プティタウンへ 2
「アカリ、絶対にわたしのこと見捨てないでね……」
リリカがアカリの胸に顔をくっつけながら、沙希さんのポシェットの中に入る。できるだけ人間に関するものは何も見ないようにしたいというリリカの感情がしっかりと伝わってきていた。
アカリは「大丈夫だよ」とリリカの耳元でソッと囁いた。
できるだけ2人がびっくりしないように、沙希さんは静かにポシェットに入れてくれた。中には柑橘系の爽やかな香りがしている。
「多分、ポシェットに詰められて移動するの、狭いし揺れも大きくて大変だと思ったから、匂いだけでも良いものにしようと思って、出発直前までミカン入れといたんけど、臭くないよね?」
「すっごく良い匂いしてますよ! ありがとうございます!」
何もない、ただアカリとリリカを入れるだけの空間を少しでも快適な場所にしようとしてくれている沙希さんの優しさが嬉しかった。
「少し遠いから前よりも長いこと車に乗ってると思うけど、困ったことがあったら言ってくれたら適当に近くの駐車場に入るようにするから、呼んでね」
閉められたポシェットの外から沙希さんの声が聞こえた。しっかりとポシェットを閉めて、外の景色をシャットダウンしたのは、多分人間の世界に怯えるリリカへの配慮。
運転し出すと、沙希さんの体の揺れに合わせて時々ポシェットの中も揺れるけれど、何もないから別に怯える必要もない。スマホや財布やリップクリームが入っていたら飛んできて恐怖を覚えるけれど、そう言うこともないし、この間みたいに、座席の下に落ちてしまったら帰って来れなくなってしまうようなスリリングな状況でもない。
少しのんびりとした気持ちで、沙希さんの車に揺られていた。
「ねえ、アカリ。揺れてるけど、ここはどこなの?」
ずっと外を見ないように、アカリに抱きついて、顔を埋めていたリリカが怯えた声を出した。
「ポシェットの中だよ。気持ち悪くなったら車止めてもらうから、言ってね」
うん、と小さくリリカが頷いた。
「沙希さんって人はわたしのことを助けてくれたのよね?」
「そうだよ」
「わたし、沙希さんって人のこと怖がったら失礼よね?」
まあ、と曖昧な返事をする。恩人に怯えると言うのは失礼だけど、リリカの体験した恐怖を考えたら致し方ない気もするし。
「わたし沙希さんって人にちゃんと顔を見てお礼言った方がいいよね……」
リリカの声が震えていた。まだ人間に関する強い恐怖心が残っていてるらしい。
「無理しなくて良いよ。リリカが言えるようになってから言わないと、無理やりお礼言ったらその方が失礼だよ」
その声には、リリカは何も言わなかった。ただ、アカリに顔を押し付けたまま少し震えていた。
「今ポシェットの中ってことは真っ暗なの?」
「ちょっとだけ光は入ってきてるから、真っ暗じゃないけど、どうしたの?」
「顔上げたいけど、わたしのこと、人間が見てたら怖いから……」
「そういうことね。大丈夫。沙希さんからはわたしたちの様子は見えてないよ」
アカリの声を聞いて、リリカは顔を上げた。
アカリの方を見つめながら、小さく息を吐き出した。
「ねえ、アカリ。わたし、これからどうしたらいいのかしら?」
不安そうに動かなくなった左足を撫でながらリリカが尋ねてくる。
「何があっても、絶対にわたしがそばにいるから大丈夫だよ。リリカが困らないように、何でもしてあげるから」
「ありがとう」とお礼を言って、リリカがギュッと抱きついた。
そうこうしているうちに、ゆっくりとポシェットが開けられて、光が入ってきたから、またリリカがギュッとアカリに抱きついて、沙希さんの方を見ないようにした。
「ついたよ、プティタウン」
沙希さんがソッとアカリとリリカをポシェットから出して、プティタウンの入り口の前に置いた。リリカは小さな車椅子に乗せられる。
「すごい……」
透明なケース越しに見えている街は、本当に昔写真で見たことのある人間の住宅街をアカリやリリカたちのサイズに小さくしたようなものだった。




