綾乃の失恋 1
「今頃、沙希は式を挙げている最中なのかしらね」
リリカがぼんやりと呟いた。
「多分ね」とアカリはお昼ご飯の準備をしながら呟いた。すっかり元通りになった生活に浸っていると、つい先日リリカが行方不明になってしまっていたことが信じられない気分になる。けれど、そこにリリカがいる当たり前の日常がどれほど幸せなことなのかは、しっかりと噛み締めながら毎日を過ごしていた。
沙希さんはアカリとリリカにも結婚式に来て欲しいと言ってくれたのだけれど、丁重にお断りした。リリカはまだ人間に慣れ始めたばかりだから、大勢の人間のいるところに行くのは怖かったらしい。それに、アカリもあまり小人の存在をバラしたくなかったから、積極的に人の多いところに行こうとは思えなかった。けれど、もちろん沙希さんの結婚は目の前でお祝いしてあげたかった。
「沙希さんのお嫁さん姿、ちょっと見てみたかったけどね」
普段はラフな格好が多かったし、いつもアカリや綾乃さんたち被写体を最高に輝かせてくれた沙希さんが、今日は主役の日。見に行けなかったのが残念ではないと言えば、嘘になる。
「沙希のことだから、きっといっぱい写真撮ってるわよ」
「今日はどっちかと言ったら撮られる方だと思うけど……」
アカリが苦笑していると、リリカが「来たわ!」と嬉しそうな声をあげる。
「どうしたの?」
「桃香のスマホから、沙希の写真送ってもらったのよ。見て、すっごく綺麗よ!」
リリカが家庭用のテレビみたいに大きなタブレットを、よいしょ、と声を出しながらアカリの方に向けた。
「ほんとね」
思わず微笑んでしまった。ウエディングドレスに身をつつんだ沙希さんがとても綺麗で、そして幸せそうでアカリも嬉しくなってきた。
「沙希さん、幸せそうでよかった」
「好きな人と一緒に住むんだもの。きっと幸せよ」
「そうだね」
「わたしも毎日アカリと一緒に住めるの幸せだもの!」
リリカが右足で跳ねながらアカリの横に座って、抱きついてきた。
「そうだね。わたしもリリカと一緒に毎日いられて良かったよ」
アカリがソッとリリカの頭を撫でていた。そんなときに、ふと頭によぎることがあった。
(でも、結局綾乃さんは沙希さんへの感情をどこにやったんだろ……)
綾乃さんは沙希さんのことが好きだった。本当は優しいのについ嫉妬心でアカリに意地悪をしてしまうくらい、沙希さんのことを愛していた。そんな沙希さんが結婚をして、遠くに引っ越してしまう事実を直前まで教えてもらえなかった綾乃さんの感情はどこに行ってしまうのだろうか。
「落ち込んでなければ良いけど……」
「アカリ、何か言った?」
独り言が漏れていたみたいで、リリカが首を傾げてアカリの方を見た。
「ううん、なんでもないよ」と慌てて否定をする。沙希さんの話をしながらリリカを抱きしめていたのに、考えていたのは綾乃さんのことだったなんて、説明が大変だから。
「でも、沙希さんが引っ越しちゃたら、わたしたちの知り合いでプティタウンの入館証持ってる人がいなくなっちゃうから、いよいよわたしも外に出られなくなっちゃったな」
「それについては心配しなくても良いわよ」
なぜかリリカが胸を張った。
「わたしもずっと家にいて、リリカと一緒に小物作ってフリマに出す生活をするってこと?」
リリカサイズの雑貨類は精巧なミニチュアとしてとても需要がある。機械で作ったものよりも雑なところだあるのが、生活感があって良いらしい。
巷では、まるで小人が作ったみたい、と言われているのだけれど、リリカはそれには不満らしい。「みたいじゃなくて、本当に小人が作ってるのよ」とムッとした口調で言っていたのを何回か聞いたことがある。
リリカはそれなりにしっかりした販売ルートを持っているから、アカリにも手伝ってもらうからプティタウンの外に出られなくてもやることはある、的な意味で心配しなくてもいいのだと思っていた。けれど、リリカが首を横に振った。
「違うわよ、桃香に許可証を取得させたの」
「え?」
「桃香に頼んで取ってもらったのよ。わたしの申請があるから、桃香が適正試験に受かってくれたら問題ないわ」
「えっと……、無事に取れたの?」
「バッチリよ」
リリカが小さな胸を張った。桃香ちゃんとは直接喋ったことはほとんどないけれど、少し天然な感じがしたからうまく取れるのか不安だったけれど、無事に取れたのならまあいいか、と納得する。




