プティタウンへ 1
プティタウンへの引っ越しを決めた当日、アカリたちのもとに沙希さんがやってきた。アカリはリリカ用の小さな車椅子を押しながら入院病棟の外で沙希さんと再会する。
「すいません、沙希さん。プティタウンの案内までしてもらえるなんて……」
「ううん、大丈夫だよ。わたしも実はプティタウンがどんなところなのか、都市伝説レベルでしか聞いたことなかったから、行くの楽しみしてるんだ。アカリちゃんが協力してくれたから、入館証の取得もできたし、むしろわたしのほうがお礼を言わないとね」
プティタウンの説明を聞いたときに、人間に移動をお願いしないと机の上にあるプティタウンの出入り口には登れないという話を聞いた。知り合いに頼れる人間なんていなかったからがっかりしていたアカリだけど、沙希さんが二つ返事で運んでくれると言ってくれたのだ。
「それに、これからアカリちゃんたちには、わたしの被写体モデルになってもらうんだから、丁重に扱わないといけないし」
クスッと笑った沙希さんにつられて、アカリも微笑んだけれど、リリカだけは様子がおかしかった。後ろを向いて、アカリの方を見つめながら、目を潤ませていた。
「た、助けて、アカリ……」
「どうしたの、リリカ!」
慌ててリリカのことを抱きしめた。車椅子の背もたれ越しだから、頭を胸に埋めさせるくらいしかできないけれどそれでもリリカは落ち着いてくれていた。
「無理……。アカリ、わたし人間が怖いって言ってるでしょ? なんでわたしの前に人間を連れてくるの? 意地悪……」
その会話は、沙希さんの耳にもしっかりと入っていた。困ったように作り笑いを浮かべる沙希さんをアカリは見上げた。リリカの味方ではいなければならないけれど、沙希さんはリリカにとっても命の恩人なわけだし、このまま勘違いさせるのもよくないと思う。
「ねえ、リリカ。この人は沙希さんっていうの」
アカリの胸にギュッと顔を埋めたまま、沙希さんのことを見ないようにしている。呼吸が荒れている。リリカは気を失っていたり、意識朦朧としていたりした時間が長かったから、多分沙希さんに会ったことがないのだ。
「沙希さんはリリカの恩人なんだよ。だから、大丈夫。怖がらないで」
「恩人って何よ? わたし、こんな人知らないわ」
息が荒れているリリカのことが心配だったから、無理に沙希さんの方は見せられなかった。
「わたしたち、沙希さんにここまで運んでもらったの。森の中を駆けてくれて、自動車で運んでくれたおかげで、リリカが助かったんだよ」
説明すると、リリカは顔を上げようとはしなかったけれど、納得した様子ではあった。
「誰だか知らないけれど、助けてくれてありがとう」とぶっきらぼうに、顔を合わせずにリリカは言った。多分、今のリリカの状態でできる、人間に対しての精一杯の感謝。その様子は失礼にあたるかもしれないけれど、それでも沙希さんは微笑んで、「どういたしまして」と答えてくれた。
「でも、リリカちゃんわたしに運ばれたら怖いかな……?」
沙希さんからの質問には答えなかったから、アカリからもリリカに確認する。
「沙希さんに運んでもらったら怖い?」
「当たり前でしょ……」
「プティタウンに行くの難しいかな……?」
当然、アカリとリリカの歩行でプティタウンに行くのは難しい。だから、沙希さんに頼るしかないのだけれど……。
「ねえ、アカリ。この人は信頼してもいいわけ? アカリは信頼できると思ってるの?」
尋ねられて、アカリが頷いた。
「信用できるよ。少なくともリリカの命を救ってくれた人だから」
「なら、わたしはアカリを信用しているから、この人に運んでもらっても構わないわ。人間を信頼しているわけじゃなくて、アカリを信頼してるから、一緒に行ってもいい」
随分と回りくどい信頼の仕方だけれど、とりあえずリリカが沙希さんに運んでもらうことに同意してくれてよかった。




