プティタウンを探せ! 8
「わかったわよ、行くわよ、もう!」
そう言うと、桃香の顔がパッと明るくなった。
「リリカちゃん、大好きぃ!」
桃香がまたリリカの体を両手でギュッと掴む。
「ああ、もう。それ動けなくなるからやめてって……」
そこまで言って、リリカの言葉が止まった。また頬擦りするつもりと思ったのに、今度は違う。リリカのことを食べてしまえるような大きな口がギュッとリリカの顔にくっついた。柔らかい唇に顔が沈み込んでしまって、一瞬呼吸ができなくなってしまった。ほんのり唾液の匂いもあったけれど、桃香の匂いは不快ではなかった。
「桃香、あんた……」
リリカが桃香のことをジッと見つめた。
「えっと、その……」
桃香が俯きながら困ったように指先を弄って、もじもじとしていた。
「ねえ、理由を説明しなさいよ」
リリカが座ったまま、腰に手を当てて呆れたように上を見つめた。
「えっと……、その、ついうっかりっていうかぁ……。嫌、だったぁ……?」
しどろもどろ続ける桃香にリリカは大きな声を出した。
「嫌に決まっているでしょ!」
え……、と悲しそな声を出した桃香の表情がどんどん暗くなっていく。
「ご、ごめんねぇ……」
今にも泣き出しそうな顔をされているが、泣きたいのはリリカの方だった。
「あなた、今わたしのこと食べようとしたでしょ!」
「え……?」
「お腹空いたから、わたしのこと食べようとしたんでしょ! 桃香のこと信じていたのに、酷いわ! 桃香のこと友達と思っていたのに、非常食みたいに思われていたなんて思わなかった!」
リリカの言葉を聞いて、桃香が一瞬固まってから、慌てて訂正した。
「ま、待ってよぉ! モモカ、食べようとなんてしてないよぉ! いや……ある意味大雑把にカテゴライズしたら食べようとはした……、のかもしれないけどぉ! お腹に入れるって意味では食べようとはしてないよぉ!」
「どういうことよ? 桃香の言ってることわけわかんないんだけど?」
リリカが真面目な顔で尋ねたから、桃香が顔を赤くした。
「えっと、その……。ごめんね、キスしちゃったぁ……」
桃香が手で顔を覆ったから、桃香の視界からリリカのことは見えていない。
「キス……?」
今度はリリカの表情が固まってしまった。困惑したまま動けなくなる。
「ねえ、今キスって言った……?」
「い、言ったけど、繰り返さないでよぉ……。な、なんだか恥ずかしくなってきちゃったよぉ……」
「は、恥ずかしくなるんならやめなさいよ!」
「だってぇ、リリカちゃんのこと可愛くて、大好きだからぁ……」
「もうっ、これから大事な時だっていうのに、そんなのやめなさいよ!」
「ご、ごめんねぇ……」
「桃香のバカ!」
「ご、ごめんねぇ……。早く綾乃さんのところ行こうねぇ……」
前みたいにカバンの中に放り込まれると思ったのに、桃香はリリカの前に手を差し出してきた。
「乗れってこと?」
「カバン、嫌だって言ってたからぁ……」
「あれは、色々と物が散乱してるから嫌だっただけ!」
立ち上がって、桃香の手に乗ってみようと思った。リリカが両手を桃香の手のひらに乗せて、手の力を使ってよじ登ろうと思ったけれど、動きを止めた。どうしても先ほどのキスが脳裏によぎる。今全身で桃香を感じられるような場所に登ると、緊張してまともに呼吸ができなくなりそう。
「……やっぱりバッグにして!」
「モモカの手、汚かったかなぁ……」
「そうじゃないわよ、その……、モモカのことだからどうせ途中でうっかり転んだりしてわたしのこと落としちゃうと思ったから……」
「そ、そうだよねぇ……。リリカちゃん落としちゃったらダメだから、カバンに入れるねぇ」
桃香がバッグの中から雑にメイク道具や飴や、昨日入れられたゴミを取り除く。慌てて取り出したから、辺りにカバンの中身が散らかってしまっていた。
「ゴミは毎日捨てときなさいよね……」とリリカが呆れてため息をついた。
「じゃあ、リリカちゃんのこと入れるねぇ」
ええ、と頷いたリリカのことを桃香がソッと掴んだ。
初めて出会った時とは比べ物にならない優しい手つきで、リリカのことをバッグの中に入れた。ゆっくりとバッグを閉じると、光のほとんど入らない暗い場所になる。つい先ほど、目の前に現れた、リリカを食べてしまえそうな大きな口に恐怖したせいで心臓の鼓動が早くなった。だけど、それがキスだと聞いた途端、速いペースで打つ心臓の鼓動の意味は変わった。
「吊り橋効果なんて、ずるいわ……」
先日に比べて随分と広くて安全なバッグの底で右の膝を抱えて呟いていた。




