リリカの怪我 10
2週間ほど経つと、ようやくリリカと会話ができるようになった。体に触るのも、アカリが触れる分には問題なくなってきている。手術の後も経過は良好で、このままだとあと1週間くらいで退院できそうらしい。ただ、まだ元のリリカみたいな溢れるような元気はない。それに、人間に対してはかなりの恐怖心を持っているみたい。
「リリカ、リンゴ食べよっか」
小さく頷いた。人間にとっては肉眼で見るのが難しそうなくらい小さな一口サイズのリンゴだけど、リリカの小さな口では一口で食べるのはとても難しそうだった。小さな口で、ゆっくりゆっくりと時間をかけて一口を3分くらいかけて食べていた。まだ弱々しいけれど、きちんと生きるために前進してくれているリリカの姿を見ていると、ホッとする。
「美味しい?」
ん、と声にならない声で返事をしてリリカが頷いた。まだ表情は暗いままだったけれど、リンゴを美味しいと思ってくれて嬉しかった。少しずつ、昔みたいに明るいリリカに戻ってくれたらいいのだ。時間はかかるかもしれないけれど、元に戻るのをゆっくりと待った。
怪我をしてから3週間ほどが経ち、リリカがそろそろ退院できるという話になってきた。リリカの左足全体を包み込んでいた巨大なガーゼも取れて、ようやく入院の方は終わりが見えてきた。そうなると、アカリとリリカがどこに帰るかという話について、きちんと考えなければならない。リリカが入院している間、小人用に作られた人工的な街の話は詳しく聞いていた。
「ねえ、リリカは森に戻りたい?」
「え?」
「元の生活に戻りたいのかなって思って」
「ずっとここにいるわけにはいかないわよね……」
リリカは温かいホットミルクの入ったカップを両手で持って俯いていた。
「ずっとここにいるわけにはいかないね」
「じゃあ、戻るしかないんじゃないの……?」
言葉の最後の方は声が震えていた。
あの近辺には人間が現れる可能性が否めない以上、リリカが嫌がるのはもっともだと思う。この入院病棟の外に出ることは人間にいつ出会うかわからない場所で過ごさなければならないということ。きっと、リリカはそう思っている。
怪我をする前の機敏な状態で戻れたとしても、トラウマで毎日恐怖に震えてしまうかもしれない。今は、それに加えて左足の怪我もある。気付けば目の前の、ベッドで体を起こして座っているリリカの体が震えていた。
「リリカ、大丈夫だよ」
ギュッとアカリがリリカの体を抱きしめた。
「怖いわ……」
耳元で聞こえる呼吸のペースもかなり早まっていた。
「大丈夫だよ、リリカ。集落に戻るのが怖いんだったら、他に逃げ場所があるみたいだから」
「逃げ場所?」
リリカはほんの少しだけ元気な声を出している。
「そう、安心して逃げられる場所。プティタウンっていう全てがわたしたち向けの大きさで作られた街があるらしいの」
「人間は入って来られないの?」
「そうみたい。プティタウンはこの病棟みたいにプラスチックの壁に守られているから人間も、野生動物も入って来られないみたい」
リリカの震えが少しだけ収まってきていた。
「そっか……」と小さく安堵のため息をついたリリカの判断は早かった。
「そのプティタウンっていうところ、行きたいわ。アカリも一緒に住めるのよね?」
「もちろんよ。わたしたち2人で一緒の家に住むみたい」
「なら、行かない理由はないと思うわ」
新しく、安全な帰る場所ができたことにアカリが安堵した。リリカの方からプティタウンに行きたいと言ってくれたから、説得する時間も必要なかった。アカリもそのプティタウンに行ったほうがいいとは思っていたから。それから数日が経って、退院が決まった2人はプティタウンへの引っ越しを決めたのだった。




