プティタウンを探せ! 1
昨日はいろいろあって随分疲れていたからだろうか、リリカは珍しく熟睡をしていた。普段は眠りは深い方じゃないし、森にいたときからの習慣で、7時前には起きていたのに、その日はリリカが目覚めたのはお昼過ぎだった。
目を開く前に、覚醒した瞬間に寝過ぎたことは体感でわかる。リリカはパッと目を開いて、寝坊を嘆こうと思ったのに、その上にいる、部屋の天井みたいに広がる整った顔を見て、悲鳴を上げた。
「な、な、なななななに???? なんで人間がいるの??? 助けて、アカ……、あっ、違った、わたし今桃香の部屋にいるんだっけ……」
一人で納得しているリリカのすぐ横に、ジョッキの水をひっくり返したみたいな水量の雫が降ってくる。
「へ? なにこれ? 桃香の涎? あんたまさか、わたしのこと食べ物と思ってるわけじゃ……」
ゆっくりと上を見ると、桃香が泣いているのがわかった。
リリカは訳もわからず、桃香に尋ねる。
「何よ? なんで桃香泣いてるのよ?」
「だ、だってぇ。リリカちゃん、全然起きないからすっごく心配したんだよぉ。モモカ、昨日酷いことしちゃったみたいだから、ショックでそのまま気を失って目が覚めなくなったとかだったらどうしようかと思ってぇ……。起きてからずっとリリカちゃんのこと見てても、全然動かなかったんだもん……」
ショックで気を失うなんて、マンボウじゃあるまいし、と呆れながらも、ここまで心配してくれていたなんて申し訳なくなってしまう。リリカはバツが悪そうに、桃香のことを見ずに答える。
「いや、昨日のはわたしの方こそごめんなさい……。あれは桃香は悪くないのよ。ただ、昔嫌なことがあったから、八つ当たりというか……」
無意識のうちに左足をさすってしまっていたから、それが桃香の視界にも入ったらしい。
「嫌なことって、もしかして足に関することぉ……? モモカ、やっぱり悪いことしちゃったんじゃ……」
「だから、あんたは関係ないんだって。わたしが勝手に思い出しただけ!」
「で、でもぉ、思い出させちゃったのはモモカな訳だしぃ……」
桃香は無意識のうちにリリカのお腹の周りを摩り出した。多分、リリカのことを慰めようとして撫でてあげようと思っているのだろうけど、大きな桃香の指は脇腹やお腹、くすぐったいところに次々と触れていき、つい笑い声をあげてしまう。
「ちょ、ちょっと、何してんのよ! くすぐらないでよ!」
リリカが笑いながら転げ回ってしまっていた。
「わっ、リリカちゃんが暴れちゃってる! だいじょうぶぅ?」
「だ、誰のせいで転げ回ってると思ってるのよ! 早くこそばすのやめて!」
「えっと、ごめんねぇ!」
桃香が慌てて手を離した拍子に人差し指で弾かれて、そのままコロコロ机の上を転がっていき、マグカップで頭を打った。
「痛っ」
ムッとした表情で桃香を睨むと、桃香が申し訳なさそうに「ごめんねぇ……」と謝ってくる。
悪い子でないのはもうすでに理解しているけれど、やっぱりまだまだリリカとの力の差について理解してくれるのには時間がかかりそう。このまま桃香と一緒にいたらそのうち大怪我してしまいそうだから、一刻も早くプティタウンに戻るためにネット検索してもらわないと。
とはいえ、ちょっと気まずい状態で頼み事もしづらいから、先に場の雰囲気を変えるために、先ほどの会話で気になったことを確認する。
「ていうか、いまさらだけど、ずっとわたしのこと見てたって言ってたけど、わたしが起きる30分前くらいに起きたってこと?」
「ううん、8時くらい」
「今何時よ?」
「何時だろ……」
桃香が時計の方に視線を向ける。
「12時半だって」
「4時間半ずっとって、まさかと思うけど、文字通りここからじっと動かず、ずっとってことじゃないわよね……?」
「それ以外、ずっとって言うの?」
リリカがため息をつく。桃香はずっとリリカから視線を離さずに見守っていたらしい。相手は人間の中ではかなり気を許している桃香とはいえ、人間にジッと見つめられながら熟睡しているなんて、一体どれくらい疲れていたのだろうか、とリリカはあまりの危機感の無さに、自分でも呆れてしまっていた。
「でも、リリカちゃんがちゃんと起きてくれて良かったぁ。モモカ、ずっと我慢してたからお手洗い行ってくるねぇ」
サッと立ち上がると、桃香の顔の距離が一気に遠くなる。桃香はただ立ち上がるだけでとっても視界が開けるのだろう。あの視点から辺りを見回せたらプティタウンを探すためのヒントもすぐに見つかりそうで、少し羨ましかった。




