リリカの怪我 2
まだ、アカリとリリカが森の奥の小人たちの住む集落に住んでいた頃だった。その日は、集落から少し離れたところを2人で歩いていた。
集落の近辺は、人間は通らないし、集落付近の野生動物は基本的に小人と友好的だから、怖いものはほとんどない。もちろん、雨とか自然現象は怖いけれど、一応対策はしているし、困った時には動物と協力して、この辺りの土地を守るようにしていた。
「リリカー、あんまり遠くに言っちゃダメだよ」
「わかってるわよ! でも、あっちに野イチゴがいっぱいあるから、取りに行くんだ! いっぱいいちごジャムつくろうね! 1年分くらい作っちゃおう!」
「きちんと食べ切れる分しか作らないわよ」
「えー、アカリのケチんぼ!」
思いっきり頬を膨らませるリリカを見て、アカリは微笑みながら後を追う。
「とはいえ、あんまり離れすぎたら危ないから遠出しすぎないように気をつけないと……」
小さく呟いてからリリカを追う。集落の近くなら、危険があっても小人族に友好的な動物たちが助けてくれるけれど、遠くになると、動物たちは小人族との意思疎通ができなくなってしまう。それに、森の奥深くから出ていくと、人間と遭遇してしまう可能性も高くなる。
「見て見てー。あれ、すっごくおっきな実だよ!」
リリカは高いところに成っている真っ赤な野イチゴを指差した。
「ほんとだ。けど取りに行くの危ないよ?」
「平気よ! わたしに任せて!」
リリカはするすると茎を伝って登っていく。すぐに野イチゴまで辿り着くと力いっぱい引っ張った。
「アカリー。これ、すっごく硬いわ」
「大きい実だからしっかりとくっついてるのかもね。落ちたら危ないからあんまり無理しないでね」
「大丈夫よ、わたしに任せて!」
リリカはさらに力を加えて、なんとかもぎ取る。バランス感覚が良いのか、不安定な場所でもしっかりと力を入れる事ができるみたいだ。
「こっちに投げてちょうだい!」
リリカに向かって手を振るとリリカが遠慮なくアカリに向かって野イチゴを落とした。ずっしりとした野イチゴは思ったよりも重たかったけれど、なんとか掴むことができた。
「ナイスキャッチよ!」
リリカが自分の背丈の倍以上あるような高い場所から飛び降りてから、元気にアカリの近くまで駆け寄ってきた。
「ねえ、もぎたてのやつ、味見しようよ!」
リリカが楽しそうに言う。あまりにも楽しそうだから、アカリは断れずに「ちょっとだけだよ、と言って重たい野イチゴをリリカに渡す。
「わっ、ちょっと、アカリも支えてよ!」
同族の中でも小柄なリリカに野イチゴはとても重たかったらしい。ふらふらと覚束ない足取りになってしまっていたから、アカリは慌てて野イチゴを支える。
「離さないでよ」とリリカが念を押してきてから、野イチゴにかぶりついた。その瞬間、リリカが頬を抑えて満面の笑みを浮かべていた。
「すごいわ! すごい! とっても美味しい!!」
リリカが野イチゴを離して飛び跳ね出してしまったから、一気に重みが増して、慌てて腰を入れて持つ。そして、アカリも少しだけ齧ってみた。
「ほんとだ、おいしい」
リリカみたいに大袈裟には言わなかったけれど、たしかにとても美味しかった。2人が齧った野イチゴには、人間には見えないような小さな齧り後が残っていた。
「もっとあっちの方に行ったら大きな実があるわよ!」
「向こうは危険じゃない?」
アカリたちの住んでいる集落がある近くはすでに大人たちが作物をルールに則って取っていた。無くならないように、計画的に、安全な場所に。人間が絶対に現れないような深い森の奥だから、安全ではある。だけど、その辺の食べ物は旬を過ぎて、すでに種まで取られるようになってから収穫するから正直あまり美味しくないのだ。
だから、こうやって偶に遠くまで食べ物をこっそり取りにくるのだ。当然、集落から離れれば離れるだけ危険は増えていく。だけど、まだ幼いリリカはもちろん、しっかりしているアカリだってそれがどのくらい危険なことか、正確には認識はできていなかった。正直、多少の危険ならやり過ごせると思っていたし、危険なのは悪意を持った人間だけだと思っていた。




