リリカの怪我 4
歩いても、歩いても、一向に集落には辿り着かなかった。アカリの小さな体では、とにかく道に障害物が多すぎるのだ。こんなとき、人間ならリリカを手のひらに軽々と乗せて、落ち葉も小石もどんぐりも避けなくても前に進んでいけるのに、と羨ましくなってしまう。
すでに肩に触れているリリカの呼吸が虫の息になっている。疲れと恐怖で、アカリの息も随分と荒くなってきた。
「こんなことなら、野イチゴなんて取りに来るんじゃなかった……」
そんなことを嘆いたって仕方ないのに、声に出してしまう。
うまく行く道すじは見えない。不安だけが募っていく。力が弱っていき、重たくなっていくリリカの体を運ぶために前に進んでいくけれど、まったく進めない。
「わっ」と思わず声が出る。脚がもつれて転んでしまった。両手が塞がっているから、顔から地面に打ち付けて鼻血も出てきたけれど、自身のことよりも不安になるのはリリカのことだった。
「リリカ、脚は大丈夫?」
もうすでに大丈夫じゃないけれど、転んだ拍子に足の向きが変わっていたりしてさらに悪化していないか、不安になった。確認をしたけれど、もうリリカから返事が帰ってはこなかった。
一度体の上に乗っかっているリリカを地面に下ろさなければ前にすすめないけれど、下ろしてしまったら、再び背負うのは難しそうだった。もう今のアカリとリリカに打つ手なんてない。
「リリカ、ごめんね……」
アカリは一度リリカを床に下ろしてから、横座りをする。そして、寝かせたリリカの頭を膝に乗せて、そっと髪の毛を撫でた。すでにリリカに意識があるのかどうかは、もう怪しかった。
ポタポタとリリカの頬にアカリの涙が溢れていく。リリカの柔らかい頬を撫でて指先で涙を拭っても、落涙は止まらない。このままここで、リリカと一緒にいようと思った。もうアカリに何かをしてあげられることもないかと思っていた。だから、これ以上リリカが傷付けられないことだけ気をつけておこうと。
それなのに、気づけば大きな影がリリカとアカリを包み込んでいた。真上にあるのは、隙間に砂利の挟まっている、巨大なスニーカーの裏面。二人まとめて踏みつけてしまえそうな大きなスニーカーが頭上にかざされてしまっていた。
このままだったらリリカまで踏み潰されてしまう。今まで出したことのないくらい大きな金切り声で「やめて!」と叫ぶと靴が止まる。そして、慌てて下ろす位置を変えようとして、リリカとアカリを踏んでしまいそうになっていた人間がバランスを崩して後ろに尻餅をついた。ドンッと地面が大きく揺れて、衝撃でアカリもリリカも少しだけ体が宙に浮いてしまった。
「こ、小人……? ごめんね、わたしびっくりさせちゃったよね」
首からカメラをかけている人間の女性に悪意がなさそうなことはホッとしたけれど、悪意がないからと言って傷つけてこないとは限らない。それに、今はリリカと2人だけでそっとしておいてほしかったから、邪魔だった。
「ねえ、びっくりさせついでに被写体になってくれない……。って、その子……」
呑気にカメラを掲げた女性がリリカのことを見て、顔を青ざめさせていく。
「見ての通りよ。わたしがこの子のことは最期まで見ておくから、あなたは邪魔なの、早くどっかいって」
アカリの力ではもう助けてあげられないことはわかっていた。けれど、目の前の人間にどうにかできるとも思わなかった。移動は簡単にできても、人間にリリカを治す術なんてないのだから。
アカリは泣きながら、思いっきり睨みつけた。
「でも、その子……」
「何? あんた医者か何かなの? リリカのこと助けてくれるの?」
涙を溢れさせた目で言った。
「無理だけど……」
「じゃあさっさとどっか行ってよ! せめて最期くらい、リリカを怖い思いさせたくないのよ……! あんたみたいにでかいのがいたら、リリカが怖がっちゃう!」
きっと、怖がる元気も、怖いと認識する感情も、きっともうリリカには残っていない。
目の前の女性は、リリカのことを心配しているようだったけれど、そんなことは知ったことではない。きっとリリカは人間のことがとても怖いと思っている。だから、人間からは離れた場所で、今はもうアカリとリリカ2人だけの時間を過ごしたかった。
「……まだ息はあるの?」
「だからあんたには関係――」
「まだ息はあるの、その子?」
じっとアカリを見つめる瞳が真剣そのものだったから、答えないなんて不誠実なことはできなかった。
「あるけど……」とため息混じりに答えた。
「わかった」
女性が力強く頷いたかと思うと、次の瞬間、素早くアカリとリリカを手のひらの上に乗せる。
「ちょっと、あんた何考えてるのよ!! 早く降ろせよ! バカ!!」
アカリが本気で怒った。普段怒ることなんて無いアカリが、後にも先にもないくらい、本気で。苦しんでいるときですら、人間の自分勝手に振り回されてしまうリリカのことを思うと、悔しかった。
「どうせあんたも、リリカの敵で――」
「あなたは、しっかりとその子のこと支えてあげて!」
「ちょ、ちょっと……!」女性がリリカに負担がかからないようにそっと手のひらで包み込むように、ほとんど触れないようにして優しく持つと、突然走り出した。




