プティタウンを探せ! 5
リリカは小さくため息をついて、泣いている桃香の姿を見上げていた。
「なんでモモカは全部言っちゃったのかしらね」
リリカの独り言は桃香の泣き声にかき消される。
黙っていたら、リリカは桃香のことを無条件に信じられたのに。だけど、隠し事ができないのが桃香らしいところなのかもしれない。そして、それが桃香が空気が読めないと言われる原因なのかもしれない。
桃香がもし本当にアカリのことを押し潰しでもしたら、当然許せない。許してはいけない。それは異論はない。でも、もし桃香がアカリに会ったとして、本当にそんなことをするのだろうか。
……わからなかった。初めて会った桃香は、確かにリリカのことをかなり雑に扱ってはいたけれど、結果としてネズミや鳩に襲われかけたところを助けてくれたし、危険な道を歩こうとしているところを止めて、こうして家に連れてきてくれた。
今桃香に抱いているイメージで考えると、たとえアカリに会ってもそんなことしなさそうだけど、たった2日しか一緒にいなかったのに、その判断をしてもいいのかも怪しかった。どうしたら良いのか、リリカは判断に悩む。
「一つ確実に言えることは、今は桃香を頼らないと、プティタウンには帰れないということ……」
だけど、桃香を信じても良いのだろうか。プティタウンに本当に連れて行ってくれるのだろうか。ここまで優しいふりをしていて、実は意地悪な子だったりしたら、そのまま桃香のことどこかに捨ててしまうんじゃないだろうか。それこそ、飽きたからって押し潰したり、お腹が空いたからって食べちゃったり……。嫌な考えは止まらなくなってしまう。
「わたしには、桃香のことが判断できないわね……」
小さなため息をついてから、桃香が泣き止むのを待っていた。少なくとも、プティタウンに戻るには桃香を頼るしか無いのだから、リリカには選択肢が無い、というのがリリカ自身が、自分に言い聞かせている大義名分的な理由。
今まで散々人間に対して敵意を持ってきたのに、よりによってアカリに対して嫌なイメージを持っている桃香のことを信用するなんて、そんな自分の感情を認めたくはなかったから。けれど、桃香のことを信頼したくなってきた、というのが、リリカ自身も認めたくない本当の理由。
「ねえ、桃香」
リリカの冷たい声を聞いて、桃香が元気なさそうに涙を拭いながら、「どうしたの?」と尋ねてくる。
「わたしのこと押し潰しなさいよ……」
リリカは机の上で両手を広げて、右足も広げた。左足だけ動かなかったから、歪な大の字になってしまう。
「え? リリカちゃん、ごめんね。ちょっとよく聞こえなかっった」
予期せぬ言葉が耳に入ってきたからか、桃香は困ったようにもう一度尋ね返してくる。
「押し潰しなさいよって言ってるのよ……。手で、わたしにギュッと体重をかけるの。そうしたら簡単に潰せるわ」
「リリカちゃん。何言ってるのぉ……」
「そうしたら、桃香のこと許してあげるし、友達になってあげるわ」
「嫌だよぉ……」
せっかく拭ったのに、またポタポタと遠慮なしに涙を流す桃香。リリカの体に次々とマグカップくらいの量のしょっぱい水が降ってくる。少し痛かったけど、気にせずリリカなりの大声を出した。
「早くしなさいってば!」
リリカの声を聞いても、桃香は動けそうにもなかった。ただひたすら泣くことしかできない。
「リリカちゃん、わけわかんないよぉ……」
せっかく泣き止んだのに、再び子どもみたいに大きな声で泣き出した桃香を見て、結局リリカの方が我に帰ってしまう。リリカは座ってから、ゆっくりと桃香に尋ねた。
「もし、わたしがアカリだったとしても、同じように躊躇ってくれた?」
「当たり前だよぉ……。アカリちゃんって子のことは正直良い印象は持てないけれど、リリカちゃんの友達に意地悪なんてできないよぉ」
もし、この発言が桃香以外の子が言っていたらきっと信用なんてできなかった。けれど、言う必要のないことまで言って、勝手に墓穴を掘ってしまう桃香が嘘なんてつくとは思えなかった。それに、もうリリカの中では桃香は信用するに値する大事な友達になってしまっていたし。
「わたし、アカリのことが大好きだから、もし桃香がほんのちょっとでもアカリに意地悪したら、絶交だからね!」
「しないから大丈夫だよぉ……。モモカ、表面上だけでも、アカリちゃんと仲良くするもぉん!」
「表面上だけでもって、あんたね……」
まあ、心にも無いことを言われるよりもマシかもしれないと思って、割り切った。




