プティタウンへ 4
「じゃあ、この家がアカリちゃんたちのお家だから、好きに使ってもらって良いからね。中の備品も自由に使ったら良いから」
森の中の集落に住んでいる時は、木の枝や葉っぱを使って組み立てた簡易的な家だったから、きちんとした家を見るのが初めてで、少し緊張してしまう。
恐る恐る扉を開くと、ワンルームの部屋が出てきた。出入り口からキッチンと居室が全部見えている。部屋の中には布団が2組と食事をするための机、そして、両手で持たないと持ち上げられなさそうな、電話帳みたいに大きな携帯電話、壁にはタブレット端末までかかっている。(タブレット端末や電話については、後にアミさんに聞くまではどうやって使うものなのかよくわからなかったけど)
「すごいね、思った以上に良い家かも」
折り畳むことのできない、小人用の車椅子は外に置いて、リリカに肩を貸しながら中に入った。リリカをゆっくりと座らせてから、対面式のキッチンの引き出しを漁る。
アミさんが部屋のセッティングをしてくれたらしく、色々あるから、と教えてくれた。紅茶を淹れられないだろうかと、確認してみる。
「あった……!」
小人用に作られた、小さな紅茶のティーバックが5つほど置いてあった。
昔リリカと一緒にこっそり森の近くの人間の家の中を覗いた時に見た美味しそうな紅茶。無理やり葉っぱをお湯に浸けたりして作ってみたけれど、全然上手くいかなかったから、一度飲んでみたいと思っていたのだ。
お湯を注ぐだけで、柔らかなリンゴの匂いのする湯気が立ち上る。
「わぁ、美味しそう! ケーキとかはさすがに置いてないよね……」
冷蔵庫を漁ってみたけれど、ケーキはなかった。
でも、戸棚に個包装のクッキーが置いてあったから、それをもらう。そこに書いてある小さな紙を見た。
『これからよろしくね。わたしからささやかなプレゼントです。早めに食べてください アミ』
可愛らしい丸っこい文字とニッコリと笑った顔のイラストが書いてあった。
「優しい人なんだな」と思ってホッとする。ここならリリカと一緒に安心して暮らせそうだった。
「さ、リリカお茶にしましょうよ。クッキーもあるみたい」
お盆に乗せて紅茶を運んでいく。何もかもが便利なこの生活に、すでに心躍らせていた。だけど、リリカは俯いたまま顔を上げようとしなかった。
「リリカ、どうしたの……?」
アカリが不安そうな顔で尋ねるけれど、リリカは返事をしない。
「お腹痛いの?」
アカリの質問に、リリカが首を横に振って、否定する。
「違うの……」
次の瞬間、リリカの瞳から一気に涙が溢れ出した。
「リリカ、大丈夫!?」
両手で顔を覆って、声を出して泣き始めたから、アカリが慌ててリリカの方に近づいて、顔を覗き込もうとした。
「見ないで……。わたし、今とっても酷い顔してるから……」
そのまま、リリカは俯いたまま、アカリにギュッと抱きついて、アカリの服に顔をグッとくっつけた。嗚咽しながら泣いているリリカが心配になってしまう。
「ねえ、リリカ。どうしたの? ここが嫌だった?」
不安そうに尋ねると、リリカが涙で消えてしまいそうな声で、「違うの……」と呟いた。
「わたし、こうやってアカリと一緒にまだいられることが、楽しくて、どうしようもないくらい嬉しいの……。あの日からずっと人間が周りにいて、色んなものが大きくて怖かったけど、わたし、もう怯えなくても良いんだって……。ずっと怖かったけど、やっと安心できるんだって……」
ところどころ声を震わせながらリリカが言った。アカリはそっとリリカの頭を撫でた。
「よく頑張ったね……」
そして、ギュッと力いっぱい抱きしめると、リリカがキャッと声を出した。
「もう絶対にリリカと離れ離れにならないからね。何があってもわたしがリリカのこと守るから……」
「頼んだわよ」
リリカがギュッとアカリのことを抱きしめ返してくれた。優しいアップルティーの香りが鼻腔をくすぐったことは今でも覚えているし、初めて飲んだリリカが熱くて舌を出して、泣きながら笑っていたことは今でも覚えている……。
だけど、あの日から時間が経った今、リリカは部屋の中にはいない。家に帰ってくると、リリカはいなくなっていて、おそらく今あの子はあれだけ怖かった人間の世界に、そばにアカリもいない状態で放り出されているのだ……。
「ごめんね……。本当にごめんね……」
アカリが部屋で一人泣いていたところに、プティタウンの外に沙希さんがやって来たのだった。




