、それに加えて小さいんだから、臭いにも敏感なのよ。桃香が特別臭うわけじゃなくて、むしろ人間の中では比較的臭いはしなかったわ」
リリカが呆れたように答える。
「リリカちゃんにはデリカシーとかそういうの無いわけぇ?」
「人のこといきなり頭に乗せて、帽子を被るような子にデリカシーを解かれたくないんだけど!」
「そんな生意気なこと言ったら、リリカちゃんのこと醤油につけて食べちゃうんだからぁ!」
「じゃあ、桃香のお腹の中で暴れてやるんだから! お腹痛くて泣いちゃっても知らないわよ!」
2人とも激しい口論をしているけれど、どこか楽しそうだった。痴話喧嘩でも見ているみたいでなんだか微笑ましかったから、放っておいた。この2人を見ていたら、なんだかアカリも早く綾乃さんに会いたくなってきた。
「はいはい、ほのぼの姉妹喧嘩もいいけど、早く先に進みましょう」
姉妹じゃないからぁ! 、と2人とも声を揃えて答えた。リリカも桃香ちゃんに釣られて、間伸びした口調になっていた。
「まあ、でも、姉妹喧嘩だったら、わたしの方がお姉ちゃんね」
キャップに入れられたまま、リリカが笑う。
「そんなわけないよぉ。モモカの方が背も高いし、年上なんだから、リリカちゃんがお姉ちゃんになる要素何もないよぉ」
「そんなことないわ、桃香は泣き虫だし、おっちょこちょいなんだから」
「そんなことないよぉ。モモカの方がリリカちゃんよりもしっかりしてるもぉん」
そんな風に口論しながら歩く桃香ちゃんの肩の上でふんわりと巻かれた髪の毛を持ちながら、アカリは2人の言い争いを穏やかな表情で眺めていたのだった。




