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帰宅 1

「さ、着いたよ」

沙希さんは、大きなガラスケースの中に入っているプティタウンの目の前で足を止めた。アカリは自分が住んでいるプティタウンを沙希さんの手のひらの上から見下ろす。普段住んでいる町の全てが一望できるのは、なんだか雲の上から街を見下ろしているみたいで楽しかった。


「ありがとうございました」とアカリは深々と頭を下げてお礼を伝える。送ってくれたことに対してだけでなく、今日はあの少女から助けてくれたことについてもお礼の気持ちも表した。

「いいよ、そんな畏まらなくても。ていうか、むしろ本当にごめんね。わたしが目離しちゃったせいで、怖い思いさせちゃって……」

「気にしないでください。沙希さんのおかげで助かりましたし!」

「そんなこと言われちゃうと罪悪感出ちゃうから、やめてよね……。もう次回から目離さないように気をつけるから、また被写体モデルやってくれたら嬉しいな」

「もちろん、やりますよ。沙希さんの作ってくれたお洋服これからも着たいですもん」

「よかった」と沙希さんは心底ホッとしたようにため息を吐き出してから、アカリのことをプティタウンを囲うガラスの壁の目の前で下ろした。


アカリたちの家はプティタウンと呼ばれる場所の中にある。6,70世帯100人ほどの小人が住んでいる小さな町のような場所が人間によって作られていて、小人が安全に住めるようにしてもらっているのだ。人間に攫われたり、野生動物に襲われたりしないように、外から触れられないような20m×20mくらいの敷地に厚いガラスの壁で囲われた空間が、専用の建物の室内に存在していた。博物館や史料館にあるミニチュアの展示みたいになイメージだ。人間の住んでいる町に模してアカリたち小人向けのサイズに作られているから、使い勝手は良かった。


プティタウンに入るための建物の中には入館証を発行してもらった人間のみが入ることができ、長い廊下を歩いて行ったら、奥に人間向けの扉があり、そこからプティタウンの前までやってくることができる。プティタウンに入るまでの長い廊下や、大きな扉、そして、プティタウン自体が7、80センチ程の高さの机に置いてあるから、人間に運んでもらうこと前提で作ってあるのだとわかる。プティタウンの前まで来たら、運んできてくれた人間に町で唯一の出入り口の前に置いてもらい、そこで解散という形が一般的である。


小人用の入り口なので、人間はせいぜい腕くらいしか入れようと思っても入れられないし、そもそもそんな風に無理やりプティタウンに入ろうとするような人には入館証は発行されない。入館証の発行には厳密なチェックが行われるのだ。入館証は沙希さんも持っているが、それはアカリが人間の役所に発行の依頼をした後に、沙希さんが幾つかの審査基準(過去に犯罪をしたことは無いかとか、小人に意地悪をした過去は無いかとか、その他にも道徳的な試験や簡単な面接も課されるらしいと沙希さんに聞いたことがある)をクリアしてゲットしたのである。


アカリは沙希さんの手の平から降りて、もう一度お礼を言った後に小さなガラスの扉でできた入り口から入る。安全を考慮して、ガラスの外にはドアノブみたいにつまめるものはない。ドアノブも鍵も内側にしかないので、外から開ける術はない。必ず内側から街に住んでいる誰かに鍵を開けてもらわなければならない仕様になっていた。特に誰が担当というわけではないのだけれど、今日は近くにいたアミさんが開けてくれた。


「アミさん、ありがとうございます」

「お仕事お疲れ様」

そう言ってアカリは入ってからすぐにドアを閉めた。ドアの開閉時間は限界まで短くしなければならない。その間に虫みたいに他の生物が入ってきたら大変なことになってしまうのだ。一度クモが入って来た時は、勇敢なリンダさんが夫のシュージさんとともに、噛まれないように気をつけて外に持って行ってくれた。小さなクモでも人間にとっての子犬や子猫くらいの大きさがあるので、なかなか怖いのである。とにかく、そういうわけで沙希さんへの別れの挨拶もそこそこに急いで中に入ったのだった。


中に入ってからゆっくりと沙希さんに手を振って、見送り終えてから、今度はアミさんの方に向き直す。アミさんはアカリよりも年上で、20代半ばくらいのとてもおしゃれな女性だ。今は人間用のネイルサロンのお店で働いている。元々器用なアミさんにとって、ノートみたいに大きな爪の上にネイルをするのはとても向いているみたいで、大人気だと愛菜(あいな)さんから聞いている。


アミさん自身もとてもおしゃれには敏感で、リリカがとてもよく懐いていた。このプティタウンの中で唯一ネイルができるし、髪の毛を可愛らしく切ってくれるから、いつもアカリとリリカはアミさんに髪の毛を切ってもらっていた。


「これからお仕事ですか?」

アミさんは、仕事に行くときの、外行きのオシャレな恰好をして出かけようとしていた。

「ええ、そうよ。ちょうどアカリちゃんと入れ違いで、これから行くところなの」

そんな話をしていると、ガラスの外に人間が近づいてくるのが目についた。


何度か見た事のあるアミさんの職場の後輩の愛菜さんだ。肩の辺りまである髪の毛を縦に巻いているお上品で優しそうな人。愛菜さんはアミさんだけでなく、横にいたアカリにも軽く手を振ってくれているからアカリも会釈を返しておいた。


「じゃあ、行ってくるから、悪いけどカギ閉めておいてもらえるかしら?」

「もちろん」とアカリは快諾する。アミさんは愛菜さんの肩に座って、首元に体を預けるようにもたれながら、手入れされた髪の毛に身を埋めるようにしている。時折アミさんが愛菜さんの首元をソッと手のひらで撫でる様子から、とても仲睦まじいことがわかる。


アカリもそういう運ばれ方に憧れを抱いてはいるが、残念ながら沙希さんの髪型は肩までつかないショートヘアなので体を埋めるのは難しい。座ったままでも上に思い切り手を伸ばせば触れられないこともない長さではあるが、残念ながらそんな不安定な恰好で座っていると、宙に投げ出されかねない。沙希さんの髪の毛にブラブラとぶら下がったまま宙に投げ出されるなんてあまりにも滑稽だからアカリは素直に手のひらに乗せて運んでもらっているのだ。

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