リリカの怪我 8
穏やかなそうな男性医師は先ほどまで一緒にいた女性医師と同じくらいの年齢に見えた。2人とも30代後半くらいの見た目をしていた。
アカリは緊張しながら男性医師の前に座る。これからリリカの状況を伝えられると思うと、心拍数が上がり、一気に喉が渇いてきた。
「あの……。リリカはこれからどうなっちゃうんですか?」
絞り出すような声で尋ねた。人間相手の時よりも、きっと左足が動かない事の重大性を理解してくれると思い、アカリは男性医師に縋った。
「とりあえず、しばらく入院はしてもらうと思うけど、1ヶ月もしないうちに、退院はできると思うよ。意識も無事に戻ったし、左足以外は、今までと変わらない状態で退院できると思う。出血量は、人間の体重で考えた時には致死量になるような割合だったから心配だったけれど、それについてはなんとかなった。僕たちの体は人間よりも少し丈夫にできているみたいだから」
男性医師が優しく微笑んでくれていた。
「でも、足は動かないんですよね……?」
アカリの質問を聞いて、男性医師が申し訳なさそうに頷いた。
「小人用の車椅子があるから、それを使って生活してもらうことになると思う」
「そ、そんなの、あんなボコボコで障害物だらけの場所でそうやって使えって言うんですか!」
アカリたちの住んでいる森は葉っぱや木の実や石がいっぱい落ちている。それらが全部アカリたちの進む行く手を阻むから、とてもじゃないけれど、車椅子を使えるような場所ではない。
アカリが大きな声をだしても、医師は冷静だった。
「申し訳ないけれど、もう元々住んでいた集落で住むのは難しいんじゃないかと思う」
「そんな……。じゃあ、わたしたちどこで住んだら良いんですか?」
「一応、この世界には僕たち小人が住むために、人工的に作られた街があるんだ」
「人工的に作られた街って……?」
「言葉通りだよ。人間によって作られた、小人が安全な場所で住めるようになっている場所だよ」
「なんですか、それ? 監視施設か何か? わたしたち見せ物じゃないんですよ?」
「そう言う意味じゃないよ。リリカさんみたいに怪我をしてしまっている子や、過去にトラウマを持ってしまって、単独での生活が難しい子たちを守るための施設だよ」
興奮しているアカリを嗜めるみたいにして医師が穏やかな声で言った。
「人間は入ることのできない、僕ら小人にしか入れないような街なんだ。リリカさんはもしかしたら、人間に対してトラウマを持っているかもしれないから、そういうのを克服するためのメンタルケアのためにも、人間に会うことの無い環境の方が良いんじゃないかなと思うよ」
悪い話ではなさそうだったけれど、リリカのことで頭がいっぱいの今、先の生活のことまで考えられるほど、頭は回りそうにはなかった。初めて聞いた小人用の街の存在を受け入れるだけでもそれなりに時間はかかりそうだった。
「少しだけ、考えさせてもらっても良いですか?」
「もちろんだよ。結論は急がないよ。リリカちゃんが退院するまでに決めてもらったらいい」
「ありがとうございます……。あの、すいません、ところでリリカにはもう会っても良いんですか?」
「そうだね、寝かせたままなら大丈夫だよ。まだ安静にしていないといけないから、動かしたり触ったりしないようにね」
男性医師の言葉を聞いて、ホッとした。今はとにかく一刻も早くリリカに会いたかった。




