ドキドキと安心 4
「桃香……。何しに来たのよ?」
綾乃が入ってきた時には、すでに時計は午後の9時を回っていた。
「あの……」
桃香が言い淀みながら、今度はスカートの中に隠したリリカの方に手のひらを近づけてくる。白いスカート幕の外側から桃香の手が侵入してきて、驚いてしまう。
「ちょ、ちょっと、桃香何ごとよ!?」
桃香がスカートの中に手を入れてリリカのことを両手で握っていた。握ると言っても、柔らかく触れるような感じで。桃香の方からリリカのことは見えていないから、顔を触ったり、お腹を触ったり、いろいろなところを触られてしまっている。
「ねえ、桃香。くすぐったいんだけど……」
またくすぐってきているのかと思ったけれど、そうではないみたいだ。桃香は安心感を得ようとして、リリカのことを触っている。指先から伝わってくる脈拍がとても早くて緊張していることがわかった。小さなリリカには、桃香の脈の速さもわかってしまう。
スカートのカーテンの外からは桃香の震えた声が聞こえてきた。
「あの……、ごめんなさい……。綾乃さんがわたしに、小人さんに意地悪なことを言ったら怒ったの、今なら気持ちわかりますぅ……」
「何があったのかわからないけれど、やっとわかってくれたみたいで良かったわ」
綾乃という子が優しい声を出していた。リリカからは声しか聞こえて来ないけれど、声を聞いた感じでは、桃香が怯えていた程綾乃は怒ってはいないようだった。
「でも、悪いけど、今私はそれどころではないのよ」
「忙しいんですねぇ……」
「ええ、人を探しているから。晩御飯を食べたらまた出ようと思ってるのよ」
「こんな時間から外に出たら、危ないですよぉ……」
「危ないなんて言ってられないわ。わたしが探している子は、きっともっと危ない目に遭っていると思うから。そう思うと、呑気に家でくつろいでる場合じゃないわ」
外から聞こえてくる会話を聞いて、リリカがへぇ、と相槌を打つ。綾乃の知り合いも、リリカみたいに迷子になっているのだろうか。確かに、人間だろうと小人だろうと、迷子になって一人でいるのは心細いのだろう。
「心配だから早く見つかってほしいわね」とリリカが桃香の体温に包まれながら他人事みたいに呟く。まさか、その探している人物が自分であるなんて、リリカは想像もつかなかった。
「すいません、綾乃さん……。忙しいのはわかってるんですけど、モモカ、聞いてほしい話があるんですぅ……」
「ダメよ。聞いてる時間なんてないわ」
「お願いします。モモカも探してるんですぅ」
「大変ね。でも今はそれどころじゃないの。また私の探している子が見つかったら手伝うわ」
綾乃が突き放したようなことを言っていると、小さな声がした。
「あの、綾乃さん。桃香さんって子、困ってますし、話くらい聞いてあげても良いんじゃないですか? もしかしたら、わたしたちが探している間に偶然見つかるかもしれませんし」
その声を聞いて、リリカの心臓の鼓動が跳ね上がった。
「アカリ!?」
間違いない、今の声はアカリだった。どうしてこんなところでアカリの声がしたのかはわからないけれど、アカリの声を聴き間違えるはずはない。リリカが必死に桃香の手から外に出ようと思って、桃香の手を叩いた。
「ねえ、離して! スカートの外に出して!!」
桃香の手がなかなかリリカを離してくれようとしない。
「仕方がないわね……。ごめんね、桃香。今緊急事態なの!」
躊躇はしたけれど、この機会は絶対に逃すわけにはいかない。リリカがガブっと桃香の手にかじりついた。
「痛っ!」と桃香の声が聞こえて手の力が緩んだから、リリカは桃香の手から離れた。
「リリカちゃん……?」
リリカがスカートの外に出ようとしていると、桃香がリリカを探すために地面に接していたスカートを持ち上げたから、一瞬で外に出られた。リリカ一人ではとても持ち上げられないような分厚い敷布団みたいに重たい大きなスカートは、桃香の力で簡単に宙に浮かんだ。
「ねえ、リリカちゃん、どうしたの……?」
リリカが桃香のことを噛んだから、何か怒らせてしまったのかと心配したような声を出して尋ねてきてるけど、別に怒ってはいない。ただ、アカリに会いたいだけ。
「アカリよね? アカリ、どこにいるの?」
リリカが片足でピョンピョン跳ねながら辺りを見上げて周囲を見回す。すぐ近くには桃香の膝があったから、そのまま桃香の膝を力強く叩きながら、桃香の方を見上げて尋ねた。
「ねえ、桃香。さっきアカリの声が聞こえたけど、アカリはどこかにいるの? 桃香の高さから見たらわかるところにアカリはいるの? 桃香の高さから景色を見せて!」
「え……、声……? よくわからないけど、わかった!」
一瞬困惑した桃香だけど、リリカの指示通り手のひらの上に乗せて桃香の顔の横に持ってくる。すぐ横には桃香の長いまつ毛の見える位置に持ってこられて、そこから辺りを見下ろす。部屋の景色が見えるから、とっても見晴らしが良かった。桃香は座った状態でこの視線なのは羨ましかった。そんなリリカのことを困惑した表情で綾乃が見つめていた。




